第299話 悪女
応接間はまだ赤い水に犯されて無い清浄なる空間。踏み込んだ俺の足下からじわじわと赤く染められていく。
時雨も一息付いてるなか見渡すとテーブルには冷えたカップが二つ残されていた。メイドが言っていた通りここで交渉が行われていたのは間違いないだろう。カップには口が付けられ茶は減っていて丁寧にカップソーサーに戻されている。窓を見ても開けられた様子は無く、部屋の何処にも慌てて退避した様子は見られない。
交渉は上手くいき意気投合したので地下の研究所に案内したというところか?
ふわふわで高そうな絨毯の上に赤い足跡をピチャピチャと残しつつ本棚に行き、メイドが言っていたように本棚を押すと鍵は掛かってないようで横にスライドしていき地下への階段がぽっかりと表れた。
地下への階段というとコンクリート剥き出しで暗いイメージがあるが、この階段は明かりも付いていてパステル調の明るい感じがするし掃除も行き届いている。上から見るに階段は一階分下に降りたところで終わっていて、その先は右に曲がっている。曲がった先がどうなっているかはここからでは分からない、降りるしか無い。
交渉が上手く行き地下研究室に入った二人、捕らえた人間を色々とする部屋だ、防音で作りも頑丈なのだろう。俺の奇襲に気付いてない可能性は十分ある。うまくやれば苦も無く倒せるかも知れないな。
あのメイド姉妹が丹精込めて掃除をしているのかなと思いつつ、俺は挨拶代わりにありったけの赤い水を地下にぶちまけてやった。
綺麗なものを穢す快感。
汚物を吐き出す快感。
快楽に酔い痴れる。
一瞬で階段は赤い水で満たされたが、直ぐさま折れ曲がった先に流れ込んでいき水位は下がっていく。下がりきった頃には清潔だった地下への入口は、赤い水がべったりとこびりつき垂れているおどろおどろしい地獄への入口に変わり果てている。
さてこの奇襲で倒せていれば楽なんだが、下手をすれば来襲を知らせただけになっている。賽の目がどちらになったかは降りてみなければ分からない。
「うわ~君性格悪いね」
「そんな俺が君の恋人さ」
少し引いた顔をして言う時雨に、おどけて返す。
「でも少し顔色が良くなってきたね、安心したよ」
綺麗な部屋を汚して不快感を示したかと思えば俺の顔を見てほっとする。コロコロ表情が変わる様は犬みたいだな。
「大分悪意を吐き出したからな」
この戦いでこの力は打ち止めになるだろう。それにしても良く吐き出したものだ。戦いの後に時雨達に念入りに浄化して貰わないと、この別荘は悪意が残留してきっと良くないことが起こる土地になってしまうだろう。
「これだけの悪意を抱え込んで、頑張ったんだね」
時雨が俺に微笑んで褒めてくれた。その笑顔に俺は残った悪意ごと浄化されてしまいそうになる。
「君の他は兎も角として、そういう所は認めるよ。
でも君はもう少し素直になったほうがいいよ」
「俺が素直に甘えたら甘やかしてくれるのか?」
「ん~君に惚れてたらね」
時雨は唇に指を当て暫し考えるポーズを取ると俺をからかうように言う。
確かに時雨は惚れた男には甘えさせてくれそうだ、惚れていたらな。
「なら素直になれないじゃないか」
「そう?」
時雨は俺を試すように言う。
「意外と悪女だな」
「ふっふん~幻滅した?」
「いやいや、いよいよもって嫌な奴の俺に相応しいよ。
惚れて貰う為にもまずは仕事を果たそう。
俺が先行して地下に降りていくから時雨は離れて付いてきてくれ」
「逆の方が良くないかい?」
「普通ならそうだが、今回に関しては俺は相手を知っている。時雨は俺の戦いをよく見ておくんだ」
俺は少なくても初見殺しにやられることは無い。
「また無理をする」
時雨が俺を軽く睨むが、俺が囮になって先行するのが一番効率がいいことも理解しているのでそれ以上は文句は言わない。
これが普通の人だったらこんな真似絶対に時雨はさせないだろう、俺だからこそ時雨が頼りにして任せたと自惚れよう。
「合図をしたらもう遠慮はいらない旋律の力を使って遠慮無く全てを浄化してくれ」
悪意は一掃されてしまい俺のサービスタイムは終了するが、通用しない力に拘る俺じゃ無い。損切り早く、それが凡人が生き残るコツさ。
「分かったけど、君が危険だと判断したら合図が無くてもボクは行くよ」
そこは譲らないとばかりに時雨が俺を強く見詰めてくる。
「分かったが、俺も死ぬ気はない。俺にも計算があるんだ、ほんとギリギリまでは待ってくれよ」
「分かった、君を信じてみるよ」
「じゃあ、行こう」
俺は銃を抜き構え慎重に階段を降り出すのであった。
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