第298話 人間は愚か

 買収しようがハニートラップを仕掛けようがこの男の意思を変えることは出来ない。

 幼子が足下に縋ろうが世界救済の為ならば蹴り落とせる。

 感情の無いロボット、俺以上の合理に見えるが、先程見せた心の綻び。

 泣いてないわけじゃない。

 悲しんでないわけじゃない。

 苦悩してないわけじゃない。

 全て感じる心を殻に封じて苦しみながら意思を為す。

 何も感じないように心を殺すか、泣き崩れてしまえば楽だろうに俺以上の馬鹿の殉教者。

 手強いようだが、感情でなく目的達成の為に合理に徹するだけに適切な交渉材料さえあれば無駄に争う必要も無くなる男。

 黒田を見捨てるだけの世界救済に繋がるような交渉材料があればいんだが、残念ながら手持ちにカードは無い。

 観念して俺は殻に対して古来より続く最後の交渉を行うことにする。

 半身を取りつつ右拳を固めて引く。

 どうやら俺はここまでらしい。

 装備があれば別だが、俺如きでは殻とフェイントを織り交ぜた複雑な駆け引きをしては負ける、狙うは相打ち狙いのカウンター。

 正直相打ちに持ち込めれば上等、最低ラインでダメージを与えておきたい。我が身可愛さに日和って勝ちを狙えば、殻に傷一つ付けることが出来ず俺は倒されるだけだろう。

 命とまではいわないが肋の二~三本は覚悟して殻の骨の一本は頂く。

 普通ならこんなマネしたくないが、今回に限ればここで俺がリタイアになっても信用できる後詰めがいる。

 雑魚は一掃、やっかいな殻も引きづり出したとあれば先鋒の仕事は十分に果たした。後は仲間が何とかしてくれると信じるしかあるまい。

 これでいい。

 俺個人の勝ちに拘るは愚か、指揮官たる者トータルでの勝ちを狙わなくてはならない。

 戦術的勝利より戦略的勝利を常に目指す。

 捨て駒を使うことすら躊躇ってはいけない、嫌われ者の嫌な奴。

 今は己を捨て駒にして戦略的勝利の為、殻にダメージを負わす。

 そんな俺の心理を読んだのか、殻が慎重に間合いを詰めてくる。殻にしてみれば俺との相打ちでは帳尻が合わないのだろう。

 俺も低く見積もられたものだ、戦闘員と指揮官の相打ちなら釣りが来るだろ。

 ジリ。

 後指先半分で俺より広い殻の間合いに俺が呑まれる。

 どうくるフェイントか?

 それとも技の切れによる真っ向勝負か?

 ジリ、殻の足先が間合いに触れる直前。


           <<<止まれ>>>


 天至の御言葉が響き殻は間合いに入ることなく動きが止まった。

 予想より騎兵隊が早かったな。

 俺はそれでも気を抜かず殻を見定めつつ自分から間合いに入り込む。

 間合いに入って殻から返ってきた感触、擬態じゃ無い。

 俺は慎重に間合いを外して視線を切れば、この地獄で動く男がまた一人、天見だ。

 どうやったのか天見の周りだけ悪意が弾かれていく。

 心が強い以前に、悪意が届きすらしないのかよ。もし再戦となっていたら悪意を身に付けていても何のアドバンテージにならなかったのか。今は味方で良かったぜ。

「流石、お前もこの地獄で動けるか。まあ、そこまでは予想の範囲内なんだが、なんで時雨は恋人の俺を差し置いて天見にピッタリと寄り添っているんだ?」

 時雨は天見が悪意を弾いた領域内に収まる為にバカップルのように体を天見に寄り添わせている。

「しょうがないでしょ。ボク一人じゃじゃこんな地獄歩けないし、浄化するわけには行かないんでしょ」

 一応俺を恋人と見なしてくれるのか、一応言い分けをしてくれる。嬉しい、関係ないでしょとばっさり切られたらちょっとショックだった。

「外で待っていればいいだろうに」

「それはやだ。ボクは君を見届ける、その為に来たんだ」

 時雨は強い意思を宿して俺を見る。

「嬉しいね~いつの間にか俺も随分と惚れられたもんだ」

「ちっ違う、この事件をだよ」

 そんな真っ赤になって否定しなくても分かっているよ。

 雪月家の家名を危険に晒してまで参加しているんだ、中途半端は出来なのは分かる。分かるがついついからかいたくなってしまう。これも愛。

「戦場で余裕があるようですが、いちゃつくのは帰ってからにして貰えませんか?」

 天見が溜息交じりに注意してくる。

 まあ天見のいう通り、まだ何も終わってない。強敵を撃破しただけでクエストは何もクリアしていない。

「済まないな。お前の目的もこの下にいるらしいぞ」

「そうですか。

 ならば行きましょう、約束は覚えてますね」

「安心しろ、契約は守るよ。その為にもさっさと黒田の無力化頼むぜ。っと無力化で思い出したが、殻を物理的に拘束しておかないと・・・」

 俺は止めはキッチリとしておくタイプ、弱くて余裕が無いのさ。

「舐めるなっ」

 殻が吼え鎖を引き千切るようにガッとポーズを取った。

「なにっ私の天至の御言葉を自力で破ったというのですか!?」

 よほど己の技に自信があったのだろう天見の澄まし顔が驚きに変わる。

 初見殺しっぽい技を力尽くで破るとは殻の方が意思力が格上か?

 ちなみに俺も一度見させて貰った以上、対応策は二~三あるがこのまま披露すること無く終わるのを願って秘めている。

「地獄を渡り歩いてきた私にこの程度のまやかしなど児戯に等しい」

 悠長に解説だけをしていない。自由を取り戻すと同時に間合いに飛び込んできた殻のハイキックを天見は時雨をその背に庇ってハイキックで迎撃した。

 両者軌道スピード威力申し分なし。蹴りと蹴りが激突し空で止まる。

「やる」

 天見の奴、ここまで格闘術も出来るのか殻に劣らない。

「心技一体、体を鍛えることは心を鍛える。修行の一環で私も体を鍛えているのですよ。

 それよりも私の天至の御言葉をまやかしの児戯と言うか」

 天見は殻を睨み付ける。

「何が天至の御言葉だ、そんなもので世界は何も変わらない変えられない」

 殻は蹴りを降ろすと同時にくるっと背を見たかと思えば流れるように逆足での後ろ回し蹴りが槍のように伸びていく。天見は今度は迎撃しないで恋人の俺の前で時雨を抱えて後ろに飛び下がった。

「その言葉許せませんね」 

         <<<拒絶せよ>>>

「えっ」

 天見は殻で無く時雨に天至の御言葉を掛ける。

「あなたに天至の御言葉を施しました。暫くならこの地獄でもあなた一人で歩けるでしょう」

 俺の中の悪意を鎮めたのと同じように天至の御言葉で時雨に忍び込む悪意を撥ね付けるように施したようだ。

「残念ですが、私は用が出来ましたので二人で先に行ってください。この男は私が倒します」

 殻もまた俺にとっては目的じゃ無い、排除すべき対象でしかない。いないに越したことはない相手。天見が相手をしてくれるのなら好都合。

「いいのか? 流石にお前が来るまで足止めなんか出来ない、俺の実力では手加減無し殺るか殺られるかだぞ」

「私を倒した相手に随分な自信ですね。勝算は?」

 殻を倒して俺が倒されて自分で雪辱も果たす。それが天見が描く理想か。

「6:4だな」

「仕方ありませんね。

 でも私はこの男の信念を見過ごすわけには行かない。この男の方がよっぽど私の障害として相応しい」

 信念無き強敵より信念のある敵か、分からなくも無いが俺なら敢えて相手にはしたくない。だがまあ同じ目的を持つ者同士退けないか。全く同じ目的なら協力し合えば世界は美しいというのに、人間は本当に愚かだな。

「後で文句を言わないならいいさ。

 時間が無い行くぞ時雨。男の勝負だ、横槍は野暮だぞ」

 それにこの後のことを考えれば、此方も決して楽じゃ無い。時雨の支援は是非欲しい。

「分かってるよ」

「じゃあ武運を祈る」

「私も祈ってますよ」

 俺に祈られてちょっと意表を突かれた顔をした天見はお返しに俺の武運を祈ってくれた。

 まあ、此奴も悪い奴じゃ無いんだな。

 俺と時雨は天見を残して先に進むのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る