第297話 最後の頼れるのは己の拳のみ
芯から心が壊れてしまった俺。
相手を思いやる心で動いた柴陽手鞠姉妹。
前者二人とはまた違う、悪意に晒されようと撥ね付ける鋼の心。狂信者にも近い強烈な使命感と理性で地獄でも動く男、この男の世界を救うという使命感をへし折らない限り悪意では倒せない。
「その力があれば人類は革新できたはずなのに、お前は自分が何をしたか分かっているのかっ。
世界を救えるチャンスを潰したんだぞっ、未来ある子供達の幸せを奪ったんだぞっ」
殻が怒りを滲ませ叫ぶ、その姿に俺は何かが引っ掛かる。
「そんなご大層な事言われてもな。どんな場所どんな時代だろうが強い奴なら悪意を撥ね付け自分で幸せを掴むだろ」
どんな場所どんな時代だろうが、弱い奴は悪意に潰されて不幸に墜ちる。
どんなに綺麗事を並べようとも弱肉強食強い奴が弱い奴を喰う。それは人間が生物である限り逃れられない業。そんな業から人間が解放されユートピアに戻れる日が来ると信じているのが、目の前の男。
悪意に晒されされたのは同じ、だが一方は高い理想に目覚め一方は諦観から現実に目覚めた。こんな二人が相容れられるわけが無い同族嫌悪。
「巫山戯るなっ。貴様のような平和な国に生まれ外の世界を知らない幼稚な者の無自覚な悪意が世界を歪ませる」
平和な国だろうが、悪意はあると今自分が言ったことを分かっているのか?
「ひでえ言われようだな。
理想が叶わなかった責任を俺に押しつけたい、そうしなければ心が潰れそうだと泣き叫ぶ、お前こそ子供だろうがっ」
「なにっ、俺がいつ小役人のようなことをした」
「おやおや、自覚無しか。益々度し難く、それこそ責任をナチュラルに人に押しつける小役人と同じじゃ無いのか?
そんな醜い心で世界を救おうなんてちゃんちゃらおかしいぜ」
「なっ何を言っているんだお前は?」
「人類を革新できるチャンス、そんな奇蹟のようなチャンスが目の前にあったのに掴めなかったお前はどうなんだよ?」
「それがお前が邪魔をしたから・・・」
「はっ正義の味方に悪の幹部が邪魔をするのは当然だろうが、甘えるなっ。
がっかりだよ。
世界を救えなかったヒーロー、幼稚な男にすら勝てなかった救世者。
お前は人類史上きってのマヌケだよ。未来ある子供達の幸せを奪った気分はどうだ?」
「きっきさまっーーーーーーーーーー」
殻が激昂した。
その心の芯から湧き上がる怒り。
世界が悲しすぎると泣きじゃくる心を鋼の使命感でメッキして戦っていた男。
その心の叫び、爆発はメッキに亀裂を入れて漏れてくる。
これが人間殻の心。
僅かでも俺は殻の心に触れた気がした。
「なに!?」
殻の胸を俺の指から伸びた悪意の枝が貫いた。
「悪意は僅かな隙を見逃さない」
見えたぜお前の殻を外した生の心。
本来ならあり得ないのだろう。例え目の前で幼子が殺されようとも剥げ落ちない使命感で固めた鋼のメッキ、それが指先で触れるまで来た人生全てを捧げた世界救済を己の所為で台無しになったと指摘され僅かに亀裂が入った。
その僅かな隙を見逃さない。
その爪先程にしか開かなかった隙間をこじ開けて悪意は忍び込んでいく。
「うげえええ、やっやめてくれゆるしてく。救えなかった俺をそんな優しい目で見ないでくれ」
殻は泣き叫びながら地獄に崩れ落ちていく。
「壊れた俺と違って己の心を偽り続けるのは辛かっただろう。
好きなだけ泣いて、もう休め」
出会ったときの違和感、殻は既に心の殻が限界に来ていたのだろう。俺は最後の止めを刺しただけ。
地獄とは犯した罪の分だけ贖罪をする場所、その先に求めるなら救いがある。
俺は殻から視線を切って振り返ろうとして、振り返れなかった。
「まだ動くというのか」
一度は泣き崩れた殻が再び立ち上がってくる。
「この歳で勉強させて貰った。
確かにお前が言う通り俺はまだ未熟、私情で動いてしまった。
今からは世界救済委員会エージェントとして任務達成のみに、その先に世界が救われると信じて」
剥がれ墜ちたメッキを拾って再度心をコーティングしやがった。
「そういうのを思考停止の盲信と言うんだぜ」
「悪魔とは問答無用」
殻が先程と同様、いや更に力強く立つ。
悪意が効かなければ自力では殻の方が上。だが引けない。引けば俺にも明日は無い。
己の救済の為、最後に頼れるのはこの拳だけか。
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