第296話 姉妹愛

「行くぞっ化け物」

 柴陽は吼えると化け物に突撃していく。

 本来なら滑るように間合いを詰める足裁きも千鳥足で傾いていく、悪意に蝕まれ酒に酔うよりひどいふらつきだ。それでも柴陽は妹を助けたい一心で化け物に狙いを定め蛇行しつつも化け物に向かっていく。

「はっ」

 妹を助けたい想いを切っ先に乗せて柴陽はナイフを突き込む。だが想いだけで事は為し得ない、あっさりと右払い蹴りでナイフを持った手を弾かれ開いてしまった懐に潜り込まれてしまう。

「くっ」

 柴陽は咄嗟に後ろに逃げようとするがそれより早く美しい顔面を鷲掴みされてしまった。

「離せっ化け物」

 柴陽が化け物の腕を振り払おうと化け物の腕に斬りかかるより早く化け物の掌より赤い水が暴徒を鎮圧するかの如く放出された。

「ぐぼっ」

 口腔鼻腔から赤い水が注ぎ込まれ漏れ出た赤い水で顔がべっとりと赤く染まる。

 ゴクンゴンゴクン。

 ポンプで送り込まれるように流し込まれる赤い水に柴陽の体はビクンびくんと打ち上げられた魚のように痙攣しスカートが失禁に染まる。

「姉さん」

 姉の惨状に寝ていた手鞠が心を奮い立たせ立ち上った。

「どこにいる?」

「ぇつ!?」

 一瞬手鞠は誰に言われたのか分からなかった。

「どこにいると聞いている?」

「化け物がしゃべった!!!」

 しゃべることが想像も出来ないほどまでに手鞠は化け物と認識していたのだ。それがしゃべった、言葉を発した。

 愕然とする共に化け物が同じ人間だと気付いて更に恐怖する。

「早くしゃべった方がいいぞ。この女今は人に見せられない恥ずかしい痴態くらいで済んでいるが、このまま悪意が脳を浸したら帰ってこれなくなるぞ?」

 手鞠は自分が化け者に揶揄され脅され弄ばれて、試されている気がした。

 どこにいる?

 この問いはこの別荘を襲う者の目的を考えればご主人様のこと。

 今この化け物はご主人様と姉どちらを選ぶかと問うている。

 ご主人様は孤児だった私に本当の愛を注いでくれる親であり恋人であり唯一無二の御方で何かと比較できる存在じゃ無い。

 ご主人様の為なら皆喜んで命を捧げる。

 そんなこと当たり前なのに・・・。

「あっああっ」

 姉の顔がちらつく頭から離れない。

 本来なら比較できる者じゃ無いのに、姉だって主人の為なら喜んで廃人になる。

 それが愛に対する献身。

「あと五秒。5,4,3・・・」

 化け物は容赦なく秒読みを初め、その間も柴陽が体中から垂れ流した体液の代わりとでもいうように柴陽の穴という穴口腔鼻腔耳腔臍腔恥腔肛腔尿腔から赤い水を注ぎ込んでいく。

「応接間ですっ」

 あの凜々しかった姉が、優しい笑顔を向けてくれた姉が惚けた顔で汚物を垂れ流すだけの存在になると思ったら叫んでいた。

「応接間?」

「この先の廊下を進んだところにある応接間で黒田とかいう来客と交渉をしているはずです」

「それだけか?」

「応接間にはご主人様の地下研究所に通じる隠し階段があります」

「どこにある?」

「本棚の後ろです。

 姉さんを、早く姉さんを離して、姉さんが壊れちゃう」

「マスターより姉を優先するとは自力で洗脳を解いた? それともこれが真の愛という奴か?

 なんにせよ、大した奴だよ。暫く抱いててやれ、お前の温もりなら回復するだろ」

 化け物は手鞠にぐったりと糸の切れた操り人形のようになった柴陽を壊れ物を扱うように丁寧に手渡す。

「うわああ、姉さんっ」

 手鞠はもはや赤い水など平気なのか気丈に動いて柴陽をその胸に抱きしめる。

「さっさとこんなところから去るんだな。お前達ほどのメイドなら誰でも雇ってくれるだろ」

 化け物はそう告げると手鞠が示した廊下に向かって歩き出す。

 誰もが床で呻く中今度はお前の番だとばかりに獲物を追い詰める虎のように悠々と進んでいく。

 そして右回し受けで床から跳ね上がった男の蹴りを受け止めた。

「意外とワンパターンだな、殻」

 床で呻いていたはずのボーイは殻だった。先程までは他のボーイに溶け込み、特に目立っていなかった。現に他の使用人も誰一人怪しんでいなかった。その場に溶け込み違和感を感じさせない擬態能力、この能力を使い殻は世界救済委員会が命じるがままに邪魔者を暗殺してきた。

「その力、人類を革新する力をお前が奪ったのだな」

 世界を救済すべく人類の革新を願う男、再び地獄に立つ。



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