第290話 交渉

 天見はボックス席にした二列目に着席しユリはちゃっかりその隣。俺は三列目に時雨を抱えたままに座った。

「あの~ボクはいつまでこうしていればいいのかな?

 いい加減解放して欲しいんだけど」

 時雨がもじもじと伺いを立ててくる。

「人質に人権は無い。大人しくしていろ」

 悪いが何処で誰が見ているか分からないんだ、体裁は大事。嫌な奴だから好きな娘にいじわるしているわけでももう少し抱いていたいとかいう訳では無い。

「はい」

 こういう所は素直だよな。

 まあ流石に腕が疲れるので降ろし、時雨の頭を俺の膝の上に乗せる格好で寝かす。

 その様子を大原が何をしているんだ此奴等といった目で見ている。

「なんで天見と連んでいるとか詳しい話は後で聞くとして、長居は無用だ」

「了解です」

 突っ込まれる前に突っ込んだ俺の指示に従い大原は車を静かに発進させるのであった。


 目的は分からないが、どうやら黒田は郊外の別荘地に向かったようでワゴンもそこに向かっている。所要2時間といったところか。少し休憩するにはいい時間だがその前にやるべきことは済ませておかないといけない。

 大原達は俺の行方を探しているときに天見と遭遇し共闘することになったそうだ。そういった交渉が出来る柔軟性はやはり得がたく、本来なら俺が給料上げて頭下げて会社にいて貰う人材なのだろう。なのに俺を見捨てず付いてきてくれるとは、意外と俺は果報者なのかもしれないな。

 さて優秀な部下である大原達が天見と交渉し目的とした俺との合流は果たされた。それでカリは返したと天見は格好良く去って行かない。つまり天見にしてみれば俺を利用して何かを成し遂げたいのだろう。そして俺も折角の天至の御言葉使いを利用する気満々である。

 別に天見を利用して陥れたいわけじゃ無い、お互い利用し合うのがビジネス。更に俺は契約終了後には今後もよろしくと後腐れ無く別れるWin-Winのビジネスを果たして、末永くお付き合いしたいと望んでいる。

 部下が取って来た案件、上司たる俺が契約成立させなければ申し訳ない。俺は天見を前に腹に力を入れて口を開く。

「時間も無いお互い腹を割って話そう」

「その前に私から一つ」

「なんだ?」

     <<<鎮まれ>>>

 天見が天至の御言葉を発し、俺の胸の中で渦巻いていた悪意が収まって風邪が治ったみたいに楽になった。

「悪意にも御言葉が聞くのか」

「悪意も人の意思だからな」

 なるほど天使の御言葉は肉体で無く精神に効果があるのか。てっきり特殊な発音の言葉による洗脳に近いものだと思っていたが。

「そうか、だがなぜ?」

 なぜ頼んでないのに俺を助ける? 助けるにしても有利な条件を引き出す強力なカードになったはず。

「この密閉された車の中で悪意を破裂されても困るからな」

 俺がいつ破裂して可笑しくないと見抜いているか。

 まあ根性で押さえ込んではいたが、日本人の悪習で根性は無限で根性があれば何でも出来ると思っているが、根性は有限で限界がある。

 だからこそ俺はセウの傍にいられなかった。俺がセウの傍で破裂したら、その悪意はセウに吸収されてしまい結局地獄が顕現し俺が苦しんだ分だけ損になる。だから俺は産道を出る前にセウとは別れた。

 セウは今頃どこかに隠れ押し込まれた悪意を御しようと足掻いているはず。そして俺は人里離れた場所で人知れず破裂するのがベストだったのだろう。ベストだったのだろうがそれはいい人の思考で悪いが俺はそこまで人間できちゃいない。恨みある連中を道連れにしてやろうと足掻いた結果が今の状況だ。

 ほんと人生は悪い方にもいい方にもままならない。

「なるほどならこれはカシだと思わなくていいんだな」

「施しだと思ってくれ」

 天見はしれっと言う。

 涼しい顔して此奴もなかなかに嫌な奴だ。

「ちっカシにしとくよ」

「つくづく損な性分だな君は、好感はもてるよ」

「うるせえ、それじゃ楽になったところで話を進めよう。

 天見、お前の目的は何だ?」

 それが明確で無ければ手なんか組んでいられない。全く金で話が済む獅子神とか方が楽でいい。

「そう言うなら君の方が先に話すべきでは?」

「分かっていると思っていたんだが、まあ確かにちゃんと言葉に出すべきだな。

 俺は俺を嵌めた奴を明らかにし冤罪を晴らしたい。

 現状では黒幕だと睨んでいる黒田を捕らえるのが目的だな」

 此奴の天至の御言葉を使えれば拷問とかすること無く黒田に吐かせられるかもと期待もしている。

 事の発端だったセウについては、今更な。情を通じた女を捕まられるほど俺もドライじゃ無いし、屑を地獄に墜とす女は他にも知っている。まあ、今更だ。

 縁があればまた出会うだろうし、出会ったときにどうするか考えればいい。

 波柴に対してはジャンヌに土下座でもして馬鹿息子を地獄から解放してやれば手打ちに出来るだろ。いやそもそもセウの技は己の業を精算すれば自然と解放される。だったらジャンヌに土下座するまでも無く、上手く立ち回れば波柴へのカードに出来るな。

 なんにせよまずは冤罪を晴らすことに注力する。欲張りは身の破滅だ。

「なるほど。それならばお互いいい関係でいられそうだ。私の目的とは競合しない。

 私の方も目的はシンプルだよ。

 天至を目指すものとしてあのような醜態を晒したままで十二天至を名乗ってはいられない。雪辱を果たし堂々と教団に戻るのが目的だ」

 利用し巻き込んだ殻でなく真っ向勝負で負けた乃払膜への復讐が目的か。

 まあ天に到ろうとしているものが、あんな負け方をしたままじゃ下に示しが付かず教団に戻れないか。筋は通るし納得も出来る。信用していいだろう。

 問題は契約後か。地位を取り戻した天見が当初の目的のセウを狙ったとき俺はどう立ち回るべきなのだろうかな?

 天見に荷担する理由は無いがセウを助ける為再び天見と戦うか、それとも両者から距離を置くべきか。その判断はこれからの戦いで天見を見極めた上で下す、所謂先送りさ。

 先送りを悪のように非難する奴もいるが、出来ないことを考えすぎて前に進めなくなるよりかはマシなときもある。

「なら俺は黒田の捕縛と自白の手伝いをして貰う代わりに、お前と乃払膜の一対一の状況を作ればいいのか、それとも仲間となったお前と共に協力して挑めばいいのか?

 それともいっそ俺が倒してしまえばいいのか?」

「・・・。今回は個人的リベンジ以外なにものでない、一対一の状況にしてくれ」

 少し言い澱んだ後天見は言う。

 まあお前如きに乃払膜が倒せるのかとか言いたかったのだろうが、言わない分別はあるようだ。俺は思いっきり挑発したのに乗ってこないとは相手にされてないのか思った以上に器が大きいか、なかなかに底を探れない。

「分かった。

 だがお前が負けたら俺達が始末させて貰うぞ」

 今後の為にそこはハッキリさせておく。

「あまり感じなかったが、君は個人的に恨んでいるのか?」

「恨みは無い。別の理由だ。

 そうだな、人の最強の武器は何だと思う」

「いきなり禅問答か?

 時間が無いんじゃ無かったのか」

 天見を知る為にも答えを聞いておきたかったが天見は乗ってくれないようだ。

「愛だ」

「君の口からそんな言葉が出るとは驚きだな」

「人類最強の武器は人に愛されることだ。

 乃払膜があの力を持って選挙にでも出てみろ、あっという間に当選して国のトップまで上り詰める」

 独裁国家ならもっと簡単、独裁者に愛されるだけでいい。

 愛があれば周りがみんなやってくれる、暴力だろうが金だろうが思うがまま。尤もその愛を得ることこそ大変で、美を磨く奴もいるし己の能力を磨く奴もいるしダイレクトに好意を示す奴もいる。

「なるほど」

「彼奴が政府上層部に食い込んでみろ。もはや誰も手が出せなくなる。

 あの力見過ごすことなど出来ない」

 幸い乃払膜は研究者肌でそんな気持ちは無かったようだが、その乃払膜に接触しようとしていた黒田は間違いなく利用する気だ。黒田は俺が潰すにしても同じようなことを考える人間はこれからも表れる。

 其奴等が結託したら俺にとっては悪夢もいいところだ。

 なぜかだって? そういう奴らがまず最初に目の敵にするのが退魔の機関だからだ。 魔には勝てても国家権力には人間である俺では勝てるわけが無い。

「君がそんな正義感がある男だとは意外だな」

「そんなに不思議か、一応勝って退魔官に戻る予定だからな。

 正義感で無くプロ意識だよ」

 退魔官の仕事は、魔を用いた犯罪の防止。尤も魔の力を使って選挙に受かってはいけないとの法律も無いから犯罪かは難しいところだけどな。

「分かった。私も二度も敗れる積もりはないが、もし敗れたら好きにするがいい」

「お前が勝つことを祈っているよ。その方が楽だしな。

 まずは協力して黒田だ。そして黒田を潰した後で俺が退魔官の権力を使って乃払膜を探し出してやるよ。

 それがお前が俺に近付いた理由だろ」

「私も期待しているよ」

「安心しろ契約を守ることに関しては俺は業界じゃ信用あるんだぜ。

 具体的な作戦は現地に着いてからになるが、憂い無く俺に協力してくれ」


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