第288話 軽い女

「待たせたな」

「ああっ終わったようだな」

 律儀に待っていてくれて何も言わない天見。こんな茶番に付き合わされて嫌みの一つも言わないとは意外と人間出来ているな。

 俺なら絶対に嫌み当て擦りを言っていたな。

「へ~いい男」

「それはどうも」

 ユリが天見の顔をまじまじと見詰め天見は言われ慣れているのか涼しげに返す。

「私ユリって言うの、今度デートしません」

 ユリは猫なで声で猫のように柔らかく天見にすり寄っていく。

 確かに天見は中性的な顔立ちをしたビジュアルバンドでも出来そうなルックス、ユリが発情するのも分かる。別にユリが俺に対して見せたことの無い顔を天見に見せているのが悔しいとか嫉妬しているとか、そういう事は全然無い。ただ少しは場所と時を選べと言いたい。せめて終わってから俺がいないところでしてくれ。そうすればどんな面倒が起きようと俺には関係ない。

「少しは煩悩を抑えなさい。身の破滅を招きますよ」

 天見は聖職者のようにユリを諭す。そう言えば天見は宗教団体の幹部なんだから間違ってもいないか。

「きゃっつれないクールさも素敵。

 ねえねえ、水族館なんてどう」

 説教如きで折れるような女じゃ無い、ユリは懲りずにアプローチしていく。

 俺も少しは見習って時雨にもっと迫った方がいいのかなと思えば、時雨が心を読んだように俺の腕の中から辞めてよねと睨んでいる。

 まっ押すだけで勝てるなら恋の勝負に苦労はしないか。

「お断りします」

「え~なんで彼女いるの?」

「いないです」

 天見はユリに微塵も未練が無い素っ気なさ。ユリも顔と体はいいんだから男として少しは欲望が湧かないものなのか?

 ゲイなのかもてすぎて悟ってしまったのか知らないが、天見にはハニートラップは無駄なようだ。覚えておこう。

「ならいいじゃん。試しにねっ一回だけちょっとだけデートしましょ」

 お前は中年親父かユリ。露骨に相手にしない天見にグイグイ押していくユリ。

 しかしユリだってあの天見の天使の御言葉を体験しただろうに怖くないんだろうか? 

 エロスはタナトスを越えるのは分かったが、これ以上は色々とまずいよな。

「ユリ、そういう話は仕事が終わってからにしろ」

「え~、出会いは大切にしなきゃ」

「仕事に支障をきたすようならキョウと交代して如月さんのサポートに回って貰うぞ」

 まあ足を引っ張るかも知れないが如月さんなら俺よりかは上手く御するだろうと思えば、如月さんは露骨にぎょっとしている。

 そんなに嫌? ちょっとユリが可哀想になる。

「嫉妬した?」

「阿呆か。仕事は真面目にしろ。仕事の後なら何も言わん」

「しゃーない、一旦引っ込みます。

 だから仕事が終わったらお話ししましょうね」

 ユリは天見にウィンクして一旦離れていき、代わりに俺が天見に近付き一言。

「カシ一つだな」

「あなたの部下でしょ」

「悪いが男女の関係までは管轄外だ」

 自由恋愛万歳。

「まっストーカー被害に悩まされるようだったら相談してくれ」

 俺の言葉に天見は苦虫を潰したような顔をするのであった。


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