第287話 甘い坊やが振られる話

 頭を上げて彼女達の顔を見れば、二人の顔は借金の無心に来た親戚をどう無難に追い返そうか悩み困り果てているような顔をしていた。

 まあ、そうだよな。何を期待していたんだか。ここで「迫様全てを捨てて付いていきます」何て展開、妄想していた自分が恥ずかしい。

 彼女達は俺と違って自分一人じゃ無い代々続く家を背負っている。

 旋律士の家が嫌で捨てたいのならまだしも、時雨を見る限り旋律士だから険悪などということはなく家族の関係は良好で時雨は家族に愛され時雨も家族を愛している。話したことは無いがキョウも似たようなもので愛もあれば憎しみもある何処にでもあるような家族なのだろう。

 何より二人とも磨き積み上げた技で他人を救うことに誇りを持っている。つまり旋律士と家に誇りを持っているということ。

 なのに俺に付いてくれば一時は汚名を被り負ければ悪の烙印が押され、愛する家族にも迷惑を掛け誇りにしている家名にも傷が付く。

 下手な同情だけで家名を賭けられる訳が無い。

 当然の結果が出ただけのこと。恨むどころか落胆することすら思い上がりのお門違い。考え無しの軽い気持ちで重い決断を迫るなんて俺は甘ちゃん過ぎた。やはり俺は何処か普通の人とネジが違う。

 意地を通すなら己独りで通すのみ。


 俺は時雨をそっと床に降ろして離れようとした。だが時雨の手は俺をしっかりと掴んだままだった。

「あっ・・・」

 時雨の不明瞭な目が俺を見る。

 その形のいい小さい口は何かを言おうとして籠もる。

 家族も捨てられないが俺も見捨てられない。

 時雨は俺の腕の中揺れ動く。

 俺の愚かな甘えを天秤に掛けてくれた、ノー以外に答えがない要求にどうすればいいか考えて悩んでくれた。

 そんな時雨で胸が暖かくなる。それだけで俺には十分嬉しい。

 この娘は何処まで俺を喜ばせてくれる。

 後一歩で俺は底なしの情けない男になるところだった。

 あんな決断を迫って答えが出たというのに、それを口にさせるまで甘えるか。何処まで相手に責任を求める。

 このまま去って万が一にも俺が負ければ見捨てたと彼女達の心に傷が付く。俺という存在を忘れさせないという復讐もあるが、謀略家の嫌な奴になるのは望むところだが、相手の同情を誘うような女々しい奴にまで成り下がりたくない。

 俺は降ろそうとした時雨の腕を優しく振りほどく。

「あっまっ・・・」

 そして俺は時雨を両手で抱き抱えた。

「えっえっ」

 お姫様だったされキスできそうなほど顔が近付き時雨の顔は真っ赤になる。

「悪いが時雨は攫っていく」

「「えっ!?」」

 俺の宣言に少女二人が困惑する。

「誘拐。平たく言えば人質さ」

 俺は唖然とする二人にウィンクする。

「くそがっ、時雨を人質に取るなんて男らしくないぞ」

 キョウが俺の卑劣な宣言に正義のヒロインのように吼える。

「すまないな。俺は相手のウィークポイントを突く嫌な奴なんでね」

「ほんと、お前は嫌な奴だよ。

 時雨を人質に取られたら言うことを聞くしか無いじゃ無いか。

 くっ命じろ」

 お前はくっころ女騎士かよ。

 キョウは頭の回転は速いが素人俳優が裸足で逃げる大根だな。若く美しい才媛でも演技の素質は無かったようで、笑いを堪えて真面目な顔をしているのが一苦労だ。

「そういう事でいいですか如月さん」

 俺はいつの間にか抜け目なく戻って来て様子を伺っていた如月さんに言う。

「まあ、警官だし少女を人質に取られたんじゃしょうがないんじゃない。

 でも本当にあなたはいいの?」

 俺一人が悪役になる。つまりこれから起こる不都合なこと全て俺が被ることになる。

 如月さんは今なら引き返せるとファイナルアンサーする、とことん優しい人だ。

「勝てばいいだけさ」

「男の子ね。

 OK、それで要求は?」

 如月さんも肩を竦めて感心したか馬鹿らしさに呆れ果てたか茶番に乗ってくれた。

「時雨を返して欲しかったら、黒田の背後の調査をしろ。彼奴は絶対に何かある」

 黒田には逃げられたが、黒田の不在はチャンスでもある。

「分かったわ、おねーさんに任せなさい」

 ノリは軽いがこの若さで警視正にまで上り詰め公安九十九課を任された切れ者。何か掴んでくれる。

「キョウは如月さんの護衛を頼む」

 如月さんは頭は切れても戦闘力は並み、護衛が必要だろ。黒田のことだ番犬くらいは残して置いても不思議じゃ無い。

「くっ分かった。大手を振って帰れるようにしてやる。

 だから無事にお前が時雨を返しに来いよ」

 台詞の後半は演技とは思えないほどに真に迫っていた、ことにしておこう。

「了解」

「じゃあ行きましょうか」

 ユリが俺の横に来ていて事も無げに言う。

 何気に三人の中で一番早く天至の御言葉から脱している。

「・・・」

「何よ~来いって言ったのはあなたじゃない」

 それはそうなんだが、俺は此奴のこの軽さが怖く何処か羨ましくもある。だが軽そうに見えて勝ち馬に乗るドライさもある。俺が負けたらくるっと掌を返してまたどこかの勝ち馬に乗り換えるだろ。

 これで茶番でも一応の体裁は整った。俺が負けても彼女達に被害が及ぶことが無いように如月さんなら上手く立ち回るだろ。その代わり、俺は負ければ警官への暴行脱獄高官へのテロ少女誘拐スパイ容疑と懲役30年以上は娑婆とおさらばになる。本気でジャンヌに泣きついて国外逃亡するしか無いな。

 でかい意地の代償だ。

 戻れたかも知れない分岐点における選択は全て終わった。

 退路が無いのは怖いが後ろを気にしなくていい前向きな気分にさせてくれる。

 逆境に気分が高揚するのを抑えられない。

「ああ、俺に付いてこい。

 後は勝利するだけだ」



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