第284話 クズ男の修羅場
ユリを投入するとは、・・・如月さんはそこまで追い詰められていたのか。
俺が思っていた以上に如月さんには迷惑を掛けたのかも知れない、もし機会があったら優しくしよう。
「ふっふ~ん、真打ち登場。
この私から逃げられるとは思わないでね」
感傷に浸る俺とは対照的に胸張り鼻息荒いユリ、無性にこの女を凹ましたくなる。
「何か得意気になっているようだが、その床誰が弁償するんだか始末書ものだな」
始末書と減俸、弁済で生活がきゅうきゅうしているユリが一番触れて欲しくないところを剔ってやる。
「ふっふ~ん、勿論始末書はあなたが書くのよ」
「はあ~何で俺だよ」
俺の当て擦りに凹むどころか訳の分からないなぜ理論を平然と言い放ってくる。
きっと理解できない理屈がユリにあるのだろう、そんな理屈聞いたところで理解できないのは分かっている。なのに聞き返してしまった。
「部下の手柄は部下のもの、部下の過失は上司の責任。当然じゃ無い」
「そんな理想の上司が何処の世界にいる。
部下の手柄は上司のもの部下の過失は部下の責任だ」
さいてい~とどこからか木霊してきたが無視だ。
「そもそも、お前を雇った覚えは無いぞ」
「ふっふ~ん、甘い甘い。
このユリちゃんから逃げっれると思ったの、私の生活の為一生私の尻ぬぐいして貰うわよ」
「ノーサンキューだ」
ビシッと俺を指差すユリに俺はノータイムで拒否する。
一生面倒見ろ? ある意味結婚を申し込まれたようなものだ。冗談じゃ無い顔と体はいいかもしれないが俺の胃が保たない。
「拒否権は無いわよ」
「何か凄い人だね」
「如月さんの眉間の皺の何本かはあの人の所為らしいよ」
「しゃらっぷ。私の活躍そこで見ていなさい。
爆裂の旋律士の名が伊達じゃ無いことを教えてあげる。これで汚名返上、明日から私の生活の質も向上よ。私だって女の子週一ぐらいでカフェに行きたい」
後ろで何やら仲良くひそひそ話していた時雨とキョウを黙らせるとユリは煩悩ダダ漏れつつ俺に向き直る。
何か哀れになってきた、ここで完膚なきまでに打ちのめして引導を渡すのが情けというものか。この女は旋律士より明るさと顔と体を活かしたキャバクラ嬢とかの方が合っていると思う。
「どうでもいいが、ここでお前が暴れたらこのビル倒壊するからな。幾ら何でも庇いきれるもんじゃ無いぞ」
ビルという箱物だけじゃ無い、中に入っている重要書類や各種データなど取り返しが付かないものもある。それらが失われたら。
考えただけで頭と胃が痛くなる。
爆裂の疫病神、そんなイメージが浮かぶこの女とは可及的に速やかに縁を切るべきだ。
「えっ」
餌を抜かれた犬のような顔をユリがした。
多少フォローするなら明かな選択ミス。そもそもユリの旋律はこんな閉鎖空間で使えるものじゃ無い。もう少し技術が向上して威力を抑えるか局所だけを爆破できるようになればいいが、ユリの大ざっぱな性格じゃ無理だろうな。
如月さんも、どうせ赤字ならもっとマシなの雇えばいいのに。
「ぐっやるわね。この私を封殺するなんて」
「何もしてねえよ。
次が出てこないところを見ると、どうやらお前で出涸らしのようだな。
俺も暇じゃ無いんだ帰らせて貰うぜ」
抜け目ない黒田はいつの間にか逃げていた。
時雨やキョウには一応勝ったし、別に二人を悪夢に沈めて歪む顔を見たいと思う変態でも無い。
つまりこの場でのこれ以上の戦闘は全くの無意味となった。
本命は黒田だ。証拠もなく動いたがこれで彼奴が裏で動いていたことは疑惑から確信になった。やられっぱなしじゃ済まさない、必ず報復する。
気を引き締め立ち去ろうとした俺の目の前にユリが立ちはだかる。
「どけよ」
「逃がさないって言ったでしょ」
「お前に何が出来る? 流石に旋律抜きのお前なら絶対に俺が勝つぞ」
旋律抜きでも旋律士は超人的能力があるので素の俺では勝てるか怪しいが、今の俺には力がある。だが俺の力は中に溜まった悪意を利用するだけで再生産も再充電も出来ない使い切り。
奇襲は失敗、これから乃払膜や殻との戦闘も考えられる。極力節約を心がけなければならない。幸い時雨との戦闘で悪意を吐き出し多少は楽になった。次に黒田に会うくらいまでは暴発しないでいられるだろう。
兎に角無駄をしたくないというのに・・・。
「私の覚悟を甘く見ないでよね。
このビルからの人の避難は終わって残っているのは私達だけ。
いいわよ、分かったわよ。私を捨てようなんて男には、とことん背負って貰いましょ。
ビル一つ破壊した負債背負って貰うわよ」
「本気か」
ユリの覚悟に戦慄が走る。
辞めてくれ俺はそんなもの背負いたくない。
誰かユリを止めてくれと見渡してもこういう時に止めてくれる大人の如月さんも退避済み。時雨とキョウはユリの思考に唖然としている。
ユリが本気を出せば倒せるとか倒せないとかじゃない。確実にこのビルは倒壊する。俺では阻止できない、自分の身を守るので精一杯。下手すればビルの下敷き。俺自身が死んでしまうかも知れないぞ。そうでなくても俺が暴発すればここら一帯悪夢に沈む。罪無き市民が巻き込まれてもいいのか。そもそも俺を連れ戻したいんじゃ無かったのか。
etcなどなど時雨やキョウになら効果的な楔もユリには糠に打ち込むに等しい。
後先考えないと覚悟決めた奴と俺とでは相性が悪すぎる。
御免なさいして退魔官に戻るしか無いのか?
この馬鹿に屈服するのはプライドが許さないのもあるが、退魔官に戻っては黒田は倒せない。公の立場で黒田に迫る武器は無い、裏の人間だからこそ全てをすっ飛ばして黒田に迫れる。
ぐぐっ。
このままではこの馬鹿女に負ける、負けたくなければ俺も同じ所まで降りるしかない。
すなわち、後のことなど知ったことかでユリをぶっ飛ばして逃げる。
俺にそんなこと出来るのか、だが悪というならやるしかないのか。
「女の覚悟舐めるな」
「お前普段の仕事もそれくらい気合い入れてやれよ」
ユリが普段からきちんと仕事をこなしていれば、ユリ自身がこんな馬鹿な選択を選ばなくては成らないほど追い込まれることも無かったはず。
なんでユリの人生のツケを俺が払わされることになる。
「やってるわよ。やってもああなっちゃんだからしょうが無いじゃ無い。
あなただけなのよ私を使いこなせるのわっ」
「開き直るなよ」
ちきしょう一ミリも省みないぞこの女。
馬鹿になるか土下座か選択を迫られる。
「いい覚悟ね、気に入ったわ。
私は矢牛 京。さあ一緒にこの唐変木をとっちめてやりましょう」
キョウがユリの肩に手を置く。
「ボクは雪月 時雨。
ボクも少し甘かったよ。悪い子には多少はおしおきが必要だよね」
時雨もユリの反対側の肩に手を置く。
「みんな」
感涙するユリ。謎の連帯感で結ばれる三人。スポ根かよ。
「ボクと京が突撃するから、ユリは悪意を叩いて吹き飛ばして。くれぐれもビルに触れちゃ駄目だよ。漂う悪意だけを爆破するイメージで」
流石時雨さらっとユリの手綱を握ろうと努力する。
「任せて」
多少時雨がブレーキを掛けているが女三人が一致団結して俺を倒そうとする。
俺は戦隊ものの怪人か? などと冗談を言っている場合では無い。ユリの阿呆に変に感化された時雨とキョウは今までとは違う。
何処か常識人のリミッターがあったからこそ付けいる隙も多々あったが、それが外れたとなると・・・俺五体満足でいられるか?
もはや土下座という選択肢は残されていなかった。あるのは女三人ぶっ飛ばされるか逃げ切るかだけ。
くそったれが、そういうのは女を弄ぶ色男の役目だろ。間違っても女にもてない俺の役回りじゃ無い。
理不尽を感じつつも俺は徹底抗戦に備えて悪意を練るのであった。
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