第283話 二の女

 なるほどね、応援待ちの時間稼ぎだった訳か。

 これは思い付かなかった。如月さんめ、予算度外視で来たか。俺如きに旋律士二人は完全に赤字だろうに、確実にここで決着を付ける覚悟が伝わる。

 その意気や良し。

 助けると言いつつも失敗したときの為の手にも抜かりなく容赦なし。ただのお人好しの甘ちゃんじゃ無い。それでこそ俺の上司と褒めてはやるが、俺もそれで負けてやるほど可愛い部下じゃ無い。

 まずは勝つ、相手が悪人だろうが善人だろうが勝たなければ我が通せない。

 我を通す自由は勝つことでしか手に入らない。

 嫌なら亀の如く大人しく殻に引き籠もって嵐が通り過ぎるのを待つしかなし。

 勝つ気はあるが、二対一。無駄かも知れないが多少は楔を打っておくか。二対一は卑怯とか言えばプライドが高いキョウは多少引け目を感じてくれるはず。

「おいおい、・・・」

「キョウちゃん、なんで出てきたの」

 俺の台詞を掻き消す強い口調で時雨がキョウを非難した。

 あれ? 時雨はキョウの到着を待っていたわけじゃ無いのか? 今の言い方、一緒に来てキョウは待機させておいた? 何の為に?

「これ以上黙って見ていられる訳が無いだろ。

 ここからは私が相手する」

 キョウの排除すべき対象を見る目が俺を定める。

「でも」

「諦めなさい。

 時雨が頑張っても焼け石に水よ、彼奴はもう救えない」

 なおも縋り付く時雨をキョウはばっさりと切り捨てた。

「せめてそれ以上苦しまないように一瞬で終わらせてあげる」

 背中で時雨を拒絶して視線で俺を射殺しに来る。

「いいだろう。俺はお前のそういうドライなところ嫌いじゃ無かったぜ」

 本気だなこの女。容赦なく俺を殺りに来る。

 普段は気さくないい女だが仕事となれば情を切り捨てる。俺に近いその性格、本当に嫌いじゃないぜ。

「そりゃどうも、だったら一度くらいデートに誘っておけよな」

 キョウが本当にちょっとだけ残念そうに苦笑する。

「そりゃ悪かったな。

 なら素敵なお嬢さん、今から俺と一曲踊ってくれませんか」

「勿論OKよ。直ぐに終わってガッカリさせるなよ」

 さっと気取って俺が手を出せば、キョウが獅子のように獰猛な笑を返してくる。

 本当に楽しそうないい顔しやがって、男として応えないわけには行くまい。

「任せろ、たっぷり濃厚に楽しませてやるよ」

 キョウのブーツは未だ燃えて旋律の力は残っている。あれで蹴られたら一発で肉が炭化し骨が砕ける。

 ステップを間違えれば足を踏まれるでは済まない命懸けのタンゴ。

 ヒリヒリするスリルに心が躍るぜ。

「魔は祓う、それが旋律士。

 時雨が出来ないなら私が引導を渡す」

「熱烈なラヴコールに申し訳ないが、ここで終わるつもりは無い。

 悪意、夢魘回廊」

 時雨に放ったのと同じ技、これでキョウを悪夢に彷徨わせる。

「洒落臭い」

 俺が放った悪夢に誘う赤い霧の回廊、多層で入り交じる赤い霧など鎧袖一触、キョウの回し蹴りが一気に焼き払う。そしてそのままくるくるとバレーのように足を降ろさぬまま回転を続ける。

 一回転で此方に近付き。

 二回転でグッと間合いが狭まり。

 三回転でぐんと懐に入ってくる。

 俺が後退するより早く間合いに入られた。

「闇になんか行かせない、行かせるくらいなら私が始末する」

 止める為なら容赦なく殺しに来るとは、情の深い女だ。

 逃げ切れない俺の胴をキョウの蹴りが一刀両断した。

 上下に分断された俺はそのままに霧散する。

「なっ!?

 虚像」

 俺が旋律士みたいな化け物共と戦うのに真正面からの力押しだけをするわけが無い。赤い霧で視界を塞ぐ一瞬で悪意で作った虚像と入れ替わっておいた。

 悪意は人の心を映し出す鏡。

 ちょいと俺の心を投影させれば俺と見分けが付かない心の鏡像が生まれる。

 人は思った以上に人を心で見ている。

 ならば俺の心を写した虚像は心では俺と見分けが付かない分身となる。あとはちょいと赤い霧で視覚を誤魔化せば、疑いなく突進してくる。

 思い切りの良さを逆手に取らせて貰った。

「小賢しいぞ、こんなの全て燃やしてやる」

 キョウはつまらない小細工に引っ掛かった苛立ちを隠さない。

 良くも悪くも真っ直ぐな奴だが、そこに付け込む嫌な奴がいることを学んだ方がいい。

 俺を殺したと思った一瞬は思った以上にキョウの心の箍を外してくれた。おかげで覗き込み易くなる。

 悪意は人の心、苛立ち赤裸々に晒した殺意。

 その悪意、写し取らせて貰う。

「己の悪意に悶えろ。

 悪意、夢魘魔鏡」

 悪意にキョウの悪意を投影し形作る。

 今までのように様々な悪意が入り交じった混沌としたある意味純粋な悪意じゃ無い。明確にキョウ個人の悪意が顕現する。

「私!?」

 まざまざと己の悪意を見せ付けられキョウに動揺が走るが、まだまだ。

 写し取った悪意から更に悪意を写し取り、合わせ鏡の如く無限にキョウの悪意を投影していく。

「こっこれは!?」

 キョウの周りをキョウの悪意が宿った無限のキョウが取り囲む。

「なっなんだよこれ!?」

 誰でも無い己の悪意に取り囲まれあのキョウの顔に恐怖が浮かぶ。

 己の最大の敵は己というのは哲学でも何でも無い、その言葉の通り。

 他人の悪意は耐えられても、己自身の悪意を見せ付けられて人は平静では居られない。

 己の悪意は己にとって最も醜く直視できない。懺悔室の告解はこの人の心理の真理を表している。

「やっやめろ~」

 己の自身の無数の悪意をまざまざと見せ付けられてキョウの心に隙が生まれる。その隙間を見逃さないのが悪意で、心の隙間から悪意が染みこんでいく。

 旋律の力も消え失せただの少女となって絶叫するキョウの姿に少々心が痛むが、手は緩めない。

 勝てるときに勝つのが弱者の道。

 まずは一人悪夢に沈めると決意した俺の目に銀の軌跡描く残像が見えた。そして俺なんぞ小賢しいと笑い飛ばすかの如く爆風が襲い掛かってきた。

「六本木流、情熱の鳴動」

「くそっが、今度はユリか」

 キョウを囲む魔鏡が周りの赤い霧共々消し飛び晴れた視界に砕かれた地下駐車場の床にドヤ顔で立つユリが映るのであった。


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