第285話 俺は俺を愛している
ワンパターンと言われようが赤い霧を出して目を眩ませつつ虚像と入れ替わるしか手は無い。
まともにやったら三対一の上に質も向こうの方が上と勝ち目はない。場合によってはどころか最早戦略的撤退のタイミングを見計らう必要がある。
ランダムに後退しつつ地下駐車場に赤い霧ばらまいていく。
赤い霧はただの目眩ましじゃ無い、霧に惑えば悪夢に誘う攻防一体の魔。
なのに俺は既に赤い霧に目眩まし以上の効果を期待しなくなっている。所詮初見殺しの嵌め技に過ぎない、所詮は借り物の力か。
「甘い」
ユリが鞭を槍の如く真っ直ぐ伸びるように振るう。馬鹿女だが旋律士、何気に超絶技巧を繰り出してくる。
真っ直ぐ伸びてくる鞭の先端が俺に突き込まれる直前に止まる。
まずい!!!
ほっとする間など無く俺が後方に転がるのと同時に鞭が鳴動し大気が爆発する。
「くっ」
転がり起き上がったときには赤い霧は吹き飛ばされクリアな視界が広がっている。
ちきちょう、なんで俺の敵に回ったときだけ有能になる。
見渡せる視界。
時雨とキョウが左右から俺に迫ってくるのが見える。俺への直接攻撃を頑なに避けていた時雨も吹っ切れたのか遠慮無く突っ込んでくる。
目眩ましとしての赤い霧は間に合わない。この肉体で応戦するしか無い。
右、キョウの方が僅かに早い。普段組んで無い即席コンビの連携の隙。
俺はキョウに向かって飛び出し、待ってましたとキョウが獰猛に笑む。
「どりゃああーーーーーーーー」
美しい楕円軌道を描いて下方から斜めに蹴り上がってくる。キョウの旋律具であるブーツから炎は消えているが、それでも鋼鉄のブーツで蹴られたらただじゃ済まない。
「はっ」
俺はサッと床に手を突きしゃがみ込み蹴りを躱すと同時に床と平行に旋回する足払いを出す。
「やるなっ」
キョウは俺の足払いを繰り出した足の勢いを利用して飛び上がって躱す。空ぶる蹴りで地面に踏み込み、その反動を利用して俺は逆足で後ろ回し蹴りを伸び上がるようキョウに繰り出す。
空にいたキョウは躱せずクロスガードで蹴りを受けて後方に吹っ飛んでいく。跳んでいくキョウに追撃はしない、逆に背を向けキョウから走り去っていく。
よし、一人躱した。
今は上手くいったがこのまま格闘戦を続ければ引き出しの少ない俺の方が負ける。ならばこの開いた間合いを活かして逃げる。情けないかも知れないが、勝ち目の無い勝負に挑んで虜囚となって自由を奪われるよりは断然いい。
だが逃げる俺の目の前にはそうは甘くないと時雨が立ち塞がっていた。
小太刀を持った相手に突撃していくのは自殺行為だが先程の戦闘でも分かる通り時雨に俺が切れるわけが無い、ハッタリだ。
その優しさに付け込ませて貰うとばかりに俺は突撃していく。
「!?」
時雨はその両手に旋律具を持っていなかった、無手となって構えている。
誤算。切れなくても殴ることは出来るか?
旋律士たる者が徒手空拳を習得していないはずが無い、だが俺だって修羅場を潜っている。単純な体格筋力なら少女である時雨より男である俺の方が上。
多少被弾しても押し切れる、いや押し切るとばかりに足を止めること無く時雨の間合いに踏み込んだ。
「がっ」
時雨のノーモーション、全く起こりを捉えられなかったジャブが俺の顔にヒットする。それでも強引に前に進もうとする俺にプスプスプスと針で刺すようなジャブの連擊が襲い掛かってくる。
一発一発の威力は耐えられないものじゃ無いが、こうも連続でガードをすり抜け無防備な箇所に突き刺さってくると堪える。
誤算、時雨を見損なっていた。優しい時雨なら俺を本気で殴れないだろうなどとどこか高を括っていたが、やるとなれば中度半端はしない厳しさを秘めている。それが時雨が凜と立つ芯であり、俺が惚れた美しさ。
惚れた女に殴り合いで手加減されても悲しいが全く手加減されないのも悲しいものだ。
「くそがっ」
俺は相打ち上等で時雨目掛けて一発逆転の大砲右ストレートを放つ。
「!」
放った右手を躱すと同時に時雨が飛び付き絡みついてくる。
飛び込み腕十字!?
コンバットサンボかよ。慌てて左手で右手を掴むと同時に床に叩きつけるが、時雨はひゅるっと俺の右手を解放すると、今度はカポエラかよと地に手を着いて倒立したままに回し蹴りを放ってくる。
「ぐはっ」
一瞬時雨の生足がちらついたかと思えば衝撃に頭が揺らされる。
ここまで強いのか。
少しでも今の俺なら逃げるくらいなら出来ると思ったのがとんでもない思い上がりだった。やはり俺は策略とギミック込みの嵌め手で無ければ歯が立たない。
「うりゃあああああ~、私にも一発殴らせろ」
背後からキョウが追撃してくる。
なんとか振り返って構えたときには腹にキョウのアッパーがめり込む。
うごっ戻しそうになる。
「これは私に相談しなかったことに対する怒りだ」
なんじゃそりゃ。
「ごはっ」
右頬に左フックがめり込み、脳が揺れ視界が歪む。
「これは時雨を心配させた分だ。
分かってるのか、時雨がどれだけ心配したかっ。さっきだって自分の限界を超えてお前の中にある魔の力を吐き出させる為に旋律を奏で続けたんだぞ」
「キョウちゃんそれは・・・」
「いいんだっ、この馬鹿は言わなきゃ分からない」
そうだったのか。
頭の隅で思わないでも無かったが、俺の為にそこまでしてくれるはずがない、自惚れの思い上がりと切り捨てていた。更に俺のプライドを傷付けないように黙っていてさえくれる。
完敗だ。
そうか、そうなんだよな。
こんな俺でも見捨てない。やっぱり時雨は優しいな。人の悪意ばかり見てきた俺はその優しさに惹かれた。
だがその優しさに甘える自分には成りたくない。
俺はふらついた頭に意地を注入して振り抜いた。
ゴンッ。
「いった~い」
俺からの反撃があると思っても無かったキョウに頭突きが炸裂した。
よしっ。
俺は再度時雨と対峙する。
「言っておくけど、ボクは怒っているんだからね。
事情はあるかもしれないけど、心配した分くらいは怒らせて貰うから」
「俺が勝って全てを終わらせたら幾らでも謝るさ。
だが今は押し通る」
自分が馬鹿でアホで屑だと理解できる、下らない意地だと分かっている。
それでもここで素直に受け入れたら俺の中の中が砕けて、今までの自分で無くなる。
そんな自分の殻など破った方がいいかもしれないとも思う。
そんなんだから人に嫌われ好かれないとも思う。
だがそんな自分だからこそここまで来れた。
ここで青春ドラマのように泣いて心を開いて素直になれるような楽な人生歩んでない。
そうさ今までの俺が無駄だったと言って簡単に捨てられるかっ。
これでも俺は俺として必死に生きてきた俺を愛している。
「通させないよ。
後はボク達に任せて、君はまずその体を治療しないと。そのままだと取り返しが付かなくなるよ」
時雨の優しさは強い。俺の為を思い俺の下らない意地など無視する。
「悪意、夢魘闘法」
掌に赤い霧を纏わせて手刀を放つと同時に赤い霧をばらまいていく。
追い込まれ俺も一段覚醒した。格闘と赤い霧の混合技、ただばらまくより確実に悪意を相手に届けられる。
なのに初見でも時雨は難なく手刀と赤い霧を回潜ってくる。
「小細工を思い付く暇は与えないよ」
もはや時雨にはこれが小細工だと思って貰えすらしない。
ちきしょうっ。
自爆覚悟でもっと悪意を解放するしか無いか。
<<止まれ>>
天の声が響いた。
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