第273話 地獄で笑ってやる
「やるの?」
俺の決意を感じ取ったのかくせるが不意に聞いてくる。
「ああ、お願いされては仕方ない」
「そう」
ガシャッと俺はサブマシンガンのカートリッジを新品に交換。
セウに狙いを定める。
俺とセウの間には集められ濃縮された赤い粒が渦を巻いている。生きている人間の肌には水飴のようにべちゃっと纏わり付いてくるが、それは俺が感情がある人間だから。赤い粒は多少実体化していても物理的には雨粒より抵抗がない。
引き金がおもいのは懸念からじゃ無い。
引き金をおもくするのはセウへのおもい。
未練。
いい女だったよ。
唐突の出会いからの僅かな付き合いだったけど、悪に怒る姿は正義のヒロインそのもので嫌いじゃ無かった。
もっと早く、別の出会い方をしたかった。
おもいを残す女のおもいだからこそ、俺は逃げてはいけない応えてやりたい。
毎分数十発で放たれる鉛玉は柔らかい少女の肌を赤い花と散らす。
それを目を逸らさずに見届けるのがせめてもの弔い。
万感を込めておもい引き金を引く。
故障すること無くマシンガンは何十発という鉛玉を吐き出す。
「なっ!?」
目を疑う光景が広がった。
予想通り鉛玉は赤い粒などものともしなかった。赤い粒は鉛玉にあっさりと砕け、抵抗にならない。
ただ鉛玉にべちゃっと纏わり付くだけ。
悪意の赤は裁きの赫に変換される。
この神を孵す殻の中の法則は物理法則を凌駕する。
鉛玉は纏わり付いた悪意の赤と共にセウの背後に輝く赫い輪に吸い込まれてしまい、赤を吸収されただの鉛玉は赫い輪を通り抜けセウの背後に飛んでいく。
「ふう~っ」
落ち着け、驚きはしたが攻略できないわけじゃ無い。
セウの周りにある赤い粒を一時でいいから一掃してしまえば、弾は真っ直ぐ進むようになる。だが数が多すぎる、人は悪意とはいえ多すぎるだろ。タワーマンションだけじゃない、まさか東京中から集めているとでもいうのか? 兎に角サブマシンガン一丁で一掃出来るような量じゃ無い。
一丁でも全くぶれずに一点に弾を集中させれば突破できるかも知れないが、サブマシンガンの弾を一点に集められる技量が俺にあるわけ無い。
手榴弾の面攻撃でも吸収されて届かないだろうな。
手持ちの火力でやるなら接近してからの手榴弾とサブマシンガンの全力攻撃なのだが、それには赫い川が立ち塞がる。
一旦出直して火力を揃える時間は無い。
タイムリミットはセウが黒い穴に到達するまで。
タワーマンションは殻で黒い穴は産道、そこをセウが潜れば地獄が現出する。
神が孵る条件は既に揃っている。本当なら産道がセウの真下に開いてとっくに地獄が現出しているはずだった。
そうならなかったのは、セウが神に覚醒しかけてなお残った自我で時間を稼ぐ為に産道を出来る限り離したからだ。更に俺に助けを求めてヒント満載の歌すら歌ってくれたというのに。
そこまで俺に期待して頼ってくれたというのに俺は応えられないというのか。
ぐっ
やはり地獄で笑ってみるしか無いか。
ふっ
自然に顔に笑みが浮かんでしまう。
合理に徹した俺に悪意が無いなんて言えるわけが無い、俺に悪意を向けた奴には倍の悪意を返してきた。地獄の罰はさぞや苛烈なことだろう。
だが、この理由で引いてなんかいられない。
俺は肉体的には凡人だ、くせるはおろかセウにだって及びやしない。
ならせめて精神力では負けないという気概くらいは示さなければ皆と並び立てやしない。
いいじゃないか、地獄を笑って赫い川を越える。
俺が覚悟を決めて一歩踏み出そうとするタイミングで声が掛かった。
「私がやってあげようか?」
「救世とは関係ないぞ」
意外な助け船に驚きながら素直に浮かんだ疑問を訪ねる。
「今はあなたの部下なんでしょ、命じてくれればやるわ」
それだけか?
微かにだが子供の対抗心を感じられなくも無い。くせるにそんな幼稚さが残っていた可愛さに、己で成し遂げようと思い込んでいた意固地さが氷解した。
そうだな。大事なのは俺が解決するじゃ無くてセウの思いが果たされること。
「そうか。だが幾らお前でもあそこまで一足で届くのか?」
くせるが地獄に墜ちたらどうなるか見てみたいが、そんな好奇心は流石に引っ込めて上司として確認する。
「川の中間くらいを一瞬でいいから吹き飛ばして」
「分かった」
それ以上の問答はいらない。
俺はリュックから手榴弾を取り出す。
「行くぞ」
「うん」
俺はピンを抜き手榴弾を投げると同時にくせるに抱きつく。
「はにゃ」
そして一気に床に押し倒すのであった。
腹は暖かく、背中は熱い熱風に晒される。
出来れば動きたくないが、ちりちりする背中を無視して起き上がる。
「イケッ」
「うん」
くせるが飛び出し飛んだ。
手榴弾で吹き飛ばされ床の一部から赫が無くなっている。
くせるは見事そこに着地すると、そのまま勢いを殺さずセウに向かってジャンプ。
今度こそ終わる。
孵化する前ならただの少女の肉体。くせるなら苦しませずに首を刎ね飛ばせる。
俺はその瞬間から目を逸らすまい前を見据えていたからこそ気付けた。
「くせるっ」
警告と同時、くせるは叩き落とされ地獄に墜ちたのであった。
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