第272話 真の地獄
赫に呑まれ床で呻く男達、その姿は病院での波柴の馬鹿息子達と姿が被る。
壁や天井から出てくる赤はこの一帯から集められた人々の悪意を凝縮したものであり、それを濾過だか浄化だかした赫が愚かな人間に裁きを与える。
乃払膜の奴、何をしくじったか自分が神になるつもりがセウを神にしやがった。それも自ら発した悪意の分だけの報いを受けさせる地獄の主閻魔天。
閻魔天がいるならここは地獄、地獄が現世を呑み込んでいく。
「なんて素晴らしいんだ」
感動で声が震えてしまう。
悪人に死に逃げを許さない。
悪意の分だけを生きて報いを受ける、現世の地獄。
強かろうが弱かろうが
金があろうが無かろうが
権力があろうが無かろうが
平等に裁きを受ける、これぞユートピア。
目の前に広がる地獄の美しさに俺は恍惚となる。
グロテスクな死体が並んでいたり凄惨な光景を地獄のようだというが、それは違う。
罪が浄化されていく真の地獄は美しい。
「あなた、恋人でも見るような目で見るのね」
「そうか」
「私の時にはそんな目をしてくれなかった」
くせるが少し拗ねたように言う。
あの事件の光景が思い出されるが、流石にあれを賛美する気にはなれない。
死の救済と言うが、くせるがどうこうしようか人は死ぬ。早いか遅いかだけの違いじゃ無いか。それで地獄に墜とされるか天国に昇るかは死んだ人間にしか分からず、現世の人間には分かりようがない。
つまり生きている側の人間には救いが無い、死者のみが救われる。
その点これはいい、現世で全てが完結する。
っとくせるに説明したところで納得して貰えるか?
久遠から俯瞰するくせるにとっては生と死は溶け合い区別は無い。そんな人間に己に囚われるが故に生と死がはっきりと区別され死を嫌う人間の言葉が理解して貰えるものだろうか。
それは犬が飼い主に吠え声で意思を理解して貰うようなもの。さてさてどう言えばこのお姫様のご機嫌が取れるか思案のしどころだな。
だが思案をする前に邪魔が入る。
「流石旦那いいタイミングで来る、一人じゃ寂しかったところだ仲良く観光と洒落込もうぜ」
「P.Tか」
いつの間にかP.Tがひょっこりと俺の横に立って肩を組んでくる馴れ馴れしさに赫に突き落としたくなる。
「生きて地獄廻が出来るとは思わなかったぜ」
P.Tはその白い肌を上気させてつつ言う。美形だけに妙な色気があり俺が女だったら役得だったかもなしれないが、男なので益々突き落としたくなる。
「なら体験もしたらどうだ? あの赫い川に落ちてこい」
「おいおい、冗談だろ。幾ら俺が好奇心が強くても最後の一線は守るぜ。あれはやばい、あんなのに呑まれたくは無いな」
そうかこいつでも最後の一線を守るストッパーがあるのか、ストッパーの無い狂人の方が俺個人として好ましいが仕事をするならあった奴の方がいい。
「ならさっさと逃げろ。ついでに下にいる瞑夜と合流して石皮音を救出しておけ」
「なんで俺が?」
「ターゲットを依頼人より先に見付けられなかっただろ、ペナルティだ」
少なくとも発見の連絡は受けていない。
「そうかい、てっきり旦那の目的はこっちかと思っていたぜ」
「!」
「俺は事の一部始終見ていたぜ。
なにがあったか聞きくないか」
恋人のように耳元で囁くP.Tを俺は睨み付ける。
気付いていた? 確かに俺は瞑夜達を利用できる内に石皮音を助けるついでにセウを救出して手駒に引き入れたかった。
やはり此奴の嗅覚は侮れない、いずれ俺に仇為すかも知れない。だったらいっそ今ここで赫い川に落として浄化してやるか。尤もこの男が浄化されたら何も残らず泡と消えてしまいそうだがな。
だが確かにセウの身に何があったのか聞きたい気持ちも抑えられない。
「まっ旦那にはいいもの見せて貰った。サービスだ」
俺が悩み逡巡した間にP.Tがひょいっと引いた。
「ふん、ならさっさとしろ時間は無いぞ」
赫い川が俺達がいる所にも迫ってきている。
「それは旦那もだろ。幾ら旦那でもこれはやばい、逃げた方がいいと思うぜ」
俺は罪を犯してないなどとは思っていない。そもそもこの地上に生まれたての赤児以外に穢れ無き人間がいるのか?
選択肢は二つ、ターンダッシュで逃げるか、赫い川を飛び越えて神に挑むか。
分かっているが心が囁く。
この素晴らしき地獄に墜ちてみたい。
それは高速回転する電動ノコギリの刃を見ていると指を突っ込みたくなるような、痛い目を見ると分かっていても抑えられない好奇心。
まずいな心の疼きが酷くなる。
だがそんなことに悩む俺を嘲笑うように事態は変わった。
赫い川が俺達に迫る寸前、床がストンと抜けたように真円を描く黒い穴が空いたのだ。
空いた黒い穴にナイアガラの滝のように赫が吸い込まれて流れ落ちて行く。
「どういうことだ?」
おかげで赫い川から逃げる必要は無くなったが、運良く偶然マンションの床が抜けたということはあるまい。
これから何が始まる?
そんな疑問に答えるように壁から無数の赤黒い子供の姿が浮き上がってきた。
「なんだなんだ。まだまだ余興はこれからだとでも言うのかよ。興奮しちまって今夜は眠れねえぞ」
ホラー以外何もので無い光景を魅せられてP.Tは虚勢でなく興奮する。逃げればいいものを好奇心にひっぱられP.Tも逃げることを忘れている。
次なる演目に胸が高鳴る俺達の期待に応えるように浮き上がった子供等は口を開いて甲高い声で歌い出す。
とーりゃんせ とーりゃんせ
ここは何処の産道か
天神様の殻の中
殻の中の雛は、いついつ出やる
生きは宵宵
孵りは怖い
夜明けの宵に
赤と赫が混じった
産声上げるのだ~れ?
行進曲とでもいうように不気味な童謡の合唱に合わせてセウが少しずつ穴に向かって進み出した。
「神を称える賛美歌とでも言うのか?」
「メッセージだよ」
「メッセージ?」
「俺も見込まれたもんだ」
正直さっきまではこのまま成り行きを見届けるのもありかと思っていんだけどな。
袖触れあうも多生の縁、言葉を交わして共に戦った女。
そんな女に助けを求められたら仕方ない。
つくづく最後の一線で情を捨てきれない。
俺の方針は定まった。
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