第262話 スポンサー

「なんでお前がいるんだ?」

 待ち合わせ場所の朧川区の喫茶店で珈琲を飲む俺の対面には日本茶を啜っているくせるが澄まして座っている。 

 朧川区、山手線が描く輪の中央よりに位置しながらも中央線からも外れ二大路線の流れから取り残され、川に囲まれた地であるが為にその後の地下鉄開発からも取り残されてしまい都心にありながら戦後の風景なども残る陸の孤島と揶揄されるような区であった。

 だが近年観光都市化で新宿や渋谷などの大都市が風営法を強化していくと、その締め付けから逃れるように昔ながらの風営法が取り残されているこの区に人々が続々と流入して来るのであった。

 色と酒は人間の欲望の源泉、蜜に集る蝶のように人々は惹かれ集い大金が動き出し街は一変した。何も女と酒を楽しむ店が増えるばかりじゃ無い同伴やアフターなどで洒落た食事をしたいとなれば高級レストラン、一晩中楽しみたいとなればホテルが、デートしたいとなれば劇場や遊技場、飲む買うが充実すれば間の打つも欲しくなり地下賭博場の需要が生まれ、道路が舗装され地下街が作られビルが建ち並んでいき瞬く間に新宿に負けない遊楽街と変貌していった。

 変わったのは繁華街だけじゃ無い、今まで時代の恩恵から取り残された鬱憤を晴らすように区長以下役所の役人全てが一丸となって有り余る大金を使って外部からの介入を排除し街の孤立性を守っていく。噂では都知事選において朧川区が味方した候補が勝つとまで言われる金が動く。

 こうして警察すらおいそれと手が出せなくなると更に犯罪者なども続々と集まって来るようになった。それでも警察という外部の介入を極力抑える為に、独自の自警団や街を牛耳る組織が治安を担うようになり日本でありながら日本の司法が届かない独立区のようになっていく。

 下手に警察も手が出せない地、故に俺はここを待ち合わせ場所にしたんだが、まさかこんな混沌とした地に瞑夜がくせるを連れて来るとは思わなかった。

 昼から半裸のねーちゃんが客引きを堂々とするような街、ここはお子様の教育には良くないぜ。

 いや逆なのか、こんな地だからこそ此奴等のアジトがあっても可笑しくない。まあ、このことについては下手に探りを入れるのは辞めておこう。今は信頼を失うわけにはいかない。

「文句言わない。私がスポンサー」

 くせるは無造作に手元の巾着袋から札束を取り出しテーブルの上にどんと無造作に置いてみせる。

 こんな地でこんな行為は強盗を募集するに等しい。冗談じゃ無い今はそんなのに構っている暇は無い。

「おいおい、こんな所で出すなよ」

 俺は慌てて札束を片付けようと手を伸ばすが、届くより早くくせるが札束を巾着袋の中に仕舞ってしまう。

「どういうことだ瞑夜。確か主人に隠れて主人の為に働く美談だったと思ったが?」

「それが廻様の所に行く前にお嬢に会ってしまって・・・」

 このドジッ娘がという生暖かい顔を瞑夜に向けると瞑夜はそっと目を逸らした。

「瞑夜の主は私。配下が主に報告するのは当然のこと」

 10才くらいの少女が20代の女性を捕まえて自然に言い、それをおしゃめと感じることなく当然と思ってしまう。

 くせるの愛くるしさに油断してはいけない、今この場で一番怖いのはくせるだ。

「まあいいさ、結果が同じなら金の出所までは問わない。ありがたく使わせて貰おう」

 俺が手を出すもくせるは巾着を渡そうとはしない。

「駄目。私も付いていく、それが条件」

「おいおい、いいのか瞑夜。お前の主人が危険に晒されるぞ」

「主の意思だ」

 そこを敢えて諫言するのが忠臣だろうが。

「瞑夜に話を聞いた。

 世界救済委員会、世界を救おうとする彼等に興味ある」

 ちっ誠実に事情を瞑夜に話したのが裏目に出たか。少しはフィルター嚙ませよ。

「それに私に自分で掴めと言ったのはおにーちゃんよ」

 くせるはにこっと笑って言う。

 それを言われると辛い。下手にここで断って、やはり死は救世という結論に戻られては堪らない。くせるには永遠に答えの出ない問いに挑んでいて貰うのが一番平和だ。

「負けた。精々救世の参考にしてくれ。

 但しこの件に関しては俺の指示に従って貰うぞ」

 言い合いしているだけ時間の浪費、なら条件を提示してさっさとまとめた方が建設的だ。

「貴様っ、お嬢に命令できるとでも」

 お前の主人の為だろうが、間違ってもくせるが乃払膜の虜になるのだけは避けなければならない。

 それは地獄の釜を開けたに等しい。

「いい、瞑夜。

 分かったわ。その条件は呑む」

「素直な子は好きだぜ。

 決まりだ、時間が無い直ぐに動くぞ」

 俺はくせるの頭を撫でてやると席を立つのであった。


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