第261話 甘い覚悟で選んだ道じゃ無い

「だったらその強いお前こそ俺に心配させるな」

 ムカッと来た俺はベットから飛び上がって抗議する。そもそもお前が俺を苛つかせたんだろうが。

「ふ~ん」

 ジャンヌが益々猫のような顔で笑って此方を見てくる。

「なんだよ」

「心配してくれたんだ」

 ジャンヌが言質を取ったとばかりに嬉しそうに微笑み、俺もジャンヌを心配していたことを自覚させられる。

「うるせえっ」

「きゃっ怖い」

 照れ隠しに捕まえようとした俺の手をくるっとすり抜けてジャンヌはのたまう。

「それで、この後はどうするの?」

 ジャンヌがデートのディナー後みたいに蠱惑的に聞いてくるので、思わず今夜は泊まるよと答えそうになる。幸いベットもあるし。

 ええい、ジャンヌのペースに乗せられるな。

「ジャンヌは一先ずフランス大使館に逃げろ」

 このお転婆にはそこで大人しくしていて貰った方が俺としては安心できる。

「そうね、一度フランス政府に動いて貰って日本政府を牽制して貰わないと動きづらいしね」

 そこが俺と違う国の要人の不自由なところ、権力は自由を与えてくれるようで束縛もしてくる。

「分かったわ。早く行きましょ」

 ジャンヌは俺が一緒に行くのがさも当然のように言う。

「俺は俺で動く、悪いが一人で行ってくれ。

 まあ一人で寂しいなら大使館までは一緒に行ってやってもいいぜ」

 俺の小粋なジョークを織り交ぜた返答にジャンヌのさっきまでの猫のような顔が豹のように険しくなる。

「気になっていたんだけど、昨夜捕まってから何があったの?」

「お前が気にするようなことは何もな・・・」

 ベットに押し倒された。

 男なら一度はいい女を押し倒してみたいと夢見ることを俺は逆にされてしまった。

 両手を押さえられジャンヌの顔が鼻息が触れるほど間近に迫る。

「茶化しは無し。真面目に答えなさい」

 ゴンとおでこをぶつけられ顔を逸らすことさえ封じられる。

 この光景で思わず下半身が疼くが、甘い色気を感じたというより雌に喰われる雄蟷螂になった錯覚で生存本能が刺激された。

「言いなさい。言わなければこのまま辱めるわよ」

 おでこを更に押され頭がベットに沈んでいく。

 俺だって女に押し倒されて喜んでいるようなマゾじゃ無い。ジャンヌを撥ね除けようとしているのに巧みに力を流されてしまう。腰に跨がったジャンヌをどかすどころか腕力では勝っているはずの腕すら自由にならない。

 冗談で無くジャンヌがその気になれば俺を辱めることは可能だろう。

 流石にそれは御免被りたい。

「おいおい、何を言っているんだよ。勘ぐりすぎたぞ」

 俺がジャンヌの恋人?だったアランの仇とも言えるシン世廻と手を組んだなんて言えるわけが無い。

 シン世廻と組んだことは後悔していない、プライドを守って死んだら元も子もない。それに闇に潜み誰とも知らず狡知に勝る黒幕に対抗するにはジャンヌでは弱い、その点シン世廻と組めば十分対抗できる。

 理想はジャンヌが日本政府との折衝で手こずっている間にシン世廻と共に決着を付けてしまうこと。それなら結果俺が表の世界に戻れなくなろうが道半ばで倒れようがジャンヌに迷惑が掛かることは無い。俺の所為でジャンヌが聖女として今まで築き上げてきたキャリアと未来を捨てるような事はあってはならない。

 その為にも何かいい方便を思い付け果無 迫と頭を巡らせようとしてもジャンヌが集中させてくれない。

「言いなさいっ」

 ジャンヌの鋭い言葉が俺を剔っていく。

 駆け引きも何も無い真っ直ぐ突き刺さってくる言葉が俺にはぐらかすのを許さない。

 これが聖女の力?

 巧みな嘘を百並べる詐欺師より真摯な言葉を吐く聖女の方が手強いというのか。

「警察官を熨して脱出したんで、ちょいと指名手配されているだけだ。だがそれも黒幕をキャンと泣かしてやれば万事解決・・・」

 うまい方便が思い浮かばず、断片的な事実を言う俺の台詞はまたしても遮られる。

「いい加減にしなさいっ」

「いやだから嘘は・・・」

 ゴンッと頭突きを喰らい脳に罰の如く重い痛みが走る。

「いい加減にしなさいと言ったわよ。

 あなたが優しい人でその優しさを貫ける強さがあるのも分かる。あなたが私を巻き込まないようにしているのも分かるわ。

 でもね、いい加減イライラするの。

 あなたは私になお心配させる気なの?

 私に頼れないっていうの?

 まだ私が信じられないっていうの?」

 ジャンヌの俺に対する怒りは俺が先程ジャンヌに感じた俺の怒り。

 相手を思った行為で信じてくれないと失望される。

 鏡合わせで互いに怒りを映し出していく。

 互いに怒りを共鳴させていく行き着く先は決裂。

 だがそれはジャンヌと喧嘩別れする初期の目的を達成したと言える。それは望むところであるというのに、それは俺をこんな真摯に叱ってくれる人に対する裏切りになる。

 裏切りはいやだな。

「すまなかった」

 俺は素直に謝っていた。

「私こそセリに心配掛けたわね。

 ご免」

 俺に謝られジャンヌもあれほど昂ぶった怒りは何処に行ったのか素直に謝ってくる。

 本当に鏡合わせみたいだな。

 ジャンヌは自然と俺の拘束を解いてくれる。

「全て話すよ」

 解放された俺は起き上がると全てを語った。

 ・ 

 ・

 ・ 

 俺の話が終わってジャンヌは思い詰めた顔をして口を開く。

「ねえ、セリ」

 この後に何が続く。

 アランの仇と組んだことで怒られるか、馬鹿なことはするなと叱られるか。

 どっちだろうと俺の決意は変わらない。

 どう考えても現状これしか逆転の手は無い。もう正攻法じゃどうにもならないほど負けている。

 俺は勝利を諦めない。

「なんだい」

 俺は優しい口調で答える。

「フランスに亡命しない?」

「はえっ?」

 その発想は無かった。

 いつだって人は予想しきったつもりの俺の想像力を容易に超えてくる。

「私の力があれば出来るわ。私が守ってあげる」

 ジャンヌが力強く自分の胸を叩き俺を真摯に見詰めてくる。

 どうしてこの女はこうも男らしい。

「ジャンヌのヒモになるのも悪くは無い」

「ほんと、なら」

 俺の言葉に喜色が浮かぶジャンヌ。

 亡命すればジャンヌが俺を守ってくれるんだろうな、それこそ頼めば聖女だって辞めて一緒にいてくれるかも知れない。

 傷を舐めて貰うような優しさに包まれて生きていく、俺が願っても得られないような夢の生活が目の前に掴めるところにある。

「だがそれはやるだけやってからだ」

 だが俺は腕を伸ばさず払い除けてしまう。

 いつだって馬鹿な選択をする。

「あなたがやるだけやるって死ぬ間際までじゃない」

「それでもそこまでしなければ生き方は変えられない」

 後悔を残せばフランスに行っても日本に返って復讐することを願ってしまう、それでは折角掴んだ幸せも破綻する。

 心壊れ一人生きると決めた道、その道を乗り換えるというならかつて俺の心が壊れてしまったくらい徹底的にやらなければ出来るものじゃ無い。

 そんな甘い覚悟で選んだ道じゃ無い。

「分かったわ。でも一つ約束して」

「なんだ?」

「私はあなたの味方よ、それだけは忘れないでね」

「分かった。心に刻んでおく」

「ならいいわ。

 味方がいる人には希望が残る。これであなたは死なないわ」

「そうか」

 暖まる気持ちのままに答えた。

「連絡待ってるからね」

 ジャンヌは番号が書かれたメモを俺に差し出し俺はそれを受け取り番号を脳に刻むとメモを呑み込んだ。

 この番号、死ぬまで忘れることは無い。

「さて、そろそろ本当に時間が無い急いでずらかるぞ」

 少々長居をしすぎた。気絶させた刑事達も目を覚まし出す。

「そうね」

 俺とジャンヌは比翼の鳥のように羽ばたき逃げ出すのであった。


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