第263話 アミーゴ
カランカランとドアベルが鳴り響く。
店にいた数名の客達の視線が一斉に向けられる。
本来なら俺など一瞥して終わりだろうに、ねっとりと値踏みする視線が暫し留まっていた。後ろに20代と10代前半を従えているんだ覚悟はしていたが、俺はどう値踏みされているのやら?
これからホテルで花びら大回転する前に飲みに来たストライクゾーンの広い変態か?
もてそうもない面に不相応な女二人、変態金持ちか?
金を持ってる変態なら遠慮無くおこぼれを頂戴したいか?
エスパーじゃ無いが碌な事じゃ無いことは分かる。だから瞑夜は兎も角くせるまでは連れてきたくは無かったんだ。
益体もない、今は考えないことにしよう。
店はカウンターとテーブル席が縦に四卓並んでいる長細いカクテルバー。少し黒ずんだ木目調の家具で統一された店内が古きイギリスを彷彿させてなかなかいい感じだ。
酒場は雰囲気が大事、この俺に仕事でなく酒の味も確かめたいと思わせるとはやるな。
俺はカウンターにいるマスターらしき髭を生やした壮年の男の前に座る。
「キールを一杯」
「ビール」
「お茶」
粋に決めた俺の両隣に座った美女美少女は自由に注文していく。少しはTPOを考えろよ、マスターの頬が少しほんの少し引き攣ったのが見えたぞ。
「ビールの銘柄は何でもいいですか?」
「構わない」
ちゃんと聞かなくていいのか? クラフトビールとか銘柄で味がまるで変わるぞ。キリンビールを期待していてクレーム付けるなよ。
「お嬢ちゃんは、抹茶でいいですか?」
「いい」
カクテル用の抹茶を使うのか意外とサービスがいい。
カクテルバーにあるまじき注文だがマスターは澄ました顔に戻して対応していく、店に似合ったプロだな。
さて取り敢えず注文はした。ここで喉を潤いもせず次のステップに行くのは無粋というもの。いいバーにはいい客が似合う。まずは酒をゆっくりと味わってから次のステップだ。
「両手に花とは羨ましい限りじゃ無いか、アミーゴ」
余裕を見せ付けようとした俺の隙を狙ったかのように馴れ馴れしく俺の肩に手を乗せてくる青年が表れた。
先の視線である程度諦めていたが、早速絡まれた。此奴のあしらい方次第で店にいる他の客の出方も変わる。この店での格が決まる。
しくじれないな。
記念すべき初絡まれりの青年は俺と同年配、黒系の服装と色白の肌のコンストラクトで漂う色気がある上にしゃべり方もいちいちいやらしい。ヴィジュアル系バンドでもやれば人気が出そうな男だ。
瞑夜とくせるに惹かれてきたただのスケベなのか他に目的があるのか、早計は命取り。
「何か用か?」
「おいおいおいおい、何か用、何か用と来たか。
無粋だぜ、アミーゴ。ここは浮き世の憂さを晴らすバーだぜ。下らない楽しい話をしようじゃ無いか」
額に手を突いて嘆きのポーズを取ったかと思えば肩を竦めて見せる、口だけで無くボディランゲージも五月蠅い奴だ。
「無骨者なんで済まないな。なら、その楽しい話とやらをそこで囀ってくれ、興味が惹かれれば聞いててやるぞ」
「ひゅう~そう来たか。じゃあ語ってやるぜ。童貞には刺激が強いが俺が通っている店のゆかりちゃんなんだが、これがベビーフェイスと我が儘ボディのアンバランスさが・・・」
俺の安い挑発に怒るかと思えば本当に下らない下ネタを語り出しやがった。
読めない。
「キールです」
突然現れた青年を全く気にする様子も無くマスターは俺の前に琥珀色に染まるキールを置いた。
一口飲めば、乾いた舌と喉に染みこんでいくグレイトな配分とシェイク、腕は確かなようだな。
この店雰囲気だけでなく味も楽しめる。こうなるとツマミの実力も知りたくなると仕事を忘れそうになる。だが短い人生、感動するものに出会えたのなら堪能しなくては嘘になる。
「鼻の大きな奴は物がデカイというが言うが、逆に鼻の大きな女は・・・」
俺が飲んでいる間にも青年は女の話をべらべらとしゃべり続けている。
本気でただの女好きか?
「両脇の女が目的なら、俺なんぞ通さないでどちらでも好きな方を直接口説いてくれ」
くせるにしろ瞑夜にしろ、この青年が下手に口説けば首が飛ぶが、そんなの俺の知ったことじゃない。自己責任で口説いてくれ。それで落とせたら祝福の言葉くらいは贈ってやろう。
「おいおい冷たいじゃ無いか。俺はアミーゴに興味が有るんだぜ」
「何だホモか。悪いが俺はノンケだ」
「おいおい、食わず嫌いは良くないぜ。新たな扉を開いてみないか」
本気か洒落か区別できない色気を漂わせて誘惑してくる。
「ならお前が新たな扉を開いてみるか?」
俺は淀みなく引き抜いた銃を成年の眉間に突きつける。これで引き金を引けば新たな扉と言うにはちょいと小さい、新たな穴が空く。
「アミーゴ、ちょっと短気が過ぎないか」
青年は両手を挙げて降参のポーズを取るがその顔には余裕がある。
「違うのか? お前が望んでいることだと思ったが、過程なんてすっ飛ばして結果を求めようぜ」
これ以上此奴に舐めた態度を取らせていると俺のこの店での評価が落ちる。これから大事な取引を控える身としてはそれはちょいと困る。人間初対面が大事、そこでの失点を取り返してプラスにするには倍の労力と時間が掛かる。
「過程を楽しんでこそ人生が豊かになるぜ」
「ビジネスは結果だよ。リターンありきさ。
ただ働きはいやだろ、違うか?」
「楽しめればそれなりに。人生観の相違って奴だな」
ニヤッと笑った顔に過程を楽しむという言葉に嘘は無いと感じた。
仕事に遊びは不要だぜ。
「別に俺はお前を啓蒙する気はない。人は人どんな人生観を持っていても俺は気にしないぜ。グッバイバージン」
処女膜じゃ無くて眉間の頭蓋骨に穴が空くが、初めて穴が空いて血が出て痛いことには違いあるまい。それに脳に穴が空くのは一度しか味わえない極上のエクスタシーかも知れない。
「お客さん、死人は困りますよ。片付けるのはこっちなんだよ」
指に力が籠もったタイミングでマスターが止めてきた。
「店の秩序を守るのを放棄したマスターに従う謂われはないな」
いやなら此奴が俺に絡んできた時点で止めておけばいい。まあそれでもギリギリで介入してきたとも言えるか。
「P.T下がれ、お前の血で店を汚したくない」
「そこは嘘でも死んだら悲しいって言う所じゃ無いの。
それにしてもマスター、其奴が引き金を引くって思った訳ね」
巫山戯ているようで察しがいい。
今の俺は悪の組織の人間、躊躇う理由がない。
「その人は必要なら引く人だ。それでそんな人がこの店に何の用だ?」
「バーに酒を飲みに来て注文までしたのに何しに来たと聞かれるとは思わなかったが、俺は大熊の紹介でここに来た」
不本意ながら始まったビジネスの話、マスターの顔を立てて俺は銃を仕舞う。
「なるほど。それでオーダーは?」
初対面で怪しいことこの上ない俺の話を聞く気になったのはやはり大熊の名前か。熊の威を借りる狐だが利用できるものを利用しない余裕は俺には無い。
周りの様子を伺うに俺が銃を持っていたこと自体で騒ぐ奴はいなかった。今この店にはそっち系の者しかいないということで遠慮をする必要は無い。
「潜入調査だ。別に難しい話じゃ無い今夜中に指定する建物の中を三カ所調べて貰えればいい」
「なら自分でやったらどうだ」
なかなか辛辣な対応、どうも俺は初対面でマスターの印象は良くないらしい。これもP.Tの所為だな、やはり穴を開けてやるべきだったか。
「生憎手持ちが筋肉系の戦士ばかりでね。ヤクザの事務所を潰すならいいが、誰にも知られずに潜入するのは苦手と来ている」
大人しくビールを飲んでいた瞑夜の肩がぴくっとするのが見えたが気にしないことにしよう。こんな営業トーク如きで根に持たないよな?
「ふんっ。ウチにいないことはないが、今夜とは随分と急だな」
マスターはヤクザの事務所を潰すのは簡単と言ったのをハッタリとは受け取らなかったようで笑いはしなかった。
「その分金は弾むぜ。200万、お小遣い稼ぎにはいいだろ」
俺は札束二つをカウンターに無造作に置く。
「しかも後腐れ無しの現金だ」
「気前がいいのはいいことだが、その金を持って無事に帰れるのか?」
「心配無用、武闘派には困ってないって言っただろ」
このやり取りを見ていた客が出来心を起こしても十分返り討ちに出来ると自信を込めて返答する。
瞑夜とくせる、そういった意味では俺は信頼している。逆かそういった意味でしか信用していない。
「なるほど、少し時間をくれ誰かいないか当たってみる」
マスターは懸念を払拭出来たようで仕事に徹してくれるようだ。
何とか話は纏まりそうだな、後で大熊に感謝状でも贈る必要があるかもな。
「おいおいおい、それはないだろマスター。そういう仕事なら俺が適任だぜアミーゴ」
「お前が自発的とは珍しいな。何を嗅ぎ付けた?」
割り込んできたP.Tにマスターが顔を顰めながら言う。
マスターは闇の人材派遣業で依頼にあった能力を持った人間を紹介するのが本業。依頼人は最初の一杯にキールを注文しなければならないのは、マスターの浪漫なんだろうな。
この男も能力は捜査系らしいようだが直ぐに紹介しなかったところを見ると、秘蔵なのか問題児なのか。
「なになに、ちょいと鼻腔を擽られただけだ。
アミーゴまさか果無って名前じゃ無い」
P.Tは俺を指差しながら言う。
「人違いだ」
「今日されたばかりのほやほやの指名手配。
教えろよ、何やらかしたんだよ」
にやにやした顔のままにP.Tの首がぽんと宙に飛んだ。ビールを大人しく飲んでいると思っていた瞑夜が一瞬でP.Tの背後に回って懐に忍ばせておいた小太刀を一閃させたのだ。
瞑夜も少々早計というか決断が早すぎ・・・違うか少々馴れ合って俺の感覚が緩んだだけで、本来こういう女だ。
なんせ鬼だからな。
可哀想だが、まあしょうが無い。秘密を人前でべらべらしゃべる自分の迂闊さを呪ってくれ。
口は禍の元、自業自得だよ。
「おお~怖い怖い」
「!」
首を飛ばされたはずのP.Tは一歩下がった場所で飄々と肩を竦めている。見れば飛ばされたかと思った首はバルーン、ふわふわと宙に漂っている。
魔人なのか? それともマジックによる変わり身? どちらにせよ瞑夜の目を誤魔化すとは一流の技量だな。
欺かれたと知り瞑夜から明確な殺気が溢れ出す。次の一刀は今のような五月蠅い蚊を潰すようなものじゃ無い、本気で繰り出す。
瞑夜は先程のタネを探ろうと殺気をP.Tに当てて様子を伺う。
「疼くぜ、俺も一枚嚙ませろよ」
笑ってやがる。首を飛ばされそうになって怯む様子無し、退屈を嫌う真性の悦楽主義者とは質が悪い。基本真面目系の俺とは相性が悪い。
「マスター、此奴腕はともかく信頼できるのか?」
俺は瞑夜を手で止めつつP.Tでなく仲介者であるマスターに聞く。此奴は信用できなくても大熊が紹介したマスターは幾らか信用できるだろ。
「腕はいい保証する。裏切りもしないがおまけが多い」
「おまけ?」
「トラブルメーカーと言ってもいい、そこに目を瞑れるのならお勧めだ」
商品を売ってクレームの嵐に遭うようなものか。
「いいだろう。雇おう」
後半の紹介を聞く限りそんな奴普通ならお断りだ。道具は信頼性こそ一番、だが今は黒幕に勝つ為に俺には意外性が求められる。
「商談成立だな。
俺はP.Tよろしくなアミーゴ」
P.Tは笑顔で右手を差し出してくる。
「握手は結果が出てからだ」
「はいはい、とことん反りが合わないな俺達」
「競合しないとも言えるぞ。お前は途中を楽しめばいい、俺は結果を貰う。
Win-Winで互いにハッピーだ」
「いいね~、最後に笑っていられたら抱かれてやるよ」
「そうか」
俺はまずは礼儀とばかりに上手いキールを一気に飲み干す。アルコールが体に染み渡り体に火が付く。
「ふうっごちそうさん。上手かったよマスター」
「なら今度は飲みにだけ来い」
「生き残れたら、そうさせて貰うよ」
俺は戦場に赴くのであった。
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