第259話 みんな馬鹿
俺はもうあの見張りは黒幕の配下の警官で中にはジャンヌが軟禁されていると決めた。
決めた以上は迷いはない。
まずはあの見張りをどうにかしないといけないが、生憎と今の俺の装備は警官から奪った拳銃、警棒、手錠とこういう時に便利なスタンガンはない。いきなり狙撃がベストなんだが、流石の俺でも見知らぬ警官を不意打ちで射殺するのは気が引ける。
拳銃は最後の手段にしよう。
よく観察すれば、あの見張り辺りを鋭く警戒しているというより退屈で視線をあちこちに漂わせているという方が正しい。
護衛のプロじゃない、見張りとしても質はあまりよろしくない。スマフォをしてないだけマシといったところで、中の要人が襲われる可能性なんて一ミリも考えていない。
人材不足とは黒幕も無尽蔵に警察のリソースを使えるわけじゃない。
手が届かないほどじゃない
これなら行けるか。
見張りの視線がこっちをしばしばぼ~っと漂い飽きたのか視線が反対側に向かい出す。
こんな事を三回繰り返している。こんな事をパターン化するなと言いたいが、おかげで思い切り行ける。
またこっちにしばしば視線が漂い、向こうに向き出す瞬間に俺は廊下の角から一気に飛び出す。
警官の緯線が逸れて行くのと合わせてぐんぐん間合いが縮まっていく。
一歩、二歩、三歩と歩幅は広がっていきグイグイ二人の距離は縮まり、俺が奏でる足音を見張りが察知する。
異常を感知してる間に、一歩。
視線を此方に向けている間に、一歩。
脳が危機を理解する間に、俺は跳躍する。
「なっ」
警官は危機を理解して構えを取る取る暇も無く俺の跳び蹴りが腹にめり込む。
「うっげげげげ」
腹への一撃に内容物が口から噴水のように溢れるのを躱してテンプルにフックを一発。
くるっと白目になって警官は崩れ落ちた。
よし。
俺は早速ドアノブを回そうとするが当たり前のことで鍵が掛かっている。
俺はさっと倒れた警官から銃と上着を剥ぎ取ると、銃を上着でくるんでドアノブを破壊する。これで銃声がこの階以外にも響いて通報されるのは防げるはず。
さあ、こっからが本番。幾ら何でもこれで中にいる連中には気付かれただろと気絶した見張りを抱き抱えドアを蹴破ると同時に突入した。
無音。
?
変だな何かしらのアクションがあると思っていたが。
見張りから手を離すと見張りがドサッと床に落ちる音だけが響く。
広がった視界で中をぐるっと見渡すと誰もいない。
どういうことだ?
見張り番がダミーだったというのか?
思慮が足りなかった。当然考えつくべきだった。最上階を借り切っているんだ、馬鹿正直にジャンヌがいる部屋の前に護衛を置く必要は全くない。
寧ろ俺みたいなマヌケを引っ掛ける意味でも別の部屋の前に立たせておく。
今頃脱出なり応援の要請をしている、失敗俺も早く逃げないと。
後ろにむきかけた靴先を足指で地面を掴んでその場で踏ん張る。
まだだ、まだ自暴自棄になるのは早い。
銃声は抑えた、スィートだし防音は完全だろう。他の部屋にいる連中に感付かれたとは限らない。
急いで他の部屋に強襲を掛ければ間に合う。
だがもう一歩思慮を働かせれば、俺にそう思わせるフェイクということだってある。
一応この部屋を調べておくべきだ。
ぐるっと見渡せば俺のアパート全室合わせたより広いリビング。
ふわっとした絨毯にホームシアターが楽しめそうな大画面テレビとソファー。
奥の方にはグラスが逆さまにして吊るってある俺には縁のなさそうな格好いいキッチン。
寝室へ続くドア。
浴槽とトイレに続く廊下に出られるドア。
部屋の間取りは事前に調べておいた通り、一軒家を調べるのと変わらない手間が掛かりそうだ。
だが俺が突入して直ぐさまジャンヌを浴槽やクローゼットなどに押し込めるとは思えない。協力的なら兎も角ジャンヌは抵抗するだろう。
だとすると寝室が一番隠れている可能性は高い。
俺はさっと寝室に続くドアに近付くとそっと耳を当てる。
「この手を・・・」
「おやおや見捨てますか?」
「!?」
「彼を自由に出来るかどうかは貴方に懸かっているんですよ。
なに日本の諺でね。天井の染みでも数えて貰っていれば終わりますよ」
「大久保さん、ちょっとまずいですよ。もしばれたら」
「馬鹿。こんなチャンス二度と来ないぞ。あばずれの小娘じゃ無い、正真正銘の聖女様を抱けるんだぞ」
馬鹿が。
みんな馬鹿だ。
深読みしすぎた俺も馬鹿。
罠かと思えば盛っているだけの護衛も馬鹿。
一番の馬鹿はこんな手で自分を差し出そうとするジャンヌだっ。
怒りを込め俺はドアを蹴破って内部に突入するのであった。
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