第249話 何をしているのやら

 拳銃を向けたままの俺と鯉口を切る瞑夜。

 閃光が煌めきカチンと音が響く。

「サンキュー」

 拳銃を繋ぐコードは断ち切れた。

「それで何をしているのですか?」

 瞑夜はまだ俺が拳銃を向けたままだというのに眉一つひそめないままに納刀する、胆力があるのか俺が敵と見なされていないのか。

「見ての通りの追い剥ぎさ。

 そういうお前こそこんな所で何をしている?」

 俺は銃を懐にしまいながら言う、何かしっくりこないホルスターが欲しいところだ。

「私は得意気に出ていったきり昨夜から帰ってこない石皮音を探しに来ただけです。

 答えなさい彼は何処です?」

 俺なら知っていると思って付けていた訳か、瞑夜がここにいる理由は大体察しが付いたが今一腑に落ちない点もある。

「意外だな」

「どういう意味です」

「いやてっきり悪の組織だし。失敗した者を助けに来るとか、いがい~って感じ。

 実は仲がいいとか?」

 悪の組織が失敗した味方の救出に来て正義の警察組織が味方を陥れる。これではやっていられない気持ちになる。

「お嬢は知りませんが私はあの男が大ッ嫌いです。

 ですが廻様の命令では仕方ありません。それに前回貴方の口車に乗ったことでお嬢の組織での立場は微妙に成っていますですし。

 あの男の失態はいい機会でもあります」

 瞑夜は俺が身震いするほどにフッと笑う。

 美人だけに凄みが違う。

 曲がりなりにも人類救済を願うくせるに従う者が人を陥れるのが大好きな奴を嫌うのは可笑しいことじゃない。本気で嫌いで間違いないだろう。

「くせるが組織での立場なんか気にするタイプかよ」

 嫌なら断ればいいだろうに、くせるが組織の力関係を気にして部下に嫌なことを強要するとは思えない。

「お嬢の救世の為にはシン世廻の力が必要なのは事実。主がそんな下らないことに気を砕かなくて済むようにするのが家臣の役目」

 主人のためと信じて暴走するタイプだな。

 この件にくせるは関わっていない? 此奴の単独? その見極めは今度を左右する。

「忠犬だな」

「野良犬の嫉妬と受け取りましょう」

 瞑夜はしれっと言い放ってくるが別に嫌みでも何でも無く本気の賞賛だったんだがな。俺にはとうてい他人にそこまで尽くせない。

「それで石皮音は何処です、昨夜この近辺の警察署が騒がしかったことは掴んでいます。その警察署から貴方が出てきた知らないとはいわせません」

 監視していたのだろうが、らしくない。

「だったら正面から乗り込めば良かっただろうに」

 此奴一人で警察署一つを相手にするくらい訳ないだろう。自衛隊が警護する研究所を襲った連中とは思えない慎重さだ。そうしてくれれば俺もこんな苦労をすること無く警察署から逃げ出せていたという個人的理由はおいておいて、躊躇う理由が思い付かない。

「無闇な殺生はくせる様の救世を阻むことになります」

「そうかい」

 そういやそうだったな。くせるがもたらす死こそ救済、配下が無闇に殺していては主人の大願を邪魔することになる。

「どうやって忍び込もうかと思っていたところで警察署から出てくるあなたを見かけたので後を付けてきたのですが、ほんと貴方は何をしているのですか?」

 俺が警察に追われる身になったことをまだ知らないようだな。だが時間の問題で知ることになる。

 取引をするなら今か、知られてからでは条件が悪くなる。

「手を組まないか?」

「何を言っているのですか?」

 初めて少し片方の眉が動いた。

「丁度仲間が欲しいところだったんだ」

 俺一人で乃払膜と戦いつつ警察内の裏切り者も相手にするのは不可能。自殺に等しくだったら逃亡した方が生き残れる。誰かを雇う必要があり誰を雇うにしろ犯罪に荷担するような仕事を易々とは引き受けてくれないだろう。その点この女はお誂え向きだ。なんといっても魔に墜ちたユガミで犯罪者だ。

「なぜ私が貴方と手を組まないといけないのですか。

 お嬢を惑わした貴方を私が嫌っているとは思わないのですか?」

「主のためなら私心を捨てるのが忠犬だろ」

 主のためなら私心を捨てられるどころか、寧ろそういう自分に酔えるタイプだろ。

「それを抜きにしても分かっているのですか、貴方は石皮音の情報を持っていると白状したに等しいのですよ。

 拷問が望みですか?」

 この女が拷問を躊躇うようには見えない。必要なら淡々と実行する。

「俺を悠長に拷問している暇はないぞ。

 そんなことをしている間に石皮音は殺されるぞ。尤もそれが望みならしょうがないが」

「どういう意味です、石皮音を捕らえたのは貴方ではないですか?」

「違う。ついでに言えばどこにいるかも知らない」

 状況的にそう思っても仕方ないが、これもまた冤罪。良く冤罪を着せられる日だ。

「なら貴方に用は無いことになりますが」

 瞑夜の手が自然と刀の鯉口に掛かる。その気になれば瞬き一つの間で俺の首は飛ぶ。あまり焦らすと本当にそうなる。

「だが情報を持っているし、もう一つカードを切れば俺も探している。

 協力出来ると思わないか?」

 まあ待てと俺は片手で宥めつつ言う。

「情報だけ言いなさい、その上で判断します」

「断言しよう、俺を殺したらお前達では絶対に間に合わない。

 俺にとってもこの情報は最後の武器だ、そう簡単に手放すと思うな」

「罠でない証拠は? あなたは石皮音と同じ臭いがする」

「俺は契約を破らない。それは俺にとって数少ない武器だからな」

 交わした約束は破らない、その信用こそこの世界で俺みたいな凡人が渡っていく為の一番の武器。

「・・・」

 瞑夜が黙考する。多少は心が動いてくれている証拠。

 後一押しするか。

「あまり時間は無いぞ。

 俺自身も警察に追われている身でな。こんな所でくだくだしているわけにはいかないんだ」

 どうせ隠しきれないことならばこういう風にカードを切っておく。

「ほんとに貴方は何をしているんですか?」

 それは俺も思う。

「即答しろ。

 俺と組んで石皮音を救うか、立ち去るか。

 さあ答えは?」

 ここまでやってノーなら俺はこの場から全力で逃走するのみ。悪いが俺もこのままじゃ終われないんだよ。

 セウを救い出し、俺を嵌めた警察内の裏切り者を粛正してやる。

 瞑夜の目と俺の目が睨み合う。

「いいでしょう、貴方の目に覚悟を見ました。

 石皮音を救うまでは仲間です」

 瞑夜は右手を差し出し俺もその手を躊躇うことなく握り返したのであった。


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