第241話 壊れた心じゃ理解できない
頬が熱い。痛みより怒りが湧いてくる。
「なにを・・・」
「心配掛けさせて」
またしても言葉は遮られ余計なお世話と怒鳴り返したくなるが、此方を睨み付けてくるジャンヌの目にうっすらと涙浮かんでいるのに気付いてしまえば怒鳴り返せなくなる。
少し卑怯じゃ無いかと思いつつも、なぜか俺の方が醒めてしまう。こうなれば理知的な俺が折れるしか無いじゃ無いか。
「そもそもこれは作戦上の役割分担であってだな、お前だって・・・」
「私をなんだと思っているのよっ」
「!!!」
ジャンヌは感情を爆発させて怒鳴って俺の胸倉を掴んでくる。
いやだって、お互いを利用してお互いの目的を果たすのが仕事仲間というものだろう。
そこに情は無い、契約があるのみ。
契約履行が誠意であり契約違反が悪意。
俺が裏切ったと非難されるとしたら囮役を放棄して逃げ出したときであり、俺は放棄すること無く任務を遂行していた。
「俺はアランの仇を取りたいと言ったお前の願いを叶えようと考慮して作戦を立案し遂行していたわけで、裏切ったわけでも騙してい・・・」
「ああ、もうっ。
あんたが犠牲になった上でアランの仇を取れて私が喜ぶと、本気で思っているの?」
更に胸倉を締め上げられ殺気すら籠もった目で睨まれてくる。
何がそんなに逆鱗に触れたと言うんだ?
こんな壊れた俺にとって仕事を果たすことだけが人に見せられる誠意。
俺は俺なりにジャンヌに誠意を見せていたのに非難されるというのか、納得がいくわけがない。
「だが互いに役割を果たしてこそプロ」
この場合なら俺は餌で獲物を引き寄せるのが役目でジャンヌは引き寄せられた獲物を追跡するのが役目。
俺は実力は兎も角役割は果たそうとしていた。
役目を放棄したのはジャンヌの方じゃ無いか、作戦通りなら今頃ジャンヌは殻の塒なりなんなりを掴んでいたはず。
ジャンヌの目的を果たしてやりたかった俺の誠意を無碍にしたのはジャンヌの方だ。
再度湧いてきた怒りを吐き出そうとするが、やはりジャンヌの方が先に口を開く。
「なんなの貴方の自分は誰にも好かれてないとか勝手に思い込んで。
そんなに契約しか信用できないのっ」
壊れた俺にとって、感情なんて信用できるわけが無い。
ああ、そうだと答えるより早くジャンヌの目から流れる大粒の涙が目に映ってしまう。
「そんなに私が信用できないのっ」
そんな泣いた顔で責められるのは初めてでどうしていいか分からない。
「・・・」
「何か言いなさいよっ」
俺の台詞を悉く遮ってきてこれか。
「泣き顔は辞めてくれないか」
俺はジャンヌの涙を拭ってしまう。そんな顔を向けられていると壊れた心が軋む。
「だったら、貴方はもっと周りを信用してもっと周りに気を遣いなさいよっ」
「うぐっ」
火に油を注いでしまったようで胸倉が解放されたと思った瞬間ボディーブローを叩き込まれた。
息が止まって酸っぱい何かが喉元まで込み上げてきた。
「これに懲りたら、自分を犠牲にするようなマネは辞めなさい。
危なくなったら助けを求めなさいよ、少なくても私は駆けつけるわ」
それは何だ? 互いに制限無しの相互協力関係を結ぶということか、と合理的に言葉にしたらきっとまた怒られるんだろうなということは何となく分かる。
「今一のようだから聞くけど、逆の立場だったらセリ、あんたは私を見捨てたの?」
「・・・」
俺とジャンヌじゃ立場違う。しがない半公務員と聖女様。見捨てたら、後々責任を追及されることになるし。外交問題など抱えたくない。目先の利益を捨てて長期的観点に立てば・・・。
「即答できなかった時点で、あんたの負けね」
皺寄る眉間にデコピンをしてきたジャンヌの目にもう涙は無く、出来の悪い弟を見るような笑顔だけがあった。
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