第240話 容赦なく強い

 腕一本。

 命を失うよりかは安いと決断して、左手でガードする。問題は折角の覚悟でも腕一本で鬼の拳を防ぎきれるか分からないという。左腕を砕いたままに鬼の拳が俺の胸部を貫く可能性もある。

 まあ、壊れた心で恋も出来た。帳尻合わせを行えばそう悪い人生でも無かったかもな。


 少し悟った気分になった俺を睨み付ける鬼の片目にナイフが突き刺さった。

「うぎゃああああああああああああ」

 鬼が叫び拳は脇に逸れ俺は拳圧で吹き飛ばされるように脇に飛び退く。

 助かったが今度は誰が来た?

 確かめようと振り返るより早く黄金の軌跡が疾駆する。

「ジャンヌ!?」

 ジャンヌは鬼に体勢を立て直す隙を与えない、間合いを詰めつつ容赦なく残った片方の目にもナイフを投げ付け視界を潰す。

「はっ」

 跳躍したジャンヌが蹴り上げたブーツの爪先が槍のように鬼の喉元を突く。

「うご」

 何処まで的確なのだ人間の筋力に過ぎないジャンヌの蹴りで鬼にダメージが通る。防御の薄い急所の一点を貫いたのだ。

 放った蹴りを折りたたむ動作の反動で両手を翼のように羽ばたかせ、ナイフの追撃。放たれたナイフが鬼の両耳を串刺しにする。

 これで視覚聴覚を潰してジャンヌはバク転をして間合いを取ると同時に歌い出す。

 廃墟のように人がいない夜のオフィス街。

 静かな空に天使の声が吸い込まれていく。

「うぎゃああああああああああああああああああああ」

 鬼の筋肉に覆われ鋼鉄の鎧のようだった体が解けていく。ジャンヌの聖歌は魔の存在を許さない。魔に変質した肉体が浄化されていくのだろう。

 それにしても容赦なく強い。

 つけ込む隙など微塵も無い方程式のような流れに美しさすら感じる。

 一対一で戦えば鬼など物ともしない。魔に絶対の効果がある聖歌もそうだが肉体能力も常人離れしている。

 やがて鬼だった物は訳が分からない肉の塊となっていた。魔人なら魔を失うだけで済むが魔に物理的に変質してしまったユガミは魔の部分が浄化され元々あった肉体部分が残った結果なのだが、無残。

 あの美しい天使の歌声が残した結果がこれとは皮肉が効きすぎる。

 それにしても、なぜジャンヌがここにいる。いや分かっている、俺が不甲斐ないのがいけないんだが仕事を共に果たすプロの仲間として感謝とは別にけじめは付けなければいけない。

「助けて貰ったのは感・・・」

「馬鹿ッ」

 バチッーーーーーーーーーーーーンと肉を叩き太鼓のようにいい音が響くと同時に頬に痛みが走る。

 俺は台詞を言い切ることも出来ず少し涙目で怒ったジャンヌに頬を引っぱたかれたのであった。

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