第239話 策で勝って勝負に負ける

「残念だよ。

 だがどうする、勇ましく吼えてもお前は我の前に立つことすら出来ないではないか」

 此方を嘲笑うかのような声が響いてくるが、そういう余裕をカマしている奴の足下を掬ってこそ気分がいい。

 最近演技で無く根本から嫌な奴になってきたな俺。

「そうだな、っと」

 惚けた返事をしつつ俺は南無三と引き金を三度引いた。

「なっ」

 ひゅう~、思わず口笛を吹いてしまった。珍しく俺の銃弾は目標を撃ち抜いた。

 天見がゆっくりと倒れていく。

 直接見れないが、人間には道具がある。鏡と銃を俺を挟んで対角線上に並べ鏡に映る銃の照準で狙いを定めて撃つ、精度の甘さは弾数で補ってはみたが当たるとは驚いた。ハラスメント攻撃程度の気分だったが、宝くじに当たった気分だぜ。

「はっは、勝てなくても嫌がらせなら出来るんだぜ。

 いつだって天才の足を引っ張るのは凡人よ」

 今の乃払膜の顔を見れなくて実に残念。高笑いで乃払膜を挑発しつつ夢よもう一度で急ぎ狙いを音先に定め直していく。

 だが世の中甘くは無い。

「ゴミがっ、そこの鬼っ、我に仇為す其奴を挽肉にしろ」

 おうおう、先程までのどこか理知的な態度は何処にやら、ゲームに負けてモニターを破壊する子供のような激昂だ。

「はい」

 子供のような素直な返事が聞こえると同時にブンッと咄嗟にしゃがんだ頭上を豪腕が過ぎ去っていく。今まで虚ろな顔をして俺の前に突っ立っていた鬼が振り返ると同時の裏拳を放ってきたのだ。

 もう少し遅ければ髪の毛を持って行かれ、少し遅ければ首が吹っ飛んでいた。

 最悪の予想は当たり相手の意識を奪うだけで無く洗脳して操ってくる。下手な頭数は敵が増えるだけの結果になる。

 倒すなら魔が届かない所からの遠距離攻撃か魔を使われる前に倒す奇襲のどちらか。そういった意味では出直してただ数を揃えようとしなくて正解だったな。

 後はここをどう切り抜けるか。

 天見と音先の二人同時に敵に回す最悪の目は免れたんだ、風は俺に吹いている。

 とはいえ鬼の陰から出ればアウトと鬼の攻撃を真後ろに下がりならが回避するしか無い状況はまず過ぎる。

 勝利への道は乃払膜を倒すのみ。

 手榴弾でもあれば鬼の頭越しに攻撃できるが、そこまで物騒な物用意していない。

 小型爆弾じゃ牽制程度。

 跳弾を利用した曲芸撃ち、なんて出来るわけが無い。

 どうする?

「ちいっ避けたか、ゴキブリのように苛つかせやがって。

 役に立たないくせにどうして苛つかせることは一人前なんだ。

 くそっくそっ、どいつもこいつも嫉妬しやがって。

 くそっ

 くそっ

 くそっ」

 エキサイティングして口汚い台詞と地団駄を踏む音が響いてくる。

 その様子に此奴に決して世界を救うなんて思想は無いことが察せられる。此奴はただただ自分の技術を追い求めたいだけの我が儘な子供だ。

「はあはあはあ、だが侮れば、そのしぶとさに躓かされる」

 怒りを一気に爆発させて平静さを取り戻した口調になってくる。

「お前はそこでそのゴキブリを現代壁画にしてやれ、我はそれを朝のニュースで見て溜飲を下げることにした。

 残りは私と共に来い」

 鬼に俺の相手をさせつつ、乃払膜はセウ達を連れて退却するようだ。下手に戦えば俺の悪足掻きで更にレアを失う可能性がある。鬱憤晴らしより手に入れた素材の確保を優先させたか。

 手堅く手強い。

 感情を切り離せる相手。俺にとっては高見で高笑いしてくれている輩でないと足下に付け込めないじゃ無いか。

 去って行ってくれたおかげで鬼の背に隠れる必要は無くなったようだが、代わりに鬼を倒すしか手は無くなった。

「お前の上司が連れ去れたぞ。さっさと目を覚ませ」

 正気に戻れと銃弾を打ち込むも鬼の分厚い筋肉に受け止められ、返礼に擦れば吹き飛ぶ拳が飛んでくる。

 ちくしょうが、割に合わない。

 体力がある内に何とかしないとジリ貧で俺はミンチになる。

 命の危機に晒されて活性化する俺の脳は今更ながら殻の意図を悟る。

 殻の奴、どこからか乃払膜がセウを狙っていると知って、俺やシン世廻、天至教を当て馬にしやがったな。

 来るのが遅いと思いはしていたが、殻の奴どこかで観戦していたに違いない。殻の目的がセウなのか乃払膜が生み出す愛のフィルターだったのかは断定出来ないが、このままだと殻の一挙両得の流れ。

 だが、微笑んでしまう。

 策謀ではやはり俺が一枚上手だったようだな。

 俺には伏せていたカードがある。この場にいないジャンヌだ。

 ジャンヌには何があろうとも戦いに参加せず、やがて現れるであろう殻の尾行に専念しろと命じてある。

 捕らぬ狸の皮算用で微笑む殻の背をハンターが狙っている。きっと最高のタイミングで殻から獲物をかっ攫ってくれるだろう。

 そう思うと死線のさなか笑いが込み上げてしょうが無いが、唯一の誤算は自分の戦力を少々高く見積ったこと。

 幾ら誘い込む為とはいえやはり一人は護衛を付けるべきだったか。

 凡人の俺では鬼一人でも手に余る。

 何度目の攻撃だったのか、躱した体勢のままに足がもつれた。溜まった乳酸が俺の足から踏ん張りを奪い去っていたようだ。

 尻餅を付いてしまった俺の眼前に鬼の拳が迫ってくる。



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