第234話 希望失望

「はあ、はあ。一体何が? この俺が戦いの中愛を語るだと?」

 声に出して聞いても納得出来ないことだった。だが欲望のままに動く鬼すら俺が背後にいるというのに動こうともしないで案山子のように突っ立っている。

 何が起こったというんだ?

 俺はポケットから鏡を出して乃払膜を直接見ないように周りを見渡せば、天見や音先だけで無くあの悪魔のような石皮音まで乃払膜を見た者全てが赤子のような腑抜けた顔をして乃払膜を見詰めている。

 一瞬で全滅!?

 だが、パンドラの箱の如く希望もまだあった。

 俺達に乃払膜の注意が向いている内に背後に回り込んでいたセウ。その彼女が足下をふらつかせながらも、その目が嚇灼に染まった。

 その目に俺はぞくっとした。なんだあの目はあんな目を人が出来るというのか? 俺ではあそこまでは到らなかった。憧憬にも似た思いを抱く恐怖。

 魔を発動させたのか何だか知らないが決めてしまえと俺の念を感じ取りでもしたのか乃払膜が前触れ無く振り返った。

「そこにいたか」

「貴方の悪意をあたしに見せなさい」

 嚇灼の瞳と美、怒りと愛が真っ向から衝突する。

 セウの波柴の馬鹿息子達を悪夢に彷徨わせた魔の力が見れるのか。どちらも精神系の攻撃、意志の強さが如実に表れるはず。彼女のあの強い怒りに染まった瞳が屈する姿は想像出来ない。

「なぜ、悪意が掴めない。悪意を感じるというのに・・・」

 セウの顔に困惑が走り俺の期待は膨らむ暇も無く萎んだ。

「おかあさん」

 セウの目から怒りが消えていき残った悲しみもやがて思慕に染まる。

 セウをセウたらしめていたものが抜け落ち、普通の少女に戻り、赤子になる。その赤子が母を見るような顔、セウのそんな顔に俺は落胆を感じた。

 そうか俺は人に絶望した者同士のシンパシーを感じていたのか。俺は心が壊れてしまった程度だが、セウはそこから魔に目覚めスペシャルに生まれ変わった。

 故に感じた憧れ、故に心の隅に刺さった嫉妬。そんな入り交じった思いは、あの顔を見て全てが蒸発してしまった。

 故に俺本来に戻れた。

 今の俺なら必要ならばセウを平気で捨てられる。

 化け物揃いのオールスター軍団はたった一人に瓦解し、残された俺は独り次の手を模索するのであった。


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