第235話 コーティング
孤軍奮闘はいつものことだが、今回ばかりは逃げ遅れたと実感する。最善手は乃払膜が俺を無視することを祈るのみ。
「これであらかた片付いたとはいえ、一人逃れるとは極みにはまだまだ遠い。
やはり、まだ赤が足りないか。だがそれも今回手に入った・・・」
乃払膜が俺の方を向きつつも何やら技術者のようにぶつぶつと検討を始め出した。
今のうちなら逃げられないか?
俺は鬼の影に沿ってゆっくりと這うように逃走しようとする。
「レアでは無かったが評価サンプルとしては得がたき者。連れて帰るか決めるまで勝手に帰って貰っては困るぞ」
ちっ無視はしてくれないようだ。評価サンプルとして持ち帰るだと、どうやらまごまごしていると碌な未来が待ってないようだ。
とはいえ相手の魔の正体も今一分からず対抗策は隠れるのみ。潮目を掴むためにも目が駄目なら耳で情報を稼ぐしかない。
はてさて野郎とのおしゃべり乗ってくれるか?
いや中性的が意見なので男と決まったわけじゃ無いが、何となく口調がおっさん臭いので。
「お前、魔術師と名乗っていたな。これはお前の魔術という奴なのか?」
正直魔法だろうが魔術だろうが超能力だろうが、俺には区別無く等しくチートにしか思えない。
運動能力、顔、健康度、頭脳と人の世界は全く平等じゃ無い、それが生物が生き残る為の多様性確保の為とはいえ、底辺に据えられた方はたまったもんじゃ無い。なのにこれにチートまで加わるとあれば、人生投げ出したくなるぜ。
「ふむ、我が魔術に抗った褒美だ。少し語ってやろう」
「其奴はどうも」
意外と口が軽い。強者故の奢りか、技術者故に誇りたいのか。
どちらもありそうだが、僅かに後者に比重あり。どんなに凄い技術を開発しても自慢する相手がいなければ普通の人は達成感を感じられない。そういった意味では孤高に上を目指すほどには達観してない。
付け込むとしたらその自尊心をどう擽るかか。
「サンプルよ、ガラスに光を選別する機能を持たせるコーティングという技術を知っているか?」
人をサンプル呼ばわりかよ。
「これでも理工学系の端くれだ。その程度知っている。
ガラスの上に性質の光の透し方が異なる僅かナノメートルオーダーの薄い膜を一層から何百層と重ねることにより、望みの光を反射させたり透過させたりする技術。身近では眼鏡の映り込み防止なんかに使われているな」
「うむ、よく勉強している。最近の学生の割には関心だな。
なら光が波であることも知っているな」
「当然だ。光の性質は波の間隔で表現され、赤が約800nm青が約400nmと数値で表現できる」
人によっては青にも紫にも見えるかも知れない色調も数値で表せば間違いはない。数字は嘘を付かなくていい。
「そこまでは本で勉強すれば誰でも知ることの出来る知識とはいえ偉いぞ。我と最低限の話をする資格はあるようだな。
なら特別に我が悟った真理を語って聞かせよう」
「真理。それは非情に興味深いな」
「ほう、真理を聞いて今までにない真摯な口調を感じたぞ。
なら傾聴せよ。
人の感情も波なのだよ」
「ほう」
「音や光と同じ波、少しずつ波長がずれて連なる波の集合体。
憎しみから波長が変わっていき、やがて愛の波長に変わる」
パンと両手を合わせて掌を左右に広げていく。
怒りの波長とか彼奴とは波長が合うとか言う慣用句もある。人の感情を波長で表現するのはそう珍しいことじゃない。
だが此奴は魔人、そこで終わらない。そこから深くのめり込んでいく。
「ならば先程の光と同じだ。コーティング技術を使えば好きな感情を透過させたり反射させたり出来ると思わないか?」
「ふはっは、面白いな」
俺もまだまだ所詮心が壊れた程度の男、俺ではそんな発想は浮かんでこない。
「人の持つ様々な感情を抽出し肉に薄く薄く積み重ねていく。最初は色々と試行錯誤の連続だったが、ついに私は思うがままに感情を透過させたり反射させたりできるフィルターの開発に成功した。
先程まで私がしていたフードは人の感情を乱反射させるコーティングがされている。その効果で我の存在を認識しずらかったはず」
そうかそれで俺は射撃を外したのか、向けた敵意が明後日の方向に向いていたのなら納得できる。
「そして今我が挑むテーマは真の愛だ」
「真の愛? 何言ってんだ!?!?」
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