第232話 違和感

 カツンコツンと足音を響かせ滲む闇から現れる。

 全身を黒いフード付きガウンで覆った悪意がゆったりと歩いてくる。

 悪意は待ち構えていた俺達を見ると意外そうに言う。

「おや、欲しかった嚇怒の赤を求めてきてみれば、他にも数点掘り出し物があるな。

 今日はついている」

 響いてくる天音同様中性的な声、フードで顔が隠れていることもあって男か女か判断出来ない。

 しかしセウに刷り込まれた先入観から会えば鳥肌立つ悪意を感じるかと思えば、何も感じないどころかガラスに相対したように己の感情すら返ってこない。

 瞬きをすればいなくなってしまいそうな陽炎。だがそんな奴が誰よりもこの場の注目を集めている。

 そのちぐはぐさが気持ち悪い。

「誰だか知らないけど今忙しいんだ、日を改めてくれないかな」

 自分だとて乱入者だろうに石皮音はいけしゃあしゃあと曰う。

「愉悦たる灰色」

 フードは石皮音を指差して言い。

「傲慢たる黄金」

 今度は天見を指差して言う。

 完全に石皮音の問いかけなど無視というより耳に入っていない感じだ。

「これはいい、いいぞ。滅多に手に入らないレアキャラ、いやSレアキャラか。

 くっくっく」

 フードから漏れる声にはまさにコレクターの歓喜が含まれていた。

 あまりの朧気に幽霊じゃ無いのかと思い始めていたところ、初めて感じる感情に人間だったんだと少し安堵した。

「なんだ此奴?」

 一人しゃべり続ける様子に鬼から呆れの言葉が零れる。

「理性ある群青、共感の緑。ふむふむふむ、一歩劣るがどれも滅多にお目にかかれない逸品、レアキャラ。

 なんだなんだ、今日はフェスか何かか」

 鬼や音先を指差して言う。

 周りのことなど全く気にしていない態度。自分の好きな分野になると没頭するタイプか。

 気にしてないのか。

 次にフードは俺を指差そうとするのと合わせて俺は銃を抜く。

 ピタリとフードの指先と俺の銃口が互いに向き合い、互いに息が合ったこの感動に俺は引き金を引く。

 俺は滅多に人を信じないが信じたら一途、セウが恐れる相手に隙があるのなら躊躇無く付け込ませて貰う。悪いが俺はこのフードの正体などに未練は無い。好奇心に負けて勝機を見逃せるほど剛胆じゃ無い。

 最高のタイミングだった。目と目、指先と銃口が合って生まれた虚。

 避けられるものじゃ無く、狙いも外れていない、はずだった。

「ふむ、我が意識を向ける一瞬に合わせて来るとは、なかなかのもの」

 フードは躱す動作一つすること無く、弾丸だけが外れていった。

 弾道が曲がったとかじゃ無い、狙いが外れただけなのだが。俺が下手だっただけと素直に認められない腑に落ちない何かが喉に引っ掛かる?

 もしかしてこれが此奴の魔なのか。

「ふむ、感情のあり方が少し違うがレアじゃ無い。凡種が捻れて潰れてあらゆる感情が歪に混じり合って焼結した結果、すなわち塵か」

「人を好き勝手に評価してくれるじゃ無いか」

 足下を見られないためにも怒りの口調を滲ませて俺は言っておく。

 どうしたものか? このまま此奴の魔の正体が不明のまま攻撃を仕掛けても、さっきの二の舞になる気しかしない。

 流石セウが畏怖する存在だ。

 とっとと逃げ出したいところだが、今後を考えれば此奴の魔の情報がもう少し欲しい。 此奴の魔を見切るためにも天見と石皮音を上手く煽って嗾けたいが、どうにも流れ的に俺が逆に矢面に立たされている。

 この流れを読めない石皮音じゃ無い、俺の視界にすら入らないように退いている。

 仕方ない、いつもの如く情報は自らの足で稼ぐしかないか。

「この私を勝手に評価したこと不愉快だな」

「おや気に触りましたかな」

 俺が動こうとするより早く天見が前に出てきた。

 天見はこの流れが読めてなかった?

 いや寧ろ読んだからこそ、己が脇に追いやられるのを嫌った?

「本来なら三度許すが、貴様にその必要は無いようだな。

 天啓が告げる、貴様邪悪だな」

 フードの何が気に入らないのか、俺が煽るまでもなくどんどん天見はフードに敵愾心を燃やしていく。対して不気味なほどにフードからは感情が読み取れない、天見が断言する邪悪さを俺は全く感じ取れない。

 これは僥倖なのか?

 石皮音も俺と同じ事を考えているだろうから、この隙に俺やセウにちょっかいを出してくることは無いはず。

 ここは一応の警戒をしつつ観戦モードに入ってフードの魔を見切るべき流れ、俺が描いた流れに期せずしてなっている。

「邪悪とは言い切ってくれる。我はただ己の技術を研鑽しているだけ、褒められこそすれ貶される謂われはないがな」

「黙れっ。戯れ言は耳が腐る。

 滅せられる前に慈悲で名を聞いてやろう。名乗れ」

 この駆け引きもクソも無い対応。己に絶対の自信がある奴にしか出来ない態度。

 羨ましい。

 所詮駆け引きも小細工も弱者の知恵に過ぎない。俺も一度でいいから力押しで無双をしてみたいぜ。

「手厳しいな。

 だが我に恥じる名は無い、ならば名乗ろう。

 我が名はコーティングマスター、魔術師 乃払膜 重積」

 乃払膜は声高らかに誇るように名を名乗り、天見と石皮音が一気に緊張するのが感じられ空気が一変する。

 えっ誰?

 俺は一人盛り上がりから取り残されるであった。

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