第231話 耳を澄ませてご覧

 仕方ないと俺はセウと俺を繋ぐ手錠を外した。よほどのことが無ければ命と手柄を天秤に掛けるほど俺も馬鹿じゃ無い。損切りは大事だ。

「あら、どういう風の吹き回し」

 セウが俺の心情を見透かしたようにわざとらしく聞いてくる。

「別に」

 思わずふて腐れてたら、自然に声が出た。天使の御言葉と言っても永遠に効果が続くわけでは無いようだ。下手すればジャンヌに借りを作るところだった。

 しかし姫武者のような顔して案外意地が悪い。

 ああ、そうだよ。俺はヘタレたよ。俺にとっては化け物の天見や音先を前にして平然としていたお前がああまで畏怖する顔を見たら当然、合理的判断だろ。

 思わず舌が滑ったが、しゃべれるなら軌道修正。

「お前なら逃げないと信じた俺の誠意さ。ここを乗り切ったら事情聴取には応じて貰う」

「貴方を見捨てて逃げないとでも?」

「悪意を憎むヒロインは俺の誠意に悪意で返したりしない。

 違うか?」

 悪意には容赦なく悪意で返すだろうが、誠意に対しいて悪意を返すことは出来ない。それは自分の生き方を否定すること。

 魔に目覚めた者は皆譲れない思いがある。それが力であり足枷でもある。

「どうかしら。誠意ってそういう打算は無いんじゃ無いの」

 ごもっとも、俺も本気で期待しているわけじゃ無い。効果があればラッキーぐらいの積もりの楔だ。顔は分かったんだ、ここで逃げられても探しようはある。

「何を言う。何の根拠も無く信じたら、それは盲信だ」

「それもそうね。ならあたしも貴方を信じてあげるわ」

 セウは俺の目を真っ直ぐ見てさらっと言った。

「えっ」

「なんで貴方が驚くのよ。あたしの事情を聞いてくれるんでしょ?」

 セウは俺にウィンクと共に言う。

 セウを独占しようとした俺の邪心を嗅ぎ取ったというならそれでいいさ、結果目的が達成出来るならかまいはしない。

「そんなに俺と熱い一夜を過ごしたいのか」

「いいわよ。寝かせないから」

「そりゃ楽しみだ」

 その為にもここを切り抜けないとな。


 俺とセウがじゃれ合っている間にも事態は進んでいく。

「がーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 咆哮を上げ黒服の二人が鬼に変化する。

 これでシン世廻側は音先を含めて四人。その内二人は戦闘員の雑魚と決して侮れないどころか物理的攻撃力では申し分なし。対して天至教の方は先程既に一人倒され、残り二人。それに先程の様子を見るに従者は普通の人間のようだ。

 数の上でも質の上でもシン世廻が上と見るが、天見に焦りは無い。

「面白い。天至の御言葉でユガミを調伏してやろう」

「強がりは身のためにならないよ。僕も出来れば天至教と対立したくない、引くなら追わないよ」

 石皮音が内心は知らないが余裕たっぷりに言う。ここで天見が引いてくれればシン世廻としては体面も保て実利も得られるといいことずくめ。なにより余計な敵を作りたくは無いのだろう。

「邪鬼が小賢しいぞ」

 天見は一笑する。

 ここで引けば天至教は名実ともに失う、内心がどうだろうと幹部として引けるわけがない。せめて鬼の一人か二人は潰してからでないと引けないだろうな。

 対して石皮音もそんな天見の事情を察することは出来るが、手打ちにする為に鬼に死んでくれてとは面と向かっては命令出来ない。外道故に良心の呵責無く命令できるが、外道故に人望無く反発される。

 引けない両者が睨み合い、緊張が高まり間の空気が臨界寸前にまで濃縮されていく。

 両者共々相手の一挙手一投足に注意を払いどんな隙も見逃さない。些細な切っ掛け、ほんのちょっとの火種が飛び散れば連鎖反応を起こし両者の血で血を洗う戦いが始まる。

 俺はその間を突っ切った、気にすること無く。

「えっ!?」

「!?」

 あまりに唐突あまりにしれっと突っ切ったので両者共々虚を突かれ対応出来ない。

「死にたくなければ下がっていろと言ったはず。仏の顔も三度までですよ」

 天見が以外と優しい言葉を掛けてくれる。三度も見逃してくれるのか、傲慢だけど俺みたいな奴を虫螻と蔑んで問答無用で踏み潰すほどでは無いようだ。

 意外と下手に出れば会話が出来る、つまり交渉が出来るかも知れない。

「じゃれ合いはそこまでにしろっ」

 俺は語気鋭く言う。

「なにっ」

「!?」

「どういう意味です」

 馬鹿にされたと鬼達からは殺気が溢れるが、俺の視線の先に気付いた二人の対応は異なった。石皮音は俺の視線の先を探り、天見は素直に俺に尋ねてくる。

「二人とも気付いてないのか?

 耳を澄ませ。

 ほら悪意がすり寄ってくる靴音が聞こえくるぞ」

 俺が指差す先、そこからコツコツと足音が響いてくるのであった。


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