第230話 掌の上

 天至教がセウを狙っていたのはいいとして、なぜこのタイミングでここにいる?

 石皮音は世界救済委員会との繋がりや俺との因縁で知った可能性はあるが、天至教がどうやってこの作戦の情報を知った。

 仮定として以前よりセウに目を付けていて警察内の波柴レベルにまでシンパがいて俺がセウの調査をしていることを知りマークしこの作戦のことを知り幹部が出張ってきた。考えられなくは無いが迂遠だな。

 もっとシンプルに考えるとどうなる?

 考えすぎなければ答えは一つ。動機は分からないがすんなりと筋が通って、なかなかに面白いことになる。

「君そこでいやらしく笑うのは辞めてくれないか」

 にやけた俺を目敏く見付けて石皮音が咎めてくる。自分がにやけるのはいいが人がにやけるのは勘に障るとは度量の狭い奴だ。

 余計な火遊びか?

 ここは大人しく引っ込んでいればシン世廻と天至教が潰し合ってくれる。漁夫の利をおいしく頂く合理的な選択だと思うが、何かが引っ掛かる。

 天見は俺など眼中に無く石皮音は策に嵌めたと俺を見下している。

 それが気に入らないのか? 

 違う、プライドなんぞ最後に勝てればお釣りが来ることを俺は知って納得している。ここで馬鹿にされても最終的勝利が得られるのなら喜んで道化になるのが俺。

 ならなんだ? やはり思惑が掴めていない殻なのか、出し抜いたと思わされて殻の用意した舞台の上で台本通り演じていただけとは滑稽だが認めるしか無い。

 この状況が殻が狙ったというなら、ここで俺が引くのは殻の思惑通り掌の上で踊り続けることにならないか? 

 殻の目的を知らなくてもいいかも知れないが、知らなければ出し抜けない。今の勝利より先の勝利を目指して、コールで突っ張りリスクのレイズを宣言すべき時なのか?

 殻が俺の思考を読んでいるとすればフォールドとレイズどっちが思惑から外れる、それともどっちを選んでも読まれているのだろうか?

 分からない、そもそもそんなに殻のことを知らない。

 ならば、もののついでに意趣返しのおまけが付く方で行った方が俺は面白い。

「いやいや申し訳ない。

 先程までドヤ顔で語っていたお前もまた踊らされていたピエロだと思うと可笑しくてな」

「何が言いたい?」

 石皮音の頬が引き攣り声のトーンにドスが混じる。

「いやいや見事なもんだ。無骨な戦士を気取っておいてなかなかの策士じゃ無いか。あれも擬態だったか、すっかり騙された」

「いい加減にしろよ」

「お前だって分かっているんだろ。こんな状況に納得させられる理由。

 話は簡単さ。殻はポニーテールの女の情報をシン世廻だけじゃなく天至教にも流したってだけのこと。

 いやいや見事な手腕じゃ無いか。俺もお前も其方のおにーさん(?)も殻から見れば等しく網に掛かった雑魚。

 どう、雑魚の俺なんぞと同列に扱われた感想は?」

 石皮音の顔に、あースッキリした。

 鬱憤は晴れたが疑問は残る。問題は何でそんなことをしたかだな。セウを確保したいのなら此奴等は邪魔なだけのはずなのに敢えてめんどくさそうな此奴等を呼び寄せた。

 その真意は? 

 殻の真の目的はセウで無く此奴等を潰し合わせることだった? 筋は通るか何か殻のイメージと合わない。やはりもう少し情報がいる。

 だが、今は石皮音をからかえただけでもお釣りが来るほど溜飲が下がって気分がいい。

「偉そうにしていても、策士を気取っていても・・・」

             <<<黙れ>>>

「うぐっ」

 パクパクパクと魚のように口が開いて声が出ない。

 天見の命令が天啓となって俺に響き肉体的に何ともないが脳の声帯を司る部分が天見の命令に従い俺の命令に逆らい声を発するのを拒否する。

「下民が五月蠅いぞ。

 そもそも天至たる私を直視していいと誰に許しを得た。私にも下民に対する慈悲はあるから死ねとは言わぬが、下民らしく脇に寄って静かに頭を垂れていろ」

 天見の意識が俺に向けられ、その僅かな隙を狙って音先が動いた。

「ヒュンッスパッ」

 何か素早い刃が走り物が断ち切れる音が音先の口から発せられた。

 さすれば、天身を庇って前に立った男の首がすぱっと断ち切られ落下する。

「この魔!? もしや擬音マスターなのか。一時期鳴りを潜めていたが、まさかシン世廻などに入っていたとは」

 天見は部下の首が飛んだことより音先の魔に目が見開かれる。

 部下を省みない天見はある意味予想通り尊大だが、得体の知れない魔に対して躊躇無く体を盾に出来る部下の献身が恐ろしい。天見にそこまでの魅力があるというのか、洗脳なのか。

「初撃でネタを知られるとは、しくじったか。

 如何にも俺は擬音マスター音先」

 初擊をしくじりネタバレした開き直りか看破したことに対する敬意か。音先は名乗りを上げる。

「状態が変わったから音がするのか、音がしたから状態が変わったのか。

 俺はトンと昔からその辺の認識が人と変わっていてな。どんなに物が動いたから音が後から伝播してくると言われても、どうしても俺には音が聞こえてから物が動いたようにしか思えない。

 この感覚分かってくれるか?」

「私には理解できない感覚ですね」

 まるで求愛するかのような音先の問いかけを天見はあっさりと否定する。

「それは残念」

 演技では無く、本気でそう思っているようだった。もしかして音先は己の感覚に共感できる仲間を求めているのか?

 唯我独尊己の世界に生きて物理法則すらねじ曲げる魔人のクセに贅沢な。

「そういうお前さんの先程のは噂に聞く天至の御言葉か?」

「そうです。

 言葉は天より授かったもの。即ち言葉を真に正しく発音するとは天の意思を代弁するに等しい」

 天見は誇るように自らの能力を説明する。

「怖い怖い。噂通りだ。お前さんの発する意思ある言葉は天の意思、何者も逆らうことの許されない絶対命令」

 なんだよそれ、つまり日本語を理解する者にとって天見の言葉に逆らえないってことなのか? 魔と言うより旋律と同じ神業に近い技術なのだろうが、反則過ぎるだろ。

 音先が天見の技を看破した瞬間奇襲を掛けたのがよく分かる。命令されたら終わり、倒すなら音より早く倒すしか無い。

「それで黄道十二天至のお前さんはどのくらいの天至の御言葉を操れるんだい?」

「教えると思いますか?」

 音先が天見にさり気なく探りを入れるが天見もそこで教えてやるほど慢心している訳では無いようだ。

 だが、そのやり取りで俺の恐怖は和らいだ。天見は日本語全てを天至の御言葉に出来るわけでは無く、限定された言葉しか扱えないのか。そうかそうだよなそうで無ければとっく日本は此奴等に支配されている。それとも知らないだけで既にされている?

 しかし、どちらも初見殺し過ぎるだろ。

 こんな奴らと張り合おうなんて俺は知らぬ間に命すらレイズしていたようだ。殻の真意もクソも無い。命あってこそ、俺は素直に手錠を外して隅に避難した方がいいのでは?

 そう思ってセウはどう思っているのか探ろうと顔を見れば、予想通り先程よりも深刻な顔をしていた。

 だがその視線の先は二人では無い。

 どうした?と声が出ないので目で聞く。

「とてつもない悪意が来る」

 あの二人より上? その言葉に俺の全身から汗がどっと噴き出すのであった。

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