第229話 勝率五割

「ふう」

 最後は三階建てのビルの屋上に設置してあった緊急避難縄梯子を利用して堅い石畳みの上に降り立つ。返ってくる堅い感触が体に優しくは無いがビルの谷間を飛び越えたり縄梯子を降りたりとした不安定さに比べれば堅い感触に安心感が湧いてくる。

 深夜のオフィス街は田舎よりも人がいない。

 広々とした道路に視界を遮るものは無く都会とは思えないほど広々と感じる。

 人によっては寂しくて怖いと思う光景も俺にとっては清々しく闇の清涼さに安堵する。

「どうするの?」

 セウは俺に問い掛けてくる。

「ダイエットをしていないのならファミレスで食事でもしないか?」

 走り回って戦って体が疲れ全開で策を巡らし脳も糖分を欲している。ファミレスなら腹を満たしてデザートで糖分も補給できて都合が良いし、何よりこんな時間に普通の店は開いていない。

「あたしがそんなに太って見えると言いたいわけ?」

 セウは細い腰に手を当ててこちらを睨む。

「これは失礼。

 じゃあ、早速・・・」

 歩き出そうとした俺の左手が引っ張られる。振り返ればセウは一歩も動いていないで険しい顔をしている。

 もしかして殻から逃げ切れたことでここで俺と決着を付ける気になったのか?

 ならさっきの俺への問いかけは俺への宣戦布告だったということか。

「そうじゃなくて、本当に気付いてないのね」

 少し侮蔑が混じった口調と視線、俺は何かしたのか?

「どういう意味だ?」

「悪意に囲まれているわよ。

 レディーを覗き見するのは失礼よ」

 セウは俺には何も見えない感じない闇を睨み叱責する。

「やあやあ、これは手厳しいな」

 どこか人を食ったような物言いが姿と共に闇から滲み出てくる。

「石皮音」

 石皮音は拍手をしながら此方に近付いてくる。

 全く気付けていなかった。先程のセウは、何かをしたのかじゃない何も出来なかったことへの侮蔑、これは甘んじて受けるしか無いか。そして直ぐに敵と見なすのは俺の悪い癖なのか、もう少し人を信じるべきなのか? だがこの猜疑心故に今まで生き残れたのも事実。バランスが難しい。

「これは見事僕の期待に応えてくれ事に対する君への賞賛だよ」

 石皮音の背後からも三人ほどが続いて闇から滲み出てくる。

 お馴染み黒スーツの大男が二人に白のスーツを着こなし赤いマフラーをした男が一人。白に赤いマフラーなんて色物の格好をしておいて、それを感じさせないとは生半可な伊達男じゃ無い。よく見れば髯も良く整えられている。

「何の嫌みだ?」

 俺は待ち伏せされたマヌケ以外何者でも無い。ただ言い訳をすれば、世界救済員会の介入までは予想出来るが、此奴等の介入まで予想しろというのは、もはや予知能力がいる。

「君ならきっと厄介な世界救済委員会のエージェントを手玉に取ってくれると信じていたよ」

 此奴に一泡吹かせたければ殻に負けていた方が良かった訳か。

 殻に負ければ石皮音に勝ち、殻に勝てれば石皮音に負ける。どっちに転んでも勝率は五割と見るか、どっちに転んでも俺は負けたと見るべきか。

 ただ、このまま負けて石皮音の掌の上で踊るピエロに成り下がるのだけは御免被りたい。

「狙いはポニーテールの女か」

 既に知っている可能性もあるが、そこまで自暴自棄になるのはまだ早い。どんな情報がジョーカーになり得るか分からない。セウの名前は伏せておく。

「そうだよ。

 聖女候補に選ばれるほどの器、僕等シン世廻だって放っておく訳ないじゃ無いか。

 スカウトに来たんだ」

「だったらこんなまどろっこしい陰険なやり方は女性には嫌われるぞ。俺のように誠意を見せて男らしくストレートに行かないとな」

           「同じ穴の狢じゃ無いの?」

 ぼそっと呟かれた台詞は聞こえなかったことにしよう。

「まあそうなんだけどね。でもね世界救済委員会とは出来れば持ちつ持たれつ敵対したくは無いんだ。

 でも逃げおおせた君達をどうしようかは僕達の自由じゃ無い」

 見方によっては漁夫の利を狙ったようにも見えて余計怒りを買うんじゃ無いか?

「一応聞くけど大人しく彼女を渡して貰えないかな。廻には君には極力手を出すなと言われているんでね」

 いたぶるように舐め回す口調。

 むかつき反発したくなるが、正直言えばここは命を賭けて戦う場面じゃ無い。大人しく引けば言葉通り石皮音は俺を見逃す。セウには共感する部分もあるが、命を賭けるほど縁があるわけじゃ無い。

 合理に状況を見極める必要がある。

「随分と強気だが、その後ろのお髭のダンディーが強気の根源か?」

「まあね。おっとここで手の内をペラペラとしゃべるほど君を甘く見るのは辞めたんだ。ただ彼は強いよ。君じゃ勝てないことは断言する」

 ハッタリじゃないな。石皮音から確かな自信を感じる。

「別に俺が勝つ必要は無いだろ?」

 悔しいが俺は刺身のツマに等しく、この場の主役では無い。

 主役は後ろの少女、いざとなればその手綱を解き放てばいい。

「そうだね。だから僕は後ろの彼女に勝てる者を連れてきたよ。君とは知恵比べで勝てて満足さ」

 カチンとくる。たかが不意打ちの奇襲を仕掛けられた程度で俺に勝った気になるな。

「音先と言う。出来ればレディーは傷付けたくない、降伏して貰えないだろうか?」

 伊達男が前に出てきてシルクハットを取り一礼してセウにお願いする。

 勝ちは確定なわけか。大した自信だが、ユガミなのか魔人なのか。以前廻が言っていたようにシン世廻は新勢力でそんなに人手がある訳じゃ無いなら今回のエースは音先で残る二人は鬼と言ったところか、それとも音先はブラフで残る二人こそジョーカーという可能性も。

 ここで考えすぎてもしょうがない、要は油断しないことだ。

「モテモテで羨ましいよ」

 ヘッドハンティングされるまくる有能社員、俺なんぞ退魔官になってからこっち、どこからも声が掛からない。

「あら、なら分けてあげましょうか?」

「いいのか、彼奴は君好みの悪意に塗れた奴だぞ」

 石皮音、悪意を狩る者なら見逃せるような存在じゃ無い。なんといっても策に嵌めて人を破滅させるのが生き甲斐の奴。俺と同じ策士系で、ライバルとか宿命の敵とか思えないただひたすらにやっかいで面倒な相手。正直セウがここで始末してくれて何の問題も無い、寧ろ今日の苦労全てがそれで報われてしまう気分に成れる。

「そうね。

 でも今は彼だけに構っている暇はなさそうなの、そちらの方も出てきたらどう」

「「えっ」」

 俺は兎も角 石皮音すら驚いている。

「下界の争いなどに出来るだけ関わりたくなったですが、仕方ない」

 一人の男?いや女か?どちらとも判断付かない中性的な金髪のロングストレートの美形が闇を弾くように現れた。そして従者の如く控える者達が二人続いてくる。

 なんだ、心なしか石皮音達より気圧される。

「天至教黄道十二天至が一人、天見。

 ありがたく思うがいい。女お前を我等が天至の一人として迎えることになった」

 天見は選ばれたことが本人にとって光栄であることを信じて疑わない態度で告げる。

「天至教だと!!!」

 あの石皮音が驚いていることからそれなりに名の知れた組織なのだろうが、俺は全く知らない。まあ組織犯罪は公安の管轄で如月さんの領分、俺はあくまで個人による魔の犯罪やユガミの退治がお仕事であるので仕方ない。決して興味が無いからの勉強不足では無い。

「新参者が見逃してやるからいね」

「あんまり舐めた事言わないで貰えますかな。

 これでもシン世廻の看板を背負っているんだ、帰れと言われて帰れるわけが無い」

 天至教の方がシン世廻より古くて組織としての規模は大きいのが天見の石皮音に対する態度から覗える。

「そうか、ならこちらから片付けるか」

 俺は知らないうちに闇の組織の勢力争いの渦に呑み込まれていたようだ。

 正直、関わりたくない。


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