第225話 策士

「俺の策にただ乗りしようとした訳か」

 こいつ今までずっと周りの監視してポニーテールの女が現れるのを待っていたな。

 俺の策通りポニーテールの女が現れれば良し、仕込んでおいた秋津を使って横からかっ攫う。

 違うか。

 ジャンヌから聞いた話から推測するに此奴等の目的はポニーテールの女に試練を与えて聖女に覚醒されること。だったら捕まえてどうする。まずはバレないようにポニーテールの正体と塒を把握しておけば、後から幾らでも試練を与えられる。だったら秋津は俺がポニーテールの女を確保するのを邪魔させるために紛れ込み、逃走するポニーテールの女を追跡するのが此奴の役目だとした方が据わりがいい。

 つまり此奴が姿を現した時点でポニーテールの女はこの付近には居なかったということであり、姿を現したのはあくまで秋津がミスったからか。

 しかし分からないのは、多少先走った感があるがポニーテールの女が表れないと判断した秋津は目的を俺の始末に切り替えたこと。

 俺は此奴等の逆鱗に触れるようなことをしたか? 

「なかなか悪くない案だと思ったんでな」

 ぬけぬけと言いやがるが、作戦は筒抜け、俺は此方に監視されていたということか。

「つまりお前達も手詰まりだということか」

「全くもってその通りだ」

 粋に肩を竦めてみせる。

「ならさっさと帰って上司に怒られろ」

「それはそうなんだが、悲しい中間管理職として部下の尻ぬぐいをしないわけにはいかないんでな」

「実戦で覚えろというブラック上司ならブラック上司らしく部下を見捨てて帰ったらどうだ?」

「確かに秋津にお前の相手は荷が勝ちすぎたが、大事にするだけでは部下は育たない」

 秋津を見捨てるつもりは無い事は分かった。なら秋津を返せば帰ってくるのかは、まだ分からない。だが此奴の目的が俺の抹殺なら秋津を解放しようがしまいが関係ないどころか、敵が二人に増える愚策を犯すことになる。

 もう少し探るべきか。

「上司の鏡のようで感心したぜ。

 是非お名前を伺いたいもんだな」

「殻 笑斗。世界救済のため命を賭けている者だ」

 嘘を言っているようでも無く随分と素直に名乗ったな。互いに全力で戦い認め合った後でもあるまいし戦士の礼儀ということはないだろう。

 なら決まりだ。

 死に往く者への礼儀、俺を生かして帰す気はないということだ。

「ご丁寧にどうも。

 俺は果無 迫。一等退魔官、悲しい宮仕えさ。

 晴、死にたくなかったら壁際に寄って伏せていろ」

「えっ」

 もう晴に構っていられない俺はコートに忍ばせていたコルトガバメントを抜くと三連射をお見舞いする。

 格下が後手に回ったらやられる。無駄でも先手はせめて頂く。

「うわああああああああああああああああああああ」

 晴が慌てて地面に伏せ、その頭上を跳弾が飛んでいく。

 ちっ化け物め本当にただの人間なのか。俺の放った銃弾を一発は躱し、二発は黒いグローブをした拳で弾き返しやがった。

 あのグローブが特殊性だとしても、俺の放った銃弾を見切った技量は殻自身のもの。此奴相手には銃は必殺の武器じゃ無い、同じ土俵に上がれる程度の武器。

 尤もそれを想定して一発必中必殺の愛銃で無く弾数勝負のオートマチックを装備してきたんだが、まだ甘かったか。此奴相手ならサブマシンガンぐらい持ってくるべきだった。

 俺は何とか殻の隙を探るため殻に対して斜めに走って撃ちまくる。

 古来の戦場での極意は、一撃必殺の一刀で無く如何に数多く刀を振り回せるかにあるという。

 ならば俺もそれに習って撃って撃って撃ちまくる。殻は化け物かも知れないが人間には違いない、数をこなせばミスが出る。そのミス一回で致命傷になる。

「追い詰められたわけでも無く冷静に躊躇わずに撃ってくる。前回といい、お前がまともな人間じゃ無いことは分かった」

 追い詰められてから撃つのが、まともな人間とでも言いたげだな。だが結局撃つなら同じ穴の狢だろ。

「上から目線で俺を評価するとは何様のつもりだ」

「かつて世界に絶望した無力な人間だ」

 面白いように俺にとっては面白くないが、殻は銃弾を弾いて俺との間合いを詰めてくる。

 拳に銃弾に当ててくるだけでも驚異なのに、なおかつ銃弾を弾き易いように角度を付けてやがる。

「ふんっ」

 殻が急に巨大化でもしたのかと錯覚するほどに、まだ2メートルはあった間合いは無くなり視界が殻に埋め尽くされる。

「くっ」

 思わずガバメントを盾にして拳の一撃を受けた。その途端ガッシャと何かが外れる音がして銃のスライドが落下した。

「まじか」

「はっ」

 殻の蹴りが振り子のような軌道を描いて俺の股間に迫ってくる。俺はオカマのように股を閉じて辛うじて息子を守るが、足が止まってしまった。

「きええええええええええええええええええええ」

 獄烈の気合いと共に神速の震脚から放たれる肩からのぶちかましが、ガードなどおかまいなしに俺を吹っ飛ばす。

「がはっ」

 肺の空気が一気に押し出され呼吸困難になる。息を求めて肺を広げようとすれば肋が軋む痛みで上手くいかない。

 やはり格闘戦では相手にならない。

 地面に転がる俺の頭を踏み潰そうと殻の足が上がるが俺は未だ動けない。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 止せばいいのに晴が俺を助けようと殻に向かって行く。

「その意気や良し」

 片足で立ったままに上げた足をくるっと回して晴を蹴り飛ばす。晴は頭を揺らされそのまま地面に倒れてしまった。死んでは居ないが完全に気を失っている。時間にして僅か数秒しか稼げないが、その数秒がありがたかった。俺は地面を転がり壁際まで後退する。

「強いな、俺じゃ歯が立たない」

 絞り出す様に俺は言うが、そんな俺の努力に応えること無く殻の足は止まらない。

 ゆっくりと向かってくる。

「その強さを身に付けるために涙ぐましい努力を積んだんだろうな」

 虫の息の俺だというのに隙無く寄ってくる。

「そんなお前が聖女なんて夢物語になぜ縋る。

 なぜ己の手で成し遂げようとしない」

 殻の足が止まった。

「強さを知ったからだ。

 俺は強くなったが所詮喧嘩が強くなった程度、こんな力では誰も救えない」

「そうか少なくても目の前の少女は救えるだろ」

「目の前の一人は救えても、手の届かない10人は救えない。

 意味が無いんだよ」

「救われた一人にとっては意味はある」

 意味が無いとは言わせない。それなら時雨に救われた俺の否定になる。

「っ」

 俺の怒気に殻が僅かだがたじろいた。

「ましてや自らが不幸な少女を作り出してどうする?」

 試練を与えると言えば格好いいが、試練を乗り越えられなかった少女は確実に不幸になる。聖女候補になるような少女、才気溢れ優しい少女だっただろうに、その人生を誰とも知らぬ正義で潰される。

「人類が救われ、悲劇が二度と起きない為には仕方ない」

 言い切った殻の言葉にも態度にも目にも迷いの片鱗すら覗えなかった。

「変に覚悟決めやがって、人類に絶望したなら誰にも迷惑を掛けずにひっそりと生きる道を選べってんだよ」

 時雨と出会う前の俺のように。

「それでは自分しか救えない」

「それでいいじゃないか。誰もお前に救ってくれ何て頼んでねえよ」

「俺が悲しみを終わらせたいんだ」

「お前も十分利己的だよ」

「そうかもな、だが俺に救われた後の世界で生きるつもりは無い。罪を背負って地獄に行く」

「馬鹿が」

 悲劇のヒーローという甘美な麻薬に陶酔しきった末期のジャンキー、もはや更正の道は果てしなく険しい。

「もう時間稼ぎはいいか?」

「時間稼ぎをしていたつもりは無い。

 ただ最後にあんたと語らってみたかっただけだよ」

 本当だ。世界を救済しよう何て思う男の真偽を知りたかっただけ。

「それは済まなかった。ならもう満足か?」

「頭はいかれちまってるがあんたは確かに戦士だよ」

「・・・」

「そして俺は策士だ」

「?」

「策士が定めた戦場に迂闊に入ったことを悔やむがいい」

 身一つと誇りを頼りに戦場に挑むが戦士なら、あらゆる装備あらゆる罠あらゆる作戦を張り巡らせて挑むが策士。

 俺がポケットに忍ばせたスイッチを押すと同時に殻の足下から閃光が瞬き、爆炎と爆音が閉鎖空間に木霊した。


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