第224話 ヤンデレ

「これで実質2対2、楽に片付くな」

 大野は戦力にならないだろうとの目算から細く笑む俺の足下に影が走った。

「足下がお留守だぜ」

 俺と晴が話している隙を狙い一人が低空タックルを仕掛けてきたのだ。

 見事な奇襲、不測の事態に驚いたとはいえ戦場で隙を見せるとは俺もまだまだだ。避けることもカウンターの膝も間に合わない。出来ることは踏ん張るくらい。

 足下に衝撃が走る。

「油断大敵、これは試合じゃ無いんだぜ」

 狙い通り足に抱き付きに成功し得意気に俺を引き倒そうとする。

「がっ」

「その通りだ」

 俺の足下に抱きついてきた男が泡を吹いてドンと地面に落ちる。

「あんた、なんてことを」

 晴が驚いた顔で叫ぶ。

「ん? 此奴も言ったがこれは試合じゃ無いんだろ。だったら普通だろ」

 俺はタックルしてきた瞬間晒される男の後頭部に迷うこと無く鉄槌を叩き込んでいた。

 試合じゃ無いと得意気だった割には無防備に急所を晒していたな。

 まさか自分は反則技を使うが相手は使わないなどという都合の良いことを考えていたのか? まあ弱者をいたぶる奴の思考にありがちだが。

「そんな技使ったら・・・」

「それがどうかしたか?

 相手だってこっちを殺す気で来ているんだ遠慮はいらないだろ。

 何か可笑しいか?」

 俺の返事に顔を真っ青になって答える晴。

「ああっそうか、過剰防衛なら気にするな。俺が全て揉み消してやる」

 都合の良いことに俺は警官で退魔官で正当防衛は本当だしな。

「やっぱり俺が付いていける世界じゃ無いんだ」

 晴は何か呟いている。

「さて、これで実質2対1だ。

 もうどっちみち行き着く先は刑務所だ、怪我をしないで済む分今すぐ降伏することを一応進めておいたぞ」

 これで警官の義務も果たした。

「ばーか」

「なにっ」

 いきなり後ろから腰に抱きつかれた。

「秋津!?」

 反応する暇も無かった。秋津はバネ仕掛けのように跳ね上がって起き上がった勢いのままに抱きついてきたのだ。

 完全な奇襲、そして何よりなんだこの力は全く振り解けない。

 力は腕の太さ筋肉量に比例する。時雨のように技なら及ばないのも納得できるが、純粋な力勝負で相手にならないのは物理に反する。

「この力。お前魔人、それともユガミなのか」

「そんなオカルトと一緒にしないで。ちょっと骨格と筋肉を人工物に交換しているだけの科学と経済活動の結果なんだから」

 秋津は何でも無いように言う。

 晴は事態の変化に付いていけずフリーズしている。まあ素人じゃしょうが無い。

「そんな技術を施し維持する費用を個人やそこらの組織で賄えるものじゃ無い。かなりのレベルの組織のバックアップが居るな」

「流石分かっているね」

 声は柔らかいが締め付けは増して胃液を吐き出しそうになる。

 俺の苦悶に晴が動こうとするが、大野の指示でもう一人が邪魔をする。これで助けは期待できなくなったな。

 まあ元々期待していない。不測の助けを期待するようじゃヤキが回る。

「世界救済委員会か」

「流石っと言いたいけど、分かって当然かな」

 そうかな、正直ジャンヌにこの話を聞いたときには少々頭のいかれた連中が集まった程度のカルト組織だと侮っていた。それが秋津が言うようにこんなまっとうなことも出来る組織だったとは、俺の想像以上の規模と組織力、世界の救済もあながち妄言ばかりじゃないようだな。

 更に言えば、そんな組織の化け物エージェントが二人も出張ってくるほどの価値がポニーテールの女にあるということなのか。

「分かっていると思うけど、私が本気を出したら貴方死ぬわよ」

「それで?」

「貴方仲間に成ると誓いなさい。そうしたら助けてあげる」

「随分と優しいな」

 敵は倒せるときに倒しておく。それが弱者が生き残る鉄則。

「好き好んで殺人をしているわけじゃないのよ。しないで済むならしないわ。

 それにあなた見込みがありそうだしね。

 どう?」

「美人のお誘いとは嬉しいな。だがいいのか? 俺は平気で嘘をつく男だぜ」

「別にそのたびに心を折って上げるわ」

 これもヤンデレという奴か、もてて良かったな俺。

「答える前に質問だが、お前エージェントになったばかりだろ?」

「どういう意味」

「力はあっても甘いという意味さ」

 瞬間俺の体から稲妻が迸る。

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ」

 秋津は絶叫を上げて倒れた。

「いくら人工骨格と筋肉でも落雷対策はしてなかっただろ」

 ポニーテールの女と一勝負する気でいた俺が無手で挑む勇気は無い、あらゆる装備あらゆる罠を張り巡らせて挑むに決まっている。

 今の俺はコートを羽織ったフル装備。そうそう無力じゃ無い。

 俺はしゃがんで秋津の髪を掴んで頭を上げると、何よりもまずコートから取り出した注射器をその細く白い首筋に打ち込む。

「うっ」

 これで気絶していたフリをしていたとしても本当に動けなくなる。

 それでも心許ない俺は特殊合金製の手錠で秋津の腕を後手に拘束する。

 これでやっと少し安心できる。

 大野と晴ともう一人はそんな俺の一連の流れるような作業を唖然と眺めていた。

「感謝するぜ大野」

「なっ何おだ?」

 俺の言葉に大野が戸惑う。

「今回の作戦完全に空振りの大失態だと思ったが、思いがけない大収穫が手に入った」

 世界救済委員会のエージェントの身柄は大失態を補って余りある手柄、売り込みようによってはフランス政府だって相手に出来る。

「何が言いたい?」

「いや気分がいいから自慢したかっただけだ。これから逃亡生活が始まる大野君を思うと笑いが込み上げてくるぜ」

「貴様何を勝ち誇っている」

「ん? 警察にいるお偉いさんとやらに泣きつくか。まあ、足掻いてみるんだな」

「それは困るな」

 闇を掻き分け闇より重い俺が知るもう一人の世界救済委員会のエージェントが現れた。

 大野を踊らせてついでに警察内部にいる敵も一掃してやろうと思ったがそうは上手くいかないか。

 この男は秋津のように力を貰ってはしゃぐ子供じゃ無い。鍛えて身に付けた地に足付く力は隙が無い。

 だがこの男を倒さなければ俺に先は無い。



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