第223話 理解不能の事態
「きゃああああああああああああああああ」
押し寄せる悪意に秋津はあっさりと呑み込まれ押し潰される。
地面に引き倒され、手を押さえつけられる。
だがポニーテールの女は表れない。
これは俺の負けなのだろうか。
調子に乗って立てた作戦に自分が踊らされて破滅する。
だが、この違和感は何なのか。
ゲームが始まってから感じるこの違和感。
右腕に一人、左腕に一人、男二人掛かりで女の腕を押さえつけ腕を広げる。
地面にYの字に押さえつけられた秋津の腰の上に、大男が更に一人馬乗りに成る。そしていそいそと秋津の膨らんだ胸を隠す服のボタンを取っていく。
胸元が開かれ、胸の谷間とピンクのブラジャーが晒される。
大野は兎も角大野が連れてきた男三人は迫真の演技どころか悪意は本物で本気で女を穢そうとしている。
これ以上無い臨場感。
それでいてポニーテールの女は現れない。
違和感の正体はついぞ掴めなかったが、もはや違和感など関係なくなった。
ここまでで表れないのなら、もう表れないだろう。
正義の味方が表れるのなら穢される前で無ければ意味が無い。
調子に乗ったあげく実行した作戦は完全に失敗か。
浜部を強引に逮捕拘留し、大野達が連れてきた男三人には犯罪を実行させ、秋津には少なくないトラウマを植え付けた。
それでも魔人逮捕という結果があれば、それを錦の御旗に出来た。
だがここまでして成果が無く、犯罪を誘発しただけでは俺は相当まずい立場になるな。
仕方ない。
成果には褒美、失敗すれば責任を取らされるのは世の理に反することじゃない。
寧ろ正しいことだ。
敗者としてまず最初の責任を取るか。
俺の果たすべき最初の責任、それはこの場をこれ以上悪化させること無く治めること。
「おい」
俺はどうやって事態を収めるか考えつつ近寄り、まずは水を一差しと平淡に声を掛けた。
「おおっあんたか。
あんたいい仕事したぜ。あんたが居なかったら逃げられていたぜ。
MVPだぜ。
そう言えばあんた何者なんだ?」
馬乗りになっていた大男が嬉しそうな顔をして俺に尋ねる。
俺は何となく大野の仲間という風にして誤魔化してきたが、秋津の思わぬ活躍に俺も引き摺られるように活躍し過ぎてしまった。
此奴等はポニーテールの女が現れてくれたら嚙ませとして倒されて貰うか、俺の不意打ちで眠って貰うか。部下を使い捨てる悪役の黒幕のようなことをするつもりで、正体を明かす気はなかった。だが、それが通用するのも仕込みの女千賀地が狩の対象だった場合。
何も知らない第三者である秋津を巻き込んだ以上、もはやそれは通用しない。
さて此奴等、正体を明かせば大人しくなってくるだろうか?
「其奴は警官だ」
俺が答えるより早く大野が告げた。
正体を明かすつもりではあったが、自分で明かすのと他人に明かされるのでは印象が大分変わる。
「えっ?」
大男がマヌケな声を出す。
「お前等嵌められたんだよ。潰さなければ俺達終わりだぜ」
「どういうことだ?」
大野を睨む俺は正直大野の真意が分からない。
このタイミングで俺の正体を暴いて何の得がある?
「どうもこうもない。
俺達がこんな遊びをしていたことを知った警官のお前を消すという至極当然のことだろ」
確かに目撃者を消すのは犯罪の鉄則だが、今更過ぎないか。
「本気か?
俺は単独で動いている訳じゃ無いんだぞ、組織の一員として動いている。当然、お前のことは上司に報告している。俺が消えても、もはやお前の悪行は記録として残るんだぞ」
そう俺が単独で動く正義のヒーローを気取っていたら意味はあるが、悲しいかな俺は宮仕え。ホウレンソウはきちんと行っている。上の意向で動く歯車、今更歯車一つ破壊したところで別の歯車が機能する。これが単独のヒーローには無い組織の強さ。
「黙れよ下っ端。
俺はな~お前なんか想像も出来ないような御方に見込まれたんだよ」
「何を言っている?」
「つまりお前なんぞと司法取引をする必要は無いって事だ。
あの方はお前を黙らせて俺の有能性を示せれば、仲間に迎え入れて全て揉み消してくれると約束してくれた」
「馬鹿が踊らされやがって」
波柴や五津府と互角の権力を警察内で持っている奴がお前を仲間にして何の得があるというんだ。もう少し自己評価は客観的にやれ。
「お前がな。
お前達何をしている、さっさとその哀れなピエロを潰せ。
それともここで人生終わるか」
お前こそ滑稽に踊るピエロでこの三人を俺に売った張本人だというのに、良く恥ずかしげも無くのうのうと言える。
「くっ」
事態の急変に三人は互いに視線を合わせて出方を伺うのみ。
つけ込む隙が無いわけじゃ無いようだな。
ダメ元でも最善は尽くしておくか。
「お前達これが最後の選択だぞ。そっちの馬鹿に付くか俺に付くか。
言っておくが俺に付けば今日のことは未遂ということで不問にしてやれるぞ。十分楽しんだだろ、今日のことを思い出に後は静かに過ごせ」
「お前達今日の興奮が忘れられるか忘れられないだろ。
俺に付けば何度でも味合わせてやるぞ」
俺と大野が同時に迷う男三人を勧誘する。
今の口上、しくったか。どう聞いても俺より大野の方が魅力的だ。
だが一応の警官としてこれ以上の果実を与えるわけにはいかないし。これを未遂と言い切って不問にしてやることすら普通の警部だったら権限オーバーだ。
まあ、いいか。
浜部に対しては謝罪して、場合によっては賠償金を払えば済むだろう。それよりも秋津だな。幸い未遂ではある。事情を話して謝罪して、場合によっては個人的に何か償いをすべきなのだろうな。それで手打ちだ。秋津だって完全に白ということはないんだ。それで許して貰う。
失敗した以上やるべき事は山とできた。まずはこの四人をさっさと始末してしまおう。
「けっけ、どっちに付くかなんて考えるまでもねえぜ」
大男はいやらしく笑い、大野の方に歩いて行く。そして当然の如く残る二人も付いていかないだと!?
俺の予想を超えた事態が発生し、一人が俺の側に残った。
「俺はお前に付く」
へらへらなんかしていない真剣な顔で俺に言う。
「へっ!?」
一体何が起こったんだ、大野の裏切りより理解出来ない。
騙し討ち?
「俺分かったんだよ。俺はイキがっていただけなんだ。さっきも女を抑えながらどうやって辞めさせようかずっと考えていた、でも二人が怖くて裏切れなくて、仲間外れが嫌で、でも俺はこんな事もうしたくない。
お前に付けば今日のことは不問にしてくれるんだろ」
俺の現場の状況観察能力はまだまだだな。対象に対してはそれなりだと思っているが、興味が無い対象はそうだと決めつけて切り捨てている。よく見ていれば、この男の葛藤に気付けていた。もっと周りに気を配るようにしなければ、選択を誤る。
「ああ」
「なら俺はお前に付く。
安心しろ、俺は気は弱かったかも知れないが、鍛えてはいるんだ。お前も守るし、女もこれ以上傷付けさせない」
言い切った男の顔に悪意は無かった、覚悟を決めた青年の顔が顕れている。
何よりもの錯誤。
クズは死ぬまでクズと決めつけていた、思い込んでいた。
この土壇場で改心するなんて奇跡が起こるというのか、人間はまだまだ俺に見切れるほど底が浅いものじゃ無いというのか。
柔軟に観察をし既成概念に囚われない。肝に銘じておかねばいつか足下を掬われる。
「君の名は」
「?」
今更って顔を青年はするが、俺は一夜限りの付き合いと興味ない対象だったので名前すら覚える気が無かった。
「目蔵 晴」
「そうか、よろしくな。晴」
お前のおかげで俺の心の驕りが一つ砕けた。
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