第214話 虫除け

 下膳は何にせよ大学の外で話をしたいと希望した。下膳としては学生相手に商売をしている関係上、万が一にも俺とのやり取りを大学の連中に聞かれたくないのだろう。ならばと俺は自然と大学の近場の喫茶店に案内する。下膳としてはもう少し離れたかったらしいが、俺はそこまで付き合う暇は無いと断った。

 これ以上の妥協の意思は無いと俺は下膳の返事も聞かず喫茶店に入っていく。入ればジャンヌが一人窓際の席で珈琲を飲んでいるのが見えた。何気なくスマフォを弄っているだけで絵になる女、一人だけの客でありながら四人掛けの窓側のテーブルに案内した店員の魂胆がよく分かる。意外な形で外にジャンヌを待機させておいたのが吉と出た。これで下膳が逃亡を謀ったとしても俺とジャンヌで抑えられる。

 ジャンヌが気付いて俺に視線を合わせてきたが俺は直ぐに視線を外す。その意図を察してくれたのかジャンヌは再びスマフォをいじり出す。

 俺は店員に案内されるより早くジャンヌが座る後ろのテーブル席に着いてしまう。

「結構強引だな」

「変な席に案内されてもお互い困るだろ」

 一応ここは一番奥まったテーブル席、誰にも会話を聞かれたくない下膳の要望も叶っている。俺としても下膳は別に本命でも何でも無い、話し合いで無事終われば越したことはない。

 席に着くと慌ててウェイトレスが水を運んでくる。

「珈琲とピザトースト」

「私は珈琲だけでいい」

「パフェくらいなら奢るぞ」

 一応捜査協力して貰っている身だからな。これでご機嫌が取れれば安いもの。

「柄じぇねえ。注文は以上だ」

 可愛くない女だ。

「分かりました」

 注文を受け取った店員が遠ざかるとまずは下膳から口火を開いた。

「それで用件は何だ?」

 前置き無くズバリときたか。いいね、この無駄を省いたビジネスライク、意外とこの女とは気が合うかもな。

「大野達が何をしていたか知っているだろう・・・」

「知らないね。あくまで私は合コンをセッティングしただけ。合コンで何が起きようが私の関与する所じゃ無いね」

 俺の台詞を途中で遮って蓮っ葉な口調で主張してくる。

 なるほどねそういうスタンスを取る訳か。まあ大野も知っているとは言わなかったし、敢えて確かめないことで自分を守るか。

 敢えて知らないことで自分の盾にするなんてなかなか出来ることじゃない。常人なら知ろうとしてしまう、スルー出来ない。好奇心猫を殺すの言葉通りの知って自分の首を絞める。

 この女引き際を弁えられる。

「その割には素直に付いて来たな。必修科目を落とすと辛いぜ、身に覚えが無いのなら断った方が良かったんじゃないか?」

「はんっ時々湧いてくるんだよあんたみたいな男。私の商売が軌道に乗っているのを嗅ぎ付けては、甘い蜜を吸おうと依ってくる虫がさ。

 害虫は増える前に駆除しないと後が大変だろ」

 下膳が多少危ないと分かっていても大野の合コンのセッティングをしていた理由が見えてきたな。そういった害虫を追い払ってくれていたのが大野達なのか。国内最大暴力組織の幹部のご子息は最高の虫除けになる。

 だがその虫除け、虫だけじゃ無く己の体も蝕む毒。

 組む相手を間違えたのが、判断ミスだったな。俺みたいに紳士的な男ばかりじゃ無い、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。この女、明日には東南アジア行きの船に乗せられても可笑しくない。

 それが分かっているであろう女にプレッシャーを掛けていく。心が折れてくれれば話が早い。

「虫除けの大野が檻の中入りじゃ、心細いか」

「はん、男共は直ぐ暴力に訴える」

「男は関係ないだろ。金と暴力は切っても切れない裏表だぜ」

 どんなにまっとうな商売をしても富が集まれば悪は依ってくる。暴力から身を守るには結局暴力に頼るしか無くなる。

 これ連鎖、断ち切るには人間が人間から脱皮するしか無く、それ即ち人間じゃ無い。つまり人間社会では不可能と言うことさ。

「はんっ説教臭いね~」

 なかなかに芯が強い、心を折るには時間が掛かりそうだ。やはり、ギブアンドテイクのビジネスライクに行くか。

「俺はお前に啓蒙することにもお前の商売にも興味は無い。

 俺が欲しい情報をくれたら大人しく去ってやるよ」

 俺は長い前戯を終えてやっと本番に入る。焦れったいが前戯に手を抜けば本番もスムーズに行かない。

「なんで私が貴方に情報をくれてやらなきゃいけないのさ」

「俺は前払いしたはずだぜ。

 お前にとっての死活問題大野の逮捕をいち早く教えてやったぜ。今なら誰も知らない、先手を取って善後策を練れるぜ」

 正味、この女は大野の代わりの用心棒を早急に用意する必要がある。出来なければ、新たな暴力に支配されることになる。

 結構いい情報をリークしたと自負するし、散々長い前振りで刷り込んでおいたつもりだ。

 この女一刻も早く俺との会話を打ち切って動きたいはずだ。

「なるほど。ならあんたはもう用無しだな」

 この女に恩の概念は無いのか?

 尤も恩に期待していてはビジネスは出来ない。

「そうでもないぜ。何なら今すぐこの情報を拡散してもいい。今なら無防備と、直ぐさま害虫共が群がってくるぜ。もてもてだな」

 実際馬鹿な男の一人や二人は抱けば言いなりになると信じて力尽くで来るだろう。実際この女磨けば輝きそうな素地はいい、意外とノリノリで来るかもな。

「ぐっ分かったよ。

 何の情報が欲しい、それで黙っててくれるんだな」

「俺はな。だがいずれ情報は漏れる、対抗策は早めに練るんだな」

「説教臭いな。分かっているよ。それで何を知りたい?」

「最後に大野にセッティングした合コンメンバーのリストを寄越せ。勿論顔写真付きでな」

「その程度ならお安いご用だが」

「大丈夫、その辺の秘密は守る」

 顧客情報流出は信用問題になるからな。

「ならいい」

 下膳はタブレットを操作すると俺に寄越してきた。

 これでポニーテールの美少女の正体が分かれば事件解決とタブレットを見れば、リストにポニーテールの女は居なかった。

 まっこんなもんだよな。


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