第204話 結界

 専属運転手だか執事だか秘書なのか分からないが、呉さんが呼んだ高級車に揺られること1時間ほど、俺は由緒ありそうな武家屋敷の門前に辿り着いていた。

 重厚なドアを開けて自ら車から降りると堀を流れる水の潺が聞こえてくる。石橋を渡って行く先には腕木門が控え左右には青と白のコントラストが鮮やかな青瓦の白塗りの壁に朱が射して伸びていく。

 京都にでも行けば遙か平安の昔より都の魔を祓っていた旋律士の家があるのかもしれないが、ここにあるのはせいぜい徳川が江戸幕府を開いた頃に建てられてものだろう。それでも長い時を積み重ねた歴史と今なお家人を守る要塞として現役だと感じさせる力を感じさせる。

 幻想的で幻惑的、魔を祓う旋律士でありながら何と魅惑的なのだろう。

 都心にこれだけの敷地を持っていて、更には堀まで現存しているとは大したものだ。もしかしたら旋律士は相続税とか免除されているのかもな。

 国すら寄せ付けない。

 水流れる堀に囲まれ高い塀に囲まれる、流れと固定による二重の結界。外界と完全に切り離され余人に屋敷内を伺うことは出来ない許されない大使館に匹敵する治外法権の国。内部で何が起ころうとも外に漏れることも介入されることは無い。

 この一種独立国なら、呉さんがその気になれば俺を人知れず屋敷内の庭の片隅の肥料にすることも出来る。冗談で無く、それくらいの実力と権力を持っている。

 ゴクン、思わず生唾を飲んでしまう。

 目の前の閉じられた門、拒絶のようであり無闇に立ち入らないようにする警告であるようにも見える。

 俺が立ち尽くしている間に運転手なのか執事なのか秘書なのか、取り敢えず運転手にした青年にドアを開けられ、呉さんがまず車から降り。続いて時雨が降りてくる。俺もドアが開けられるまで待っていた方が良かったのか、あの主家に忠実そうな運転手が主人が嫌う俺にドアを開けてくれるとも思えないけどな。あの運転手、長身で見惚れるきびきびした動作。最近俺も少しはものが分かってきたのか、武術の心得があるのがみてとれる、それも俺と互角かそれ以上。やっぱりただの運転手ということはないのだろう。

 そして駐車場は裏手にでもあるのか運転手は塀に沿って車を走らせ去って行き、残されたのは三人だけ。

「ちょっと待ってて」

 忘れられたかと思っていたが時雨は俺に声を掛けると腕木門の横にある通用口に向かって行き、意外なことにインターホンで帰宅の旨を誰かに告げている。てっきり科学のたぐいは一切排除しているかと思えば、そんなことはないようだ。

 程なくすれば通用口のロックが外された音が響き時雨が押せば開けられる。

 おいおい、電子ロックまで仕込んでいるのかよ。てっきり召し使いでも来て開けるのかと思ったが、それも日常ではめんどくさいか。人にさせるのは優雅なようで煩わしい。旋律士も時代に合わせて変わっていく人間なんだな。

「足下気を付けてね」

 時雨は先に通用門に吸い込まれ消えていく。

「客人からどうぞ」

 呉さんが通用門への道を空けてくれる。

 客人を招くホストにも地獄に連行する獄士にも見える。

 車の中でかつて無いプレッシャーを感じながらも各所への手配は済ませた。現場に赴かなかったので今一実感が無いが多分大丈夫だろう。後は明日ジャンヌと俺が行くだけだ。

 だからもう仕事のことは脳裏から消そう。

 最大の敵との戦いに全てを燃やす。

 俺は覚悟を決めて通用門を潜った。

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