第203話 最大の敵

 ここは都会、夜空に瞬く星々の如く人がいるなか連絡も取らず偶然出会う確率は天文学的に低いと推測されるが0じゃない。こういう星の巡り合わせもあるだろう。それが幸運によるものか不運によるものかは神々ならぬ人の身では分からないが、折角恋人に出会えたんだ幸運の巡り合わせと信じたい。

「何していたの?」

 いつも天使の声のように耳を優しく撫でるように響いてくる声が今はまるで鑢で擦るようにざらついて耳に響いてくる。

 気のせいかいつもの優しい眼差しが魔と戦っている眼差しに近い気がする。

 まるで浮気をした恋人を問い詰めているようだ。

 まさかね。時雨が俺に嫉妬してくれるなんて思い上がりもいいところだな。

 例えるなら悪質な契約書の不備を見つけ出した弁護士かな。

 俺と時雨は恋で無く契約で結ばれた恋人、ここで俺の不実を責め立てれば契約破棄にもちこめるかもしれない。

 時雨のチャンスで俺のピンチ。

 だが俺に疚しいことは全くないので慌てることは全く無い。

「仕事の打ち合わせをしていただけだ。時雨だってジャンヌは知っているだろ」

 嘘もいつものような詭弁も使ってない、正直に真実を伝えている。

 洒落たカフェで男女二人で隠れておいしいランチを取って会話をしていた。

 悪意を持って見方を変えればデートのように見えるかも知れないが、仕事の打ち合わせをしていただけには変わりない。

「へえ~ふ~ん、そう。

 随分と仲よさそうだったけど。

 それに仕事といいつつ旋律士のボクにはなんの話も無いんだけど」

 ジト目で此方を見てくる。

 嫉妬? 拗ねている? っなわけないか。

 俺の言葉の真偽を探っている目だな。

 スムーズに仕事を果たす為に仲間と円滑なコミュケーションを取るのは当たり前。

 時雨に仕事の依頼をしないのは時雨にもたれるような男になりたくない為。

 獅子神のオッサンだったら何の誤解も無かったというのに。かといって口に出せば、言い訳がましくなってしまう。

 中学の方程式のように簡単で明白な答えがあるというのに簡単には信じて貰えないもどかしさ。

 どうすれば納得して貰える?

 いっそ攻撃に転じるか?

 俺を責めるが時雨だって見知らぬ男と一緒にいる。

 年の頃は40代、長身でさらっと流した髪型に切れ長の目をした涼しげな印象を受ける男ぶり。そしてどこぞの鑑定士が着ているような和服を着こなし、女子高生に間違ってもオッサンとは言われない、おじさまとでも言われるのが似合う。

 時雨に限って縁交ということはないだろうが、気にはなる。前埜といい時雨はもしかして年上が好きとか。

 俺が聞こうとするより先に男の方が先に口を開く。

「時雨、この人は誰だい?

 父さんに紹介してくれないかい」

 !?時雨の父なのか。いきなり彼女の父親と遭遇イベント発生か。

 俺には別に何の疚しいことは無い。まあ脅して恋人契約を1年結んだとか色々あるが、俺の思いは純粋なはず。

 だが時雨の方はそうじゃない。付き合っているけど想い人は前埜とか、俺如きに弱みを握られて付き合っているとか色々親にはばれたくないだろう。

 ここは仕事仲間ということで流してしまうのが無難だと合理する。

「うん紹介するね。

 彼は果無 迫、一等退魔官なんだ」

 時雨は澄まし顔に戻って普通に俺を紹介する。やはり時雨も俺とは仕事仲間で通しておきたいのが覗える。流石時雨は頭がいい、合理を導き出してくれる。俺も時雨に合わせて仕事仲間として親に挨拶するのがベストだな。

「ほう~その若さで凄いな」

 権限はあるかもしれないが退魔官なんぞ国が魔退治に関わっている既成事実作りの為の捨て駒。確かにこの若さで捨て駒にされる俺は凄いかもな。

 何てことを言ってもしょうが無い、ここは後日のために好青年の仮面を被って挨拶をしてさっさと退散しようとした俺より時雨の方が早かった。

「そしてボクの彼氏なんだ」

 !?

 父親側から俺側に自然と立ち位置を変えると時雨は今までしたこともないのに積極的に腕を組んで頭を肩に乗せてきた。

 肩に掛かる時雨の重さが心地よく腕に伝わる時雨の柔らかい感触が気持ちいいと、通常時だったら至福に浸れたかも知れないが、今は針の筵。

「ほう~へえ~時雨の彼氏か。それは父さんも話がしたいな。

 果無君だったかな」

「はい」

 なぜだろう顔付きは時雨にどこかにて優しいはずなのにゾクゾクと背中に寒気が走って鳥肌が立つ。

 今まで経験したことが無い恐怖を感じる。

「私は時雨の父 雪月 呉。

 どうかね。これから我が家に来てゆっくり話でもしないか?」

 いきなり家にご招待ですか?

 こういうのは両親がいないときに起きるイベントならワクワクの期待で嬉しいんだろうが。せめて結婚の許可を貰うとかなら覚悟が決まるんだが。

「いえ、残念ですがまだ仕事があるので後日・・・」

 今日は本当に仕事がある。お家訪問は後日事前調査に土産など用意周到準備万端にして挑ませて貰う。

「小童役人が旋律士の名家雪月家当主である私より大事なことがあると」

 さっき一等退魔官は凄いと言っていたのに、いきなり掌返しの格下扱いですか。

 笑顔のままなのに怖い、内臓に鉛を流し込まれたように体が重い。数々の魔と戦い死線を潜り抜けてきた俺がプレッシャーを感じている。

「やはり仕事を疎かにするわけには・・・」

「彼女の父親と話すより大事なことがあると」

 さっきより一段プレッシャーが上がる。

 波柴と腹黒会話をしていた方がよっぽど楽だと思ってしまう。ドラマによくある冴えないサラリーマンがする上司に怒鳴られ胃が痛いという気持ちが実感出来てしまう。

 だが俺は知っている。恐怖に負けたら馬鹿にされ人間扱いされなくなる。負けると分かっていても牙を突き立てなくては成らない時があり、それが今だ。

「ですが、仕事を投げ出すような男には娘を任せられないでしょ」

 軋む胃を堪えて逆流しそうな胃酸を呑み込み言い返す。

「まだ口が回るか、多少は根性があるようだな。

 褒美だ、一時間猶予をやる。その間に手筈を整えろ」

「えっ?」

「一等退魔官といえば指揮官のはずだ。

 当然優秀な指揮官なら現場に出ずとも部下に指示を出せば十分だよな?」

 最低それくらい出来る男だよなと目が語っているが、俺は正式な部下などいない指揮官なんだが。

 だがこれからの下準備は波柴に行動を掴まれないためにも電話やメールで根回しした方がいいかもしれないと一瞬思ってしまった顔色を読まれてしまう。

「出来るようだな。

 なら何の問題は無いようだ。車を回させる待っていなさい」

 時雨の父・・・、呉さんは袖口から携帯を取り出す。

「一時間の猶予は?」

「特別だ。車の中、私の横で電話をすることを許そう。

 多少の騒音は我慢する」

「はい、ありがとうございます」

 この俺がこれしか言えなかった。

 もしかして俺はかつて無い死地に踏み込んだのかもしれない。

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