第167話 闇バイヤー

 防音設備がしっかりしたことで定評のあるマンションの一室に、合谷達が集まっていたというか、思惑通り集まってくれた。

 もう少し手間が掛かるかと思ったが、俺の絶妙の追い込みが効いて一も二もなく緊急集合となり、メンバーの確認が容易に出来ただけじゃなく、此方が把握してなかった此奴等のアジトに易々と入り込むことすら出来た。

 このマンションはメンバーの居住用というわけでなく、仕事用らしい。機材とかを置いてあるだけでなく、ここで撮影もするらしい。防音に最大限気を遣い金に糸目は付けなかったらしい。

 随分と儲かるんだな。潤沢な資金はあるようだからな、遠慮なく毟り取ろう。

 そんな大事なアジトに、会ったばかりの部外者を入れてくれる。結構な信頼を勝ちとったようだ。まあ俺が割って入らなければ合谷は頭を割られていただろうから、こんな奴でも命の瀬戸際を歩けば多少は恩を感じるようだ。台無しになるかと焦ったが、ギリギリまで追い詰めてくれたオッサンには感謝しないとな。

 それでもまだ警戒心はあるようで、ここリビングから見える向こうの部屋のドアは固く閉ざされ入れて貰えそうにない。此奴等でさえ他人に見せたくないものって何だろうと好奇心が湧いて隙を見て色々と漁ってみたいとは思うが、今回は機を見てリビングに盗聴器をセットしておくくらいにしておこう。

 この時点でこの部屋に集まっているのは。

 リーダー、合谷。

 撮影編集担当、辺秀。

 情報収集担当、朝瑠。

 ナンパ担当、柄作。

の主要メンバー他、雑用係三名。

 最低でも更にこれに拉致暴力全般担当、林野がいる。

 想定以上に合谷率いるゴールデンバイオレンスの人数は多った。これは骨が折れるかも知れないな。

 リビングに車座になって床に座り込み、それぞれのメンバーの前にはお茶のペットボトルが置かれている。流石にここで酒を飲むほど荒くれ者ではないらしい。酒でも飲んで酔ってくれれば色々と仕事がはかどるのにな。

「合谷さん一旦何何ですか、メンバー全員に緊急招集なんて」

「林野さんはどうしたんですか?」

「そこの男は誰なんです?」

 ミーティング開始の合図もないが、だいたい集まったようで男達は待ちきれないように合谷に質問を始めた。

「黙れッ」

 騒ぎ出した男達も合谷の一喝で静まり返った。昨日は色々と醜態を晒したが、この猿山ではリーダーであることが分かる。鶏口となるも牛後にならず。こんなグループでもリーダーはリーダーか。あまり侮るのはよくないな。

「よし。

 今から説明する。

 林野だが、何者かに殺されたか拉致された可能性が高い」

 合谷はずばっと前置きなく本命を切り出した。

「殺された!?」

「拉致って何ですか、一体誰が」

 一斉にざわつく中で辺秀が合谷に尤もな質問をする。

「それはまだ不明だ。俺達の商売を嗅ぎ付けた同業者の可能性が高い」

「同業者」

 その言葉にメンバーは素直に納得したような顔になる。しかし、俺がそう誘導した面もあるが、此奴等女達からの復讐とは少しは思わないのか?

 何であれだけのことをして、差し違える気で向かってくる奴が居ると思わない?

「そして俺も昨日襲われた」

「えっ合谷さんも襲われたんですか、それで無事だったんですか?」

 朝瑠が驚いたように聞く。

「当たり前だろ。だからこうしているんだ」

「流石合谷さん、返り討ちっすか」

 朝瑠が間髪入れずお追従。

「まあな」

 おいおい、見事にやられていたじゃないか。まあ、これもサービスの内ということで黙っててやるけどね。

 それに此奴等に尊敬されても嬉しくないというか、逆に虚しくなる。

「それでその人は?」

 辺秀が合谷に尋ねる。

 いよいよ、俺の出番か。さあうまく回れよ、俺の頭と舌。少しでもカラ回れば、あっという間にこの人数を相手に大立ち回り。

「ああ、この人は助っ人だ。名前は鏡剪」

「助っ人?」

「これからでかい戦争になるからな、俺達はそういった経験が薄い。だから助っ人としてきて貰った」

「林野さんみたいな人なら分かるけど、そいつ弱そうじゃん」

 柄作か、今の言葉覚えたぞ。

 そんな黒さを呑み込んで、いよいよ茶番の始まりだ。

 俺はまずは笑顔で話し出す。

「ええ、私は弱いですよ。格闘戦なんてとんでもない」

「じゃあなんで居るんだよ」

 合谷に取り入ってNo2を目指しているのか、朝瑠は俺が合谷に一目置かれている様子が気に入らないようだ。

「ですから、何も腕力だけじゃないでしょ」

 俺は懐から緑の蛍光色に光る銃を出した。

「なんだそれ。そんなおも・・・」

 朝瑠のそれ以上の侮辱の言葉を銃声が掻き消した。

 防音はしっかりしているらしい大丈夫だろ。

 ぼろっと壁に穴も空いた気がするが、あれくらいなら簡単に修繕できる、金はあるらしいし余裕だろ。

「ひいいいいいい」

 朝瑠は腰が抜けたように床に崩れ込む。

「ほっほんもの」

「いきなり撃つなんてお前正気なのか」

 辺秀が尤もなことを問い糾してくる。

 俺は正気か否か? とうの昔に正気は壊れ、壊れたまま。ならばそれが俺にとっての正気。

 そう俺は正気だ。

「何か問題でも?」

 小首を傾げて硝煙上がる銃口を向けたら黙り込んだ。

 よしよし、幼稚園児よりは躾が出来ている。

 俺は黙り込んだ辺秀に銃を放り投げる。

「おっおま危ない」

「安心して下さい。強化プラスチックで出来ていて、弾は一発だけの単発式です」

「一発だけかよ」

 俺から銃が離れ朝瑠が再び強気に出てくる。

 でもな~他に銃が無いとは言ってないんだが。

「護身用としてはそれで十分ですよ。

 ねえ、合谷さん」

「ああ、そうだな。一発で仕留めちまえばいいんだよ」

「っだそうですよ。

 それに悪いことばかりでもないんですよ。単発式にすることで信頼性を上げ安くしています。お値段、なんと一丁三万です」

 強化樹脂とはいえ所詮3Dプリンターで作れるようなもの、たかが知れてる。強度不足を補いつつ、暴発など絶対にしないようにしつつ命中精度を上げる。更に現用の銃より優れたセールスポイントを得る為に小型化を行い、暗器としての能力を獲得させた。

 こんなものでも設計者の知恵と工夫がつまった塊なんだよ。お前等のおつむじゃ100年掛かったって生み出せやしない。それをたった三万で売りたくはないが、仕事の為なら仕方ないと割り切ってんだよ。

「三万」

 銃を念入りに調べている辺秀が言う。

「命の値段としては安すぎるくらいですよ」

「俺はそんな詭弁に騙されないぞ。

 三万も払ったって、単発式じゃ囲まれたときにどうにもならないだろ?」

 よほど俺が気に入らないようで、どうも朝瑠が突っかかってくる。護身用だと言っているのに、此奴は銃撃戦を想定しやがる。

「いや簡単ですよ~、誰でもいいから包囲した連中の脳天に一発ぶち込めばいいですよ。それで大抵怯みます、その隙に逃げればいいだけですよ」

 うんどうした。俺のアドバイスに朝瑠だけでなく他のメンバーも軽く引いている空気が伝わってくる。

「あれどうしました皆さん」

「いや、そんな簡単に殺せと言われても」

 えっそうなの。平気で女の子を攫って人生を潰しているような連中が、こいつらの倫理の境界線は分からない。

「まあ殺しに抵抗があるようでしたら、威力を落としたバリエーションもありますので。それならまあ脳天に喰らっても死にません、一生寝たきりになるくらいですか」

「そっそう」

「これはあくまで自衛用です。軽いし隠しやすい、更にはもし見られても誤魔化しやすい」

「でもよ~」

 朝瑠が必死にケチを付けようとしてくる。

「まあ映画のように銃撃戦がお望みでしたら、正規の銃をご用意しますが。

 ただ値段も納期も掛かることは理解して欲しいですね」

「時間が掛かるのは困るな。俺達は今欲しいんだ」

 命の危険を身に染みて感じている合谷が慌てるように言う。

「まあそうでしょうね。

 必要なのは今でしょって感じですしね。

 それで提案なんですが、今回の件に関してはバックに頼んだらどうでしょうか?」

「バック」

「いやいるんでしょ。こういう時の為に安くない上納金を払っていると思いますので、ここで役に立って貰ったらどうです?」

 此奴等は所詮使い捨ての駒だということすら自覚しない鵜飼いの鵜。此奴等の首に紐を付けている鵜飼いが絶対に居るはず。

「それじゃあ、お前が儲からないだろ」

 辺秀が尤もな質問をしてくる。

「いやいや、そんなことはありませんよ。

 今回のことは今回のこととして、これからのことも考えれば銃は購入しておくべきでしょ。これからの長いお付き合いを考えれば十分儲かります。短期ではなく長期でのお付き合いを望んでいるのですよ。

 それもこれも皆さんがビックになると見込んでのこと」

「ふむ。ビックね。

 ならなおのこと、この程度であの人に頼れねえ~。俺の手でキッチリ片付けてやる。

 鏡剪、金は言い値で出してやるから、あるだけ銃を寄越せ」

 ちっ煽てが逆効果になったか。ここで下手に押すと怪しまれるか? まあ、この状況ですら予想外の進展なんだし、一番重要なポイントだ焦らずじっくりと行くか。

「分かりました。一週間ください、作れるだけ作ってお渡しします」

「おいおい、在庫はないのかよ」

 朝瑠がここぞとばかりになじってくる。

「こんな危ないもの手元に置いておけませんよ。注文が来たら必要数だけ生産する。これでも私にも敵は多いんですよ」

「なるほどな分かった。だが一週間は待てない、三日だ」

「分かりました。帰り次第フル生産に入って、まずは人数分揃えて見せます。

 七丁でいいですか?」

「十丁くれ、まずはそれでいい」

 他のメンバーもこの数で納得しているのを見ると、総勢10名いるということなのか?

「他に必要なものはありますか? 色々とご用意できますが」

「他には何があるんだ?」

「う~ん。メルアドを教えて貰えますか、後でリストをメールで送ります。何しろ色々ありますので。

 例えばですが、防弾チョッキまたは防刃チョッキなどもありますよ」

「本当か」

 武器より食いつきがいいな。守りをまず重視するとは、意外と慎重派なのか。猪武者と違って、こういう小狡い奴に油断すると足下を掬われる。

「はい」

「よし、教えるから。直ぐにでもリストを送ってくれ」

「はい。やはり貴方とは末永い商売が出来そうですね」

「おい」

 今度は辺秀が鋭い目つきで呼びつけてくる。

 どうも此奴がNo2の頭脳担当の感じがする。合谷よりも慎重に答えを選ばないといけないようだ。

「なんです?」

「お前、誰が俺達を襲っているのか知っているんじゃないのか?」

 辺秀が俺を疑う目を向けてくる。少しでも動揺すれば一気に来るぞ。此奴は合谷と違って俺に恩義はなく、容赦なく疑い。今回の一件、俺の自作自演とすら疑っているのかも知れない。

 今日一番の山場だな。

「なるほどそう来ましたか」

「何っ! お前知っているのか。そういえばお前の方から接触してきたっけな」

 合谷も俺の思わせぶりな台詞に一気に殺気立つ。

「勿論、そういった情報も取り扱っています。

 ですが今はお売りできません」

「値段を釣り上げようってか」

「いえいえ。確かに貴方達が襲われる情報を掴んで接触しましたが。貴方達を襲う可能性のあるグループは現時点において複数あります。今回どのグループが手を出したのかまでは掴んでない状況でして」

「複数だと」

 自分達がまさか複数に狙われているとは思ってなかったようで、合谷と辺秀二人して唖然とする。

 ふふっ大きく出たハッタリが成功したようだ。

「はい。私としてはあなた方が襲われるという情報の確度さえあれば良かったので、それ以上は追求していないのが現状です」

「金を出せば追求してくれるのか?」

「まあ、商売ですから。

 でもそんな事しなくてももうすぐ分かりますよ」

「それはどういう意味だ」

 辺秀が俺の言葉の真意を探ろうとしてくる。

「多分後2~3名ほど襲えば、脅しは十分と向こうから交渉の為に接触してきますよ。向こうだって商売ですから、最初から皆殺しは選択しないでしょ」

 じわじわと追い詰めるのが目的なのは明確。

 恐怖を味合わせる為かどうかは知らないが、皆殺しにするつもりなら用心される間もなく一気に行くだろ。

「ちょっと待て、それじゃ遅いんだよ。金は出すから調査を頼む」

「いやいや仲間思いのいいリーダーですね。

 分かりました。武器製造と平行して情報収集も行います」

 自分が再び襲われるのを恐れての発言だと思うが、ここは持ち上げておいてあげますか。

「頼む」

「それでは今度こそ失礼させて貰います。

 ここからは1分1秒が大事ですからね」

 俺は一礼するとこの腐臭漂う部屋から逃げるように退出するのであった。

 あんな奴らと同じ空気なんか吸いたくないが、これも仕事だしょうが無し。

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