第168話 強姦魔かも
空はどんよりとして曇天、それでもあの部屋にいるようは数倍清々しい。じめっとした湿気さえ穢れを拭き取ってくれるミスとシャワーに思えてしまう。
「さてと」
俺はゆっくりと歩き出す。
ここいら近辺の地図は昨日のうちに頭に叩き込んである。
ゆっくり。
ゆっくり歩いて行く。
本当は曇天の空模様に雨が降る前に帰りたいとか、濡れたら折角のモード服が台無しになるなとか、色々気持ちが渦巻くが。
ゆっくりと歩いて行く。
そして学校やら神社やらがあり切り開いた森の名残が残る区域の死角にあるような公園に辿り着く。学校に行こうとする者、そこそこ有名な神社に行こうとする者に、その他主要箇所に行こうとすると道から悉く外れ、訪れる人は滅多に無い公園。木々があり、そこそこ大きい池もあり人知れず黄昏れたい者には格好の場所となっていて近所に一つは欲しい公園だ。
公園の中頃まで進み、カモが暢気に泳ぐ池を数秒眺めて心を癒やす。
「それで私に何のようです」
心を癒やしこのまま眺めていたい気持ちを振り払い、振り返って呼び掛けた。
「引っかけじゃありませんよ。いるのは分かっています」
「よく分かった」
朝瑠が木々に遮られた曲がり角から表れた。
「尾行が下手ですね」
マンションを出たところから気付いていたからこそ、わざわざ駅と反対側のこんな所まで誘い出した。あまりに下手だから、プレッシャーを掛けるのが狙いで向こうの方からどこかで接触してくると思っていたが、本気だったんだな。
「これでも狙った獲物に気付かれたことはないのが自慢だったんだぜ」
それがなんだというのだ。ほんとなんだというんだろ。
「警戒もしてない素人相手が何の自慢になるんです?」
「この野郎」
自慢を貶され朝瑠は怒気を露わにするが、こんな茶番に付き合わされる俺の方こそうんざりだ。
「まあ無駄な時間の浪費は辞めましょう。
それでこれは合谷さんの差し金ですか? だとしたら残念なことに信頼関係は構築できなかったということですか。
私としても残念です」
大きな溜息が零れてしまった。
結構上手く入り込んだつもりでも、やはり俺の特異性が警戒させてしまったか。もっと合コンなどに参加して馬鹿になって溶け込む技術を磨きこまないと駄目か。
今度西村に頼み込んでセッティングして貰うか。
「まっまてっ合谷さんは知らない。俺の独断だ」
朝瑠は俺の台詞に慌てて言う。
この態度からして取引をしたいとは思っているようだな。
「おやそうでしたか。しかしそれを素直には信じることは出来ませんね」
どっちだ、本気でどっちだ? 合谷は俺を疑っているのかいないのか?
「てめえ怪しすぎるんだよ。合谷さんは何か知らないけどお前を信用しているようだが、俺は騙されねえぞ」
此奴は俺の周りに馴染まない特異性、平たくいえば周りから浮いているのを嗅ぎ付けていた訳か。どんなに上手く演技しても直感なのか本能なのか波長が合わないのか、時々こういう奴が居る。マークした辺秀は、筋を通して破綻がなければ、あからさまに怪しまれることはないが、こういう奴はネックだ。なんせ理屈じゃない。
まあものは見ようだ。順調にいっている最中訳が分からない理由で躓くよりは、初期で対処できるのは悪いことではない。
「それで私の家まで付いてくるつもりでしたか?」
万が一にも此奴の尾行術がプロレベルだったら危なかった。これからは尾行を感じ取られなくても、尾行を撒くルーティーンを入れた方がいいな。
まさか二段尾行ということはないよな。俺は軽く当たりの気配を探っておく。
「まあいいです。貴方のことは明日にでも合谷さんを交えて話し合いましょう。
商談を続けるかはその時の合谷さんの出方次第、そう貴方の口から伝えて貰えますか?」
「まっまってくれ、そんなことしたら俺が合谷さんに殴られる。なあ頼むよ、黙って居てくれないか」
朝瑠はプライドなく手を蠅みたいに擦り合わせて俺に頼む。
此奴を飼って得はあるかないかより、此奴絶対裏切るだろな。下手に黙っててやると先手を打って合谷に有ること無いことチクられる可能性もある。
ここは後腐れなく排除してしまうか。
拙速すぎか。
まあ、まずは保留としておくか。後は流れに任せて、そういった感じでいこう。
俺らしくないが、それだけ俺も此奴等に疲れている。
「貸しですよ。
では此方の用事は終わりましたので、今度は其方の用事をお願いします」
俺は朝瑠の更に向こうを見据えて呼び掛ける。朝瑠が驚いたように後ろに振り返ると朝瑠が出てきた角から白のコートのフードをすっぽり被った小柄な人物がすーーとまるで幽霊のように滑らかに音もなく出てくる。
「誰だっ? って俺の背後から来るということは」
「私の尾行に夢中で自分が付けられていることには気付かなかったようですね」
俺もここまで接近して初めて気付いた。こっちの尾行は本物だな。更にいえばもう気配を消す気がないから気付いたとも言える。
「何のご用ですかな」
驚いて眠気が吹っ飛ぶように、気怠さなんか吹っ飛んだ。対峙しているだけで脊髄がチリチリする。
やばいな。いきなり本命を引いたか。
「礼儀としてフードくらい取ったらどうですか?」
その人物は俺の言葉に素直に従ったのか、フードと共にコートを脱いで地面に投げ捨てた。
表れたのは白のレオタードを体に密着させた少女。体脂肪ゼロかというように肋がうっすらと浮いた細い躰。それでいて色気を纏うように引き締まった肉もうっすらと乗っている。こういう体、筋肉で引き締まる格闘家じゃない、美しき体型を維持しつつ引き締まるダンサーだ。
「貴方はターゲットじゃないけど、まあいいわ。
そんな奴らと連んでいるんですもの、女の子を泣かせてきたんでしょ」
少女はサイドアップしたセミロングの髪を掻き上げながら冷たい視線で俺を射貫く。
この歳でこの目が出来る、この歳だからこんな目が出来るのか。
俺のことを触れるどころか目に映すだけで穢らわしいと言わんばかり。
よって、俺を視界から消すことに躊躇がない。
「天にあっては雲」
さっと指先まで神経を研ぎ澄ませ伸ばした右掌が天に仰ぐ。
「朝瑠さん、手柄を上げるチャンスですよ。貴方は右手から回って下さい、私は左手から行きます」
「おっおい。捕まえて合谷さんに献上でもするのか? だが今はそんなことをしている場合じゃ」
小賢しいようで、どうしてこうも的外れ。
苛つく。
「馬鹿かっ。あの少女が林野の失踪に関わっているんだよっ。
つべこべ言わずに言う通りに動けっ」
あの手の輩の前口上を素直に聞いていては碌な事にならない。
間合いも呼吸もクソもない止まること無く少女に走り寄り止まること無く飛びつく。
「地に墜ちては水」
くるっと体ごと返して左掌が地を掴み、地に引っ張られるようにぐっと体を沈み込み俺のタックルは少女の上を通過する。
「ちぃっ」
飛び越えてしまった俺は顔でダイブする寸前地面に手を突き一回転、立ち上がると同時に少女に振り返る。
「おらららああ」
上が駄目なら下と朝瑠が少女の足を掴もうと地を這うように挑む掛かるが、少女はしゃがんだ反動で飛び上がり、逆に朝瑠の掌を踏み付ける。
「ぎゃああああああ」
「天の地の狭間の一時だけに雨はある」
天を仰いで地を掴み、そのまま体を倒しつつ足を天と地の狭間にまっすぐ水平に浮かべると、朝瑠の掌を踏み付けたままに旋回する。
少女が突然美しい声で詩を謳いモダンバレエのように全身で踊って表現する。
旋律士、魔人か?
どっちにしろ、身体能力が俺達凡人とは次元が違う。二人掛かりでも体術じゃ少女に勝てる気がしない。
それでも銃はまだ使わないというか、銃を使ったところでどうせ銃口から弾道を見切られのが関の山。ならば最後の最後のびっくりサプライズにとっておいた方がいい。
「うおおおおおおおおおおお」
雄叫び上げる俺の頭に冷やせとばかりに降り出す前触れの雨粒が当たる。
今度は間合いと呼吸を計りつつもジャブと見せかけたローキックを放つ。
「善になっては天使と成り」
両手を広げて翼を羽ばたかせ天に羽ばたき、見上げる俺の顔に雨粒がぽつぽつ降り注ぐ。
「悪に落ちては鬼となる」
ハイキックを繰り出せば、獲物を狙う虎の如く地に伏せる。
「善と悪の狭間で揺れるが人。
ならば人は雨に裁かれる」
ばっと天に両手に上げ、銀に染まった髪が天に広がり。
ざっと手を下ろし、銀髪が流れるように揃って纏まる。
雨乞いの儀式か少女のたぐいまれ成る表現に天が感銘したか雨が本格的に降り始める。
折角のモード服が台無しだぜ。
だが雨は悪くない。逆境でこそ輝くが俺。
雨で足裏を滑らせて流れるように間合いを詰めると同時にジャブ、ジャブ、ジャブ。雨水を吸って服が重いが構うものか、腰が入ってない手打ち。それでも相手は小柄な少女当てればダメージは通るとばかりに数打ち連打体力が続く限り打つべし。
「くそったれが」
直線からいきなり横の攻撃フックを放つが少女はぐにゃりと体を曲げて躱してしまう、タコの魔人かよ。
顔を見るに息一つ切らしていない、その顔が傾ぐ。
「あなた、大丈夫なの?」
「ああ、折角の服が雨で台無しになって大丈夫じゃねえよ」
雨を吸って服が肌に張り付いてきて重い。だが体力はまだある。あと一回くらいは仕掛けられる。
「あなた、女の人を泣かせたことがないのね」
「ああっ?」
「信じられないそんな男の人が居るなんて。
もしかして、全くもてないのかしら?」
少女の顔が反対に傾いで澄ました顔で流れ出る言の葉に俺の心が剔られる。
悪意があればまだ笑って大人の余裕で流せたかも知れないが、悪意もなく少女の純真で言われた日には。
「へっはっ面白い事言うじゃねえか。
いいぜ泣かしてやるよ。お前が泣いて許して下さいと言うまで泣かしてやるよ」
「御免なさい」
少女は俺の本気の怒りを感じたのか可哀想にと頭を下げて謝ってくるが、それが余計に俺の心を惨めにする。
決めた。絶対に泣かしてやる。
もてない男にもてないと言うことがどれだけの罪なのかその身に刻んでやる。
「人を馬鹿にしたその態度後悔させてやる。
おいっ朝瑠何をしている」
湧き上がる怒りのままに朝瑠を怒鳴りつけ姿を探せば。
「たっ助けてくれ」
朝瑠は降り注いだ雨で生まれた女達に取り憑かれ地面に倒れていた。
なるほどこれがこの少女の魔という訳か。
どういう訳か(分かっているが)、俺には通用しない魔の力。
ならば肉体のみで勝負が決められる。
「ちぃい、役立たずが」
俺はあっさりと朝瑠から視線を外して少女を睨む。
「助けなくていいの?」
「俺にはどうにも出来ない。それに、お前を倒してしまえば万事解決だろ?」
俺は腰を少し落とす。
「疑問があるんだけど、一ついいかしら」
「なんだよ」
「私の能力を見ても驚かないの?」
「はっなんだお前、この程度の手品が出来る程度で自分が特別だとでも思い上がっていたのか。
若いね、青いね、思春期特有の中二病って奴か。
自意識過剰なんじゃない。
残念だったな、こちとらこんな見慣れているんだよ」
「むっ。そんなのと一緒にしないで。
貴方が女の人を泣かせてないのなら用はないけど、最後に忠告するわ」
「なんだよ」
「そんな人達との縁は切った方がいいわよ」
この歳の少女特有の自分が絶対に正しいと信じた表情で忠告してくる。
「そうもいかないのが大人の世界なんだよ。
それと、お前ただで帰れると思っているのか?」
「あなたじゃ・・・」
少女が俺を小馬鹿にしたしている間に俺は大きく踏み込んだ足を軸に大きく背中を見せつつ回る。
これが幻惑気味のフェイントなり、その僅かの隙を突いて回りきって伸ばした手からは
回っている間に脱いだジャケットが投網のように少女に投げられる。
「なっ」
実戦経験が甘い。俺のトリッキーな技に流石の少女も避けきれずジャケットが少女の上から覆い被さる。
少女の強さはその滑らかな動き、その動きと視界が封じられた、この一瞬こそ。俺の唯一の勝機。
少女が慌ててジャケット外そうとした不用意な動作の内に俺は少女に飛びついた。
「きゃああ」
少女の悲鳴が公園に響く。
抱きついた拍子に少女の膨らむ胸を掴んでしまったが、かまやしない。俺は更に力を入れて鷲掴みすると体重を掛けて自分ごと地面に押し倒した。
バシャッと盛大に雨水が跳ね上がる。
「こうなっちまえばこっちのものだ。大人しくするんだな」
「きゃああ、いやああああああああああああ」
必死に俺の腕の中少女は暴れるが、こうなってしまえば力で勝る俺が有利。それでも冷静になればまだ俺の手から逃れる術はあるのだが、よっぽど俺に抱きつかれるのが嫌なようで半狂乱に暴れる。
ちょっと傷付きつつも、このまま足に足を絡めて仕舞えば完全に動きを封じ込め、俺の勝利が確定する。
お望み通りそれからたっぷりな泣かしてやるぜ。
少女に抱きつき地面に押し倒す。
必死に暴れ悲鳴を上げる少女。
これを端から見れば。
まあ俺言い逃れが出来ないほど強姦魔だな。
「何をしているのっ」
たまたま通りかかった通行人の正義の声が響く。
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