第122話 仕事の厳しさ
日が昇り冷え切った空気が暖まり出すのに合わせて人々はドアを開け外に飛び出していく。警視庁にある如月さんが所属する公安99課のオフィスに向かう最中凍えながらも道を急ぎ足で歩いて行く人々が増えていく。
そろそろ電話をしてもいい頃合いだろうと人の流れから外れ冷気含む風からも外れる街路樹の陰に入ってスマフォを取り出す。
夜型で無いのを祈って俺はコールする。願いは叶ったのか幸先良くスリーコールで相手が出た。
『獅子神だ』
「おはようございます、果無です」
イメージだと夜型、旋律士の仕事的にも人目を避ける意味合いから夜の活動が多いだろうから心配だったが、ちゃんと朝起きていたようだ。
『若大将か。朝一からどうした?』
「仕事を頼みたいんですが、ここ直近のスケジュールは空いていますか?」
一晩考えたがやはりこれしか無い。
流石に同じ学校の人間に時雨が旋律士と知られるのは拙いと思う。そこをクリアしても優しい時雨が危険が伴うユガミ退治の現場に犬走が参加する、ましてや囮にするのを承知するはずが無い。それに関しては前埜も同じだろう。
最大限譲歩したとして見学までが関の山。それじゃあ犬走の怨念は解消しない。
彼等は陽、復讐のためなら命を捨てても構わない負の感情を理解出来る事はない、きっと時が解決すると心から信じている。
時とともに風化し、あの時はあんなことがあったなどと穏やかに思い出せる日など。
永遠に来ない事を知らない。
負の感情とはそんなもんじゃ無い、腹に呑み込んだどろりと冷たい熱の怨念が消化されることなど無い、尽きるまで燃やして吐き出すしか無い。
そうで無いなら臓腑を腐らせ一生悶え苦しむ。
それは生き地獄。
『すまん、若大将。当分は手が空きそうに無い』
幸先いいと思えばこれか。だが仕事が無くて暇をしているような奴に頼む気はなかったんだ、この程度は想定内。大事なのはこれからだ。これからが交渉。
「それはどのくらいです?」
『そうだな上手くいって半月は掛かる』
「段取りは全て整えます、最後の退治だけなんですが無理でしょうか?」
日取りを合わせて手際よく遂行すれば、多分一時間も掛からないはず。リスクが増してタイトに成るがそこまでなら譲歩する。
『すまん無理だ』
「そうですか」
検討する素振りすら無く断られた、譲歩する余地すら無しか。これ以上の交渉は無意味ということか。
『折角の若大将の仕事だ引き受けたいのは山々なんだが、俺にも信用がある。今の仕事は少し厄介でね、一時的でも抜けられないんだ』
「そういうプロ根性が気に入っているんですよ」
今はそこが恨めしい。
『そう言って貰えると助かるぜ』
獅子神見込んだ通りの男で何とか専属にしたいが、首輪が最も似合わない男でもある。
「まあそれはそれとしてです。
代わりに誰か紹介してくれません?」
時雨に知られないようにする為、前埜にも頼めないとすると獅子神しかツテが無い。俺の手持ちのカードは少ない。だが少ないなら増やしていけばいい。
『若大将、俺は斡旋屋じゃないぜ』
自分で仕事を果たすならいいが、他人の仕事に責任を持ちたくないか。
「なら斡旋屋を紹介して下さい」
『前埜の旦那』
「・・・」
『なあ若大将、悪いことは言わないから素直に前埜の旦那に頼みな。変な対抗心は身を滅ぼすぜ』
「ご忠告痛み入ります」
別に時雨を巡る対抗心から前埜に頼まないわけでは無いが、犬走のことはお世辞にも褒められた理由じゃ無いからな。
本来の俺に求められる職務からすれば、感情なんかばっさりと切り捨て犬走にどんなに恨まれようとも関与させないことこそ求められる。
獅子神はアレで浪花節が好きそうだから事情を話せば協力してくれそうではあるが、そこまで馴れ馴れしくする気はない。彼とはビジネスパートナーとしていい関係を作っていきたい。
「そうですね。朝一からすいませんでした、また今度よろしくお願いします」
『ああ、また今度よろしくな。
お互い無事を祈ろうぜ』
「ふう~」
電話は切れ、俺はままならぬ人生に溜息を吐く。
朝一で行動を開始したが三文の得どころか早くも犬走との約束は守れそうも無くなったな。これから上司へ報告して運動公園封鎖の根回しを行わないといけないが、まさか獅子神の仕事が終わる半月後まで封鎖する理由は流石に思い付かない。かといって上司へ報告しないで半月も放って置いて犠牲者が出たらそれこそ取り返しが付かない。
流石に無関係な犠牲者を出してまで果たすべき事じゃ無い、と犬走を正論で説いたところで下手に希望を持たせた後だけに今更排除したら絶対に暴走する。彼女だけが犠牲になるなら自業自得だろと割り切れるが、下手をすればユガミ退治に乱入してきて此方ごと危険に晒される可能性すらある。
いっそのこと彼女を監禁するか? そんなことすれば彼女のあの気性だ。逆恨み、行き場の無い彼女の怒りは多分俺に向けられる。
そんなことになれば俺のこの手で彼女を始末することになる。
そんなことになるくらいならいっそ俺と犬走で退治するか?
退治は出来ないが犬走を捨て駒にすれば封印する手はある。俺のこの手で犬走を始末するくらいなら、その方が彼女も本懐を遂げられていいのでは?
我ながら怖い考えだ。
つくづくヒーローには成れない。
しかし、どう考えても円満解決な手が思い付かない、ここが俺の限界らしい。
変なプライドは捨て去り、凡人は凡人らしく行くしか無いか。
「・・・っという訳で運動公園にユガミがいることは確実です」
俺はデスクの脇に直立不動の姿勢で椅子に座って此方を見上げてくる如月さんに事件の概要を報告している。俺を見上げる如月さんの顔は真剣いつものお茶目な雰囲気は微塵も無く貫禄すら滲み出ている、端から見れば女主人と忠犬という感じだろう。
俺は獅子神との交渉が失敗に終わると、そのまま特に次善策を講じることも無く真っ直ぐ警視庁に赴き上司である如月さんを訪ねた。幸い在席だったので、俺は公安99課のフロアに行き事件の報告を行っている。他のフロアだったらこんな話をオープンな席で話して聞かれるわけにはいかないが、幸いここはそういうことを仕事にしているフロア、遠慮無く魔とか中二病くさい単語を並べられる。
わざわざ話し合う雰囲気が醸し出される会議室に移動する必要は無いのは都合が良い。っと言ってもこのフロア、席は十数人分有るがいつ来ても席はほとんど空いていて、多くて二~三人を代わる代わる見る程度で他人に聞かれる心配はほとんどない。
犬走のことは流石にキスの件は伏せたが、その他のこと親友の復讐の為にユガミ退治に参加したがっているとか何とかその場で適当に約束して宥めたとか、概ね事実通り伝え終えた。
「分かりました。しかし君もよくよく魔と縁がある子ね。歴代最速で実戦経験を積んでいくわね」
「出来る上司としては労いたくも成りますか?」
俺には似合わないのは分かっているが、可愛くねだるように言って甘えを匂わせておく。
「ざ~んねん、その上司はもっと忙しいの」
ちょっと砕けいつもの親しみやすい如月さんになる。
「部下に弱みを見せるのは良くないですよ」
「いいじゃない。おねーさんだって愚痴りたいんです」
そういえばこの人は幾つなんだろうな?
俺よりは年上だろうが、ここで疑問をそのまま口に出すほど俺は愚かじゃ無い。女性の歳は知らない聞かない方がいいのは世の真理。
「そうですか。
ではこれで報告を終わりますでの後の処理はお願いします」
自然に澱む無く当然のようにこの台詞を吐く。
これが獅子神に断られ俺が取った苦肉の策とも言える最終手段だ。無能な部下から優秀な上司への丸投げ。何の提案も意見も持たず事実の報告だけをしてしれっととんずらする。確実に評価が下がる行為だが、犬走の恨みの評価が上がるよりはいい。
「分かったわ」
拍子抜けするほど想定した返答集の中で最高の返答が返ってきた。もしかして俺以外の退魔官が就任したのか? 兎に角上司の気が変わらないうちに目の前から消え去ろう。
「じゃあ一等退魔官果無 迫に命じます。何とかしなさい」
「ちっやっぱりそう来たか」
「当たり前でしょ」
やっぱりこの若さでここまで出世することだけ合って甘くない。話しやすい雰囲気で部下に報告を洗いざらい吐き出させておいて、親しみやすい態度のままに親しみなど感じない命令をしてくる。
「大変な部下を労う意味で仕事を引き受ける気にならないのですか?」
「貴方なら出来ると私は信じているわ」
優しいお姉さんの雰囲気で中身は何処ぞのブラック企業の幹部と同じ事をぬけぬけと言う。
「ならせめて犬走の件くらいフォローして下さいよ。無能な部下のフォローこそ上司の仕事でしょ」
「そのくらい自分で考えなさい」
めっと俺の額を人差し指でちょんと突く。
可愛くされたって俺は誤魔化されない。
「分かりました。なら前埜系列以外の旋律士の手配をお願いします。それで万事丸く収まります」
さあ部下が上司に提案して助力を願ったぞ。
「嫌よ~。そんな都合良く動いてくれる旋律士がいたら私の方こそ紹介して欲しいわ」
「なになに、その人が新しい退魔官なの?」
ああ言えばこう言いやがってと怒りが爆発しそうになった俺達の会話をいきなり断ち切り割って入ってきた。
「ゆッユリ!?
どうしてここに」
如月さんが見る先には女性がいた。
藍色掛かった黒髪のおかっぱの腰までと届くストレートヘヤー。日焼けしたことなど無いかのようなきめ細かい白い肌。
見た感じではいいところのお嬢様って感じの女性だ。
「ええ~如月さんがこの間の仕事のし・・報告書持って来いって言ったんじゃない。
折角持ってきたのに~」
見たところ俺と同い年くらいの女性で体付きは既に完成された女性の域に達しているが、軽いというか何というか時雨より女子高校生らしい。そもそも仕事の話に割り込んでくるなと言いたい。
「如月さん彼女は?」
「ああ果無君は初めてだったわね。
彼女は六本木 ユリ、一応旋律士よ」
おいおい、先程の台詞は何だったんだ? 旋律士がいるじゃ無いか。
「私は果無 迫 一等退魔官。
これから仕事を一緒にすることもあるでしょう。よろしくお願いします」
まずは焦らずガッツかず、落ち着いた雰囲気で出来るビジネスマンを演出する。
何かソリが合いそうも無い予感がしないでも無いが、別に彼女にしたいわけじゃ無い。仕事は仕事と割り切れるのが俺のいいところだ。
「ね~ね~何か旋律士の手配で困ってるんでしょ。どう私を使わない?」
いきなり売り込みかよ。図々しいと想わなくも無いが、まあ仕事に意欲があると思えば好意的にも取れる。
「ゆっユリ」
「それは願っても無いことですが、どうなんです如月さん?」
願っても無い提案、飛びつきたいがどうも上司の如月さんの反応が思わしくない。誰も使わせない秘蔵の戦力なのだろうか? 上司のいらぬ反感も買いたくない、一応お伺いを立てておく。
「この子はね~ちょっとした問題があるのよ。
でもいいかもしれないわね。貴方が如何に恵まれているか知るいい機会かもね」
「どういう意味です?」
俺が恵まれている?
何処が?何が?
「親の心子は知らずって奴ね。
ユリを使うことに反対はしないわ。但し無理はしないでね。危ないと思ったら全力で逃げなさい。な~に若い内の失敗なら取り返しが付く」
何を言っているんだ? 囮で呼び出して旋律士で浄化するだけの簡単なお仕事。
っと思っていた俺、この後仕事というものを如何に舐めていたか思い知るのであった。
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