第101話 競り

『A班配置につきました』

『B班配置につきました』

 覆面捜査用にワンボックスを改良した指揮車の中工藤が無線で各員と連絡を取り合う声が響く。

「果無警部、全員配置につきました」

「了解した。工藤警部補はこのままここで後方支援。俺に何かあった場合は指揮を引き継いで下さい」

「了解です。お気を付けて」

 工藤に見送られ俺は指揮車の後方ドアを開けて外に出る。外には20名ほどの刑事達が待っていた。これに俺甲斐獅子神の三人を足して正面から乗り込む。

「行くぞ」

「「「はっ」」」

 俺達は曲がり角から出て首部食肉センターの正面入口に真っ直ぐ伸びる道路に出る。延びる道の先には正門そして平屋工場が見える。大きさ的には中型スーパーほど、典型的な中小企業で加工した肉を契約したレストランなどに卸していることになっている。

 車二台分ほどの道路を俺は三歩先頭を歩き、その後に20名のほどの刑事達が道幅いっぱい横陣で付いてくる。完全に道路を塞ぎ工場から出るものを一人として逃がさない意思表示である。

 俺達が入口まで来ると慌てて守衛が出てくる。

「ちょっちょっと何何だね貴方達は」

 厳めしい面男達がずらっと歩いてくる様子は映画のヤクザの出入り、その前に立てるとは守衛の胆力はただもんじゃ無い。普通なら逃げるか警察を呼ぶ、まあ俺達は警察だが。

「警察だ。今からここを立ち入り検査する」

「そっそんな話は聞いてない」

「当たり前だ。立ち入り検査を事前に連絡するわけないだろ」

 癒着していれば事前連絡があって、準備万端ようこそ合格前提検査というのは多々あるが、今回は正真正銘の立ち入り検査という強制捜査。

「兎に角ちょっと待て、今社長に連絡する」

「確保しろ」

 慌てて守衛所に戻ろうとした守衛に刑事達が飛び掛かり拘束する。仲間に連絡されて逃走や証拠隠滅などさせるものか。

「騒ぎを嗅ぎ付けられる前に行くぞ」

 二人の刑事が守衛を拘束して守衛室に放り込んでいるのを尻目に残りの俺達は工場の玄関に向かう。正門から20メートルくらいしか離れていない玄関に向かう中、敷地内にある来客用の駐車場にはそれなりの車が何台か止まっているのが見える。

 お客さんがいるのか、思わぬボーナスかもな。

 ザッザッ、20人も揃えば足音もそれなりに響くものだが、工場側に気付いた様子は無い。あくまで中小の冴えない工場を装うため守衛を一人しか見張りとして置いてないのが徒となったな。

 妨害も無く俺達は玄関に入り込み、靴を脱ぐこと無くズカズカと上がっていく。ここまでして何も無かったらどう責任取らされるんだろうな。

 それでもだ、工場が視界に入った時から記憶通りの風景が広がる。右手に事務所へと続く廊下があり、正面には玄関と実際に物を作るフロアを区切る少しくすんだ白塗りの壁、そしてフロアへと続くスチール色のドア、工場の内部も記憶が間違いでないことを俺に証明してくれる。

 後はあの扉の向こうが記憶通りであるかどうかだが、ここまでくれば信じて扉を開くしか無い。

「甲斐捜査官、5人連れて事務所を抑えて下さい。データを消去させるなんてヘマはご免ですよ」

「先輩に向かって言ってくれるが、本当に大丈夫なのかただの工場じゃないのか?」

 甲斐が拍子抜けしたように辺りを見るが、それはあの扉の向こうを見てから言って欲しい。それに逆に言えば、抵抗がないのはどこからも情報が漏れること無くこの強襲が上手くいっている証拠でもある。

「責任は俺が取る。それと抵抗するようなら銃の使用を許可する」

「そこまで上が腹括っているなら下は従うっきゃないでしょ。

 行くぞって、事務所何処?」

「そっちだ」

「じゃあ、そこの端から5人来い」

 俺が指差す方を疑いもせず向かって行くその背に無能で無いことを祈る。まあ無能なら五津府へのカシ一つとなるから、それならそれでもいい。

「さて、これからが本番だ。

 ドアを開けてくれ」

「はい」

 近くにいた刑事に外開きのドアを開けて貰うと、一気に雪崩れ込んだ。


 食品工場だからだろうか内部はエアコンが効いていて快適な暖かさだった。

 元は食肉を運ぶためのものであろうベルトコンベアには裸にされ手枷を付けられた人間達が立たされクルクルと運ばれている。10人くらいで、男も女も青年も中年もいる。

くるくる回るベルトコンベアを囲むように数人の背広を着た男達がいて、裸にされた男女を工場製品の品質管理のようにチェックしている。

 ゆっくり回るベルトコンベア、背広を着た男達は時々回る男女の肌に触ったり抓ったりして反応を見て、唸ったり笑っていたりしている。

 狙ったわけでは無いが手柄を上げるには最高のタイミングで、時雨さんやキョウには絶対に見せられないタイミングだったようだ。

 今日は各地で攫ってきた人間達の競りを行う日らしい。背広を着た男達は、裏の医師だったり裏AV監督、果ては政治家だったりする。臓器移植にスナッフビデオ、変態相手のお人形と、どうなっても構わない人間の需要は尽きない。こんな人間の闇、見たら時雨さんやキョウの心が穢れてしまう。

「なっなんだこれは」

 刑事の一人が唖然としたように呟く。

「警部はどうやってここの情報を仕入れたんだ? 地元の俺達は全く知らないぞ」

 田口は別の意味で呆然と呟いている。

 ここは廻率いるシン世廻の資金源であり実験を進めるための拠点の一つ。人目を引かないようにひっそりと行われる競り。その試みは上手くいき、尻尾を掴まれるどころか噂になるような目撃や証拠すら残すこと無く続いている。

 それが物的証拠も証言も飛び越えて、まさかクイ男の養分にされた後悔の記憶から発覚するとは思わなかっただろう。いや案外廻が言うように世界は廻っていて因果が廻ってきたのかも知れないな。

 俺が見た後悔の記憶、それは元この工場の社長の記憶。時代の流れに取り残されてどんどん傾いていく経営、どんどん積み上がる借金。このままでは家族を守れないと差し出された悪魔の手を握ってしまった。だが男は良くも悪くも善にも悪にも成り切れない普通の人間だった。工場を買い取られた社長は最初こそ金のためと割り切っていたが、段々と耐えきれなくなりクイ男の養分として処分された。クイに刺され、その記憶を垣間見ることで俺はこの工場の存在を知った。

 捜査もしない物的証拠も証人も何も無いこんなの、まともにやれば裁判所の許可など絶対に降りない、逮捕できても起訴は出来ない可能性すらある。

「なっなんだお前達は!」

 俺の思考を断ち切り背広の男達の周りに控えていた作業着を着ていた数人の男達の一人が誰何してくる。

「警察だ。今からここを強制捜査する。大人しく逮捕されろ」

「けっ警察だと。そんな情報どこからも・・・」

「警察だと。裁判所の許可は降りているのか?」

 背広を着た男達のほとんどが顔を真っ青にしているなか、恰幅のいい男が怯えるどころか上から尋ねてくる。見たことあるな、代議士の川崎か。

「降りてないだろう、私の所にそんな情報は来てないからな。

 違法捜査では私は逮捕できないぞ」

 この期に及んでこの強気に出れる図太さは尊敬に値するが、裁判所と違法な情報ルートがあると自白しているようなものだぞ。

 突入してきた警官達が一斉に不安そうに俺を見る。

「お前が指揮官か、随分と若いな、この暴挙は刑事ドラマの見過ぎか?

 階級と名を名乗れ、この責任取らせてやる」

 恰幅良く高い仕立ての背広を着て後ろに秘書だか護衛だかの男を従えてお抱えのメイクアップアーティストが仕上げたダンディーな顔の男が堂々と言うと、まるで俺の方が犯罪者のような気分になる。

「果無 迫、一等退魔官」

「退魔官?」

 川崎だけで無く俺が率いてきた警官達すら顔に困惑が浮かぶ。だが、作業着を着た男達の顔には更なる緊張が刻まれる。

「ぷっ、なんだそれは聞いたことも無い、子供の妄想か?」

 少し噴き出してしまったが後は大人の貫禄を見せようと笑いを堪えつつ川崎が完全に此方を見下したように言う。

「あんた意外と小物なんだな」

 此方も負けじと小馬鹿にしたように言う。

 警部で無く退魔官という裏の官職を名乗ったのは川崎の底を探るため。そして退魔官の存在を知らない時点でこの男は敵になり得ないと判明した。

「なっなんだと」

「魔に関しては全ての法より退魔官の判断が優先される。

 元々こちとらお前みたいな小物の首を取りに来たんじゃない」

「なんだとっ、その言葉こう・・・」

 川崎の怒りに染まった台詞を掻き消す銃声が轟く。

「ぎゃああああ」

 川崎の背後で腰に手を当てた作業員が崩れ落ち、俺が抜いた銃口から硝煙が立ち上っていく。

「きっきさま警官のクセに警告無しで撃ったのか、これは大問題だぞ」

「心配するな、発砲許可は下りている」

 俺は言いつつ更に引き金を引き、逃げようとした男が崩れ落ちる。

 床に倒れる二人の男から血溜まりが広がっていき、川崎を含む背広を着た男達だけで無く引き連れてきた刑事達すらどん引きしているのが分かる。

「動くな。動けば敵対行動として容赦なく撃つ。

 大人しく両手を頭に乗せて膝を付け」

 人を物のように扱うような奴らを撃つのは心が痛まなくていい。仮に死んでも責任なんか取る気もない。

 容赦ない俺に顔を青ざめほとんどの者が両手を頭に挙げ膝を突くなか、俺の死角に回り込んでいた作業員の男が銃を抜くより早くその顔面に拳がめり込む。

「はっは、お前いい根性をしているな気に入ったぜ。これはサービスだ」

 獅子神が獲物を喰らった獅子のような笑顔で言う。単に暴れたいだけなんじゃ無いかとも思うが、いつの間にか俺の死角をフォローしてくれた手腕は侮れない。

 いい買い物かも知れない。俺は前埜には嫌われてなかったようだ。

「それは感謝します。

お前達何をぼさっとしているさっさと確保しろ」

「はっはい」

 刑事達は我に返り降参した男達に手錠を掛けていく。

「田口さん、ここを任せて良いか?」

「はっはい。果無退魔・・警部はどちらに?」

 俺のことを退魔官と呼ぶには躊躇いというか、歳からか気恥ずかしさがあるようで、その気持ちは理解できる。

「地下だ。ある意味ここの本命だ。

 獅子神さんは俺の護衛として付いてきてくれ。

「OK」

 俺は工場の一角にある階段に行くと、非常灯が照らす地下に降りていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る