第102話 人の思い人の思い出

 階段を降りきると左右を機械に圧迫され真っ直ぐ延びる廊下に出た。

 蛍光灯が照らし出す廊下自体は幅二メートルくらい、その左右にある大型のメーターが並ぶ制御盤から繫がるタンク等からはパイプが飛び出し天井を血管のように這い回りやがてまとまり貫き上の階へと伸びている。

 空調、コンプレッサー、予備電源、チラー、左右の機械に視線を交互に向けつつ進めていくと20メートルほど延びる廊下の先には薄汚れた壁があり錆浮かぶドアがある。彼方と此方を区切るドアの彼方側には何が隠されているのだろうか?

 期待に震えるより恐怖に身震いする。

「どうするよ、若大将。俺が先行しようか?」

 左右にある設備の影に残党が潜み、奇襲してくる可能性は高い。俺では左右からの奇襲に対応出来なくても獅子神なら余裕でこなせそうだ。

 俺と獅子神、見た瞬間にどちらが強者であるか分かる。たった一回の奇襲のチャンス、雑魚を潰しておくか強者を潰せるかに賭けるか、そんなの襲う側の心次第。だったら、俺が奇襲された時にフォローして貰えるように後ろにいて貰った方が良いか。

 俺は獅子神をフォローできないが獅子神は俺をフォローする。アンフェアだが、そもそもその為に金を出して雇った雇用関係、友達でも仲間でも無い。

「俺が先に行きます。フォローを頼みます」

「OKだ」

 了解の返事と共に俺は銃を抜くと前方に適当にばらして三発いきなりぶっ放す。真っ直ぐ廊下の先、薄汚れた壁に真新しい弾痕が三つ穿かれる。

「おいおい、いきなり何とちくるってんだ!?」

「いや、透明になって待ち構えている奴がいると困るので、まあ杞憂だったようですが」

 何でもありの魔だ、この程度の警戒は当たり前だろうに何を専門家が驚いているんだ?

 俺は五発排出、五発を詰め直しリロードを完了すると、一気にダッシュした。

「はあああ?」

 ぐんぐん加速し、ぐんぐん迫る壁、獅子神が呆れている内に俺は壁に激突する勢いで到達し、どんと壁に蹴りを入れて停止した。

「ふう」

 突飛な行動に対応できなくて襲われなかったのか、潜んだ敵などいなかったのか、まあ無事に俺は目的地に着き。獅子神もほどなく辿り着いた。

「若大将、事前に一言言ってくれ」

 獅子神は呆れ混じりに言う。

「それじゃあ意表が突けない」

 俺は壁にあった部屋の明かりのスイッチを押す。意表を突くことに拘り暗闇に突入する勇気は無い。薄汚れたドアの上に付いている曇りガラスが白くなり内部に明かりが付いたことが確認できた。

「うげ、素人が一番怖いという意味がよく分かったぜ」

 獅子神は溜息交じりに言う。

「その年で勉強できたんだ良かったな。

 いよいよ本番、フォロー頼みます」

 ドアのノブを握る俺の掌に汗が滲む。

「今度はセオリー通りで行こうぜ」

 そこまでセオリーにプロが拘りたいというなら、素人は従うべきだろうか?

「分かりました」

 返事をすると同時にドアノブを離して一歩飛び下がる。銃で蝶番の部分をぶっ飛ばすとドアをドンッと蹴り破った。

「うなっ」

 あんぐりする獅子神。ん? 映画とかでよく見るが、これが突入時のセオリーじゃ無いのか? そもそもセオリーと言われても俺は何の訓練も受けていない生き残って磨き死ねば終わりの実戦派。

 そしてまだ俺は死んでいない、死んでいないなら間違ってはいまい。俺は開いたドアからそっと頭を出して内部を見る。

「なっなんだこれは?」


 白熱灯が淡く照らす出す打ちっ放しのコンクリートの壁に天井、ガランとした部屋の中央にベットが置かれている。そのベットには薄いシルクの布が掛けられ少女が寝ている。

 ショートのおかっぱにしたブラウンの髪、日に焼けたことなど無いかのように染み一つ無い磨き上げた人形のような肌、いや少女の人形なのか?

 端正に整った顔の少女の朱の挿す目は見開かれたままに上を向いている。それでいて騒音を撒き散らし侵入してきた俺達に反応する様子は無い。

 無視しているのとは違う、意思がまるで感じられない本当に反応していないのだ。

 だが、よく見ればシルクが張り付き形が浮き出るその薄い胸が僅かに上下しているのが覗える。

 呼吸をしている?

 生物なのか?

 人なのか?

「おい、どう思う若大将」

 反対側に周り内部を覗き見る獅子神が問いかけてくる。

「そうだな」

 安易に考えれば愛玩用の少女だが、それをわざわざ地下に保管している意味が分からない。それにあんな無反応ではネクロフィリアくらいしか需要が無いだろう。いや、ニッチ産業を狙ったネクロフィリア用の愛玩具? それともそういう趣味の有力者用に用意したプレゼント? 何をしたか知らないが、心を殺して肉人形に仕立て上げた?

 考えがそっち方面に拘り過ぎだな、別のアプローチをしよう。何をしたか知らないがと思ったが、俺はつい最近昨日だが心を殺され掛けたじゃ無いか。つまり、絶悔。

 絶悔の実験に使われた?

 いやいやこれも飛躍、単なる別の実験の結果副作用で心が死んだ?

 ならその実験とは何だ、碌なもんじゃ無いことだけは確かだが何を求めた?

 捻って考えれば色々と思い付く答えもあるが、所詮推測、どちらにしろ確かめなくて先に進まない。理系に生きる者として推測の次は実証有るのみ。

「獅子神さん、ちょいと行ってあの布を取って貰えませんか?」

 俺は少女の上に掛けられた布を指差しながら買い物を頼むように気軽に言う。

「俺が?」

 獅子神は心底嫌そうに言う。

「美少女の裸を見れるんですよ、役得じゃ無いですか?」

 そういえばあれは少女なのだろうか? 美少年という線も捨てきれない。

「俺を幾つだと思ってるんだ? 完全にストライク外、ボークだ」

「だったら、なおのこと気にすること無く剥がせますね。残念ながら俺ではギリギリ入るかも知れません」

 俺はまじめに言う。

「寡黙そうでいてああ言いえばこう言う。まあしゃあねえ、スポンサーだ。フォローは頼むぜ」

「善良は尽くしますが、素人なのであまり期待はしないで下さい」

 俺の援護射撃では的のでかい獅子神の背中の方を撃ちそうだ。

「へいへい。下請けは家業は悲しいね~」

 獅子神は猫のように足音一つ立てること無く部屋に滑り込むと、それこそ床の上を滑るように摺り足で少女の傍に寄っていく。

 明らかに猛獣のような大男が傍に立つ。

 それでも少女に反応無し。

 それでも俺は銃口を少女に合わせておく。

 獅子神はニトログリセリンでも取り扱うように滑らかに腕を動かし布を掴む。そして俺の方を見る。対して俺は頷く。

「ふんっ」

 手品師のショーの如く布は取り払われ、一気にその下の者が晒される。

 第二次性徴が始まるか始まらないくらいの少女でも少年でもない中性的な体。

 大砂漠の如く、なだらかな流線が織りなす美の裸体。

 やっぱり人形かと錯覚するほどに少女に反応は無い。

「無反応。人間爆弾とか助平を誘い込む魔とでも思ったが、本当に肉人形か」

「断言はまだ早いですよ。病院に運んで専門家に調査して貰いましょう」

 ふう~それでも気が少し抜けた。そして、抜ける気と共にこの少女をどこかで見たことがあるような気がした。

 俺も少女をもっと観察しようと部屋に入り、つかつかとベットの傍まで近寄っていく。

 その瞳に天井だけが映り込む少女の横顔を見つつ、やはりどこかで見た記憶がもやもやとしてくる。

 もっとよく見るか。

 この気持ち悪い引っ掛かりを抜き取る為顔を近づけていくと、少女の頭がぱたんと倒れてあか~い目と合った。

「あなた、それちょうだい」

 音色は美しくマシンボイスのように抑揚が薄い声が響く。

「なっ」

 迂闊だった。慌てて離れようとする前に少女の手がすーーと伸びて俺の胸倉を掴む。ぐいっと少女の顔目前まで引き寄せられる。

「ねえ、それちょうだい」

 少女の吐息に擽られるが、官能に浸る余裕は無い。

 ぐっぐ。

 早計、どこが愛玩肉人形だ。魔だ。俺の半分の太さも無い腕が振り切れない。どうやらこの少女初手で雑魚から潰しておくタイプだったらしい。

「ねえってばあ」

「ぐあっ」

 少女は起き上がっていき俺の体も持ち上がっていく。まだ力が高まるだと!? それでいてまだ本気じゃ無い、手加減してい感がある。

 多分その気になれば俺なんかサクッとリンゴのように握り砕くことが出来る。

「ちい、暫く堪えろ」

 獅子神はアメリカンクラッカーのような鋼線で繋がれた鉄球を取り出す。

 ここで下手な刺激は俺の死に繫がると、冷静に旋律具を出す。

 いい判断だ、俺でもそうする。

 不用意な一撃は、俺の死を招く。

 だが必殺の旋律を奏でている内に俺が潰されてしまいそうだ。そして俺ならそうなったらそうなったらで仕方がないで終わらせてしまう。だってそうだろう、俺と獅子神の間に有るのは金の契約、そこに情は無い。俺が望んだドライな関係。

「ねえ、早くちょうだい」

「なにおだ」

「ここにあるもの」

 少女は俺の左胸に手を添える。そのまま握るだけで俺の心臓ごと肋を砕かれる。

 握る前に何かしろ。

 握る銃を見る。

 そもそも銃が効くのか? 魔人なら効くかも知れないがユガミなら刺激してうっかり心臓を握り潰されかねない。

 だが獅子神を待っている余裕はなさそうだ。待つ死より行動する死を。

 覚悟を決めようとする寸前、霞んでいた頭の霧が晴れた。

 俺に干渉するなっ。

 拒絶したいが、俺は銃口を向けるより口を開く。

「俺を殺せば手に入らないぞ」

 ハッタリだ。何を欲しがっているか全く分からないが、ハッタリが効けば取り敢えず殺されない。

「そうなの」

 小首を傾げる姿は子犬のように可愛いが行動は狼の如くしゃれになってない。

「そうだ」

 物理的な物俺の心臓で無いことを祈り信じて、断言する

「どうすればいいの?」

 朱の射すその瞳、邪気などない無邪気で純粋な瞳が俺を見る。

「さあな俺にも分からない。

 簡単には手に入らないから宝物、自分でよく考えてこその宝物だ」

 どっかのセミナー講師の甘言のような台詞を吐くが、説得力はあったようだ。

「そう。そうするわ」

 そう言うと少女は目を瞑り糸の切れた人形のように突然力が抜けた。急な力の喪失に対応できず俺は後ろに倒れ込んでしまった。

「大丈夫か」

「ああ」

「今のうちに殺すか」

 言われて俺は俺の胸に枝垂れ掛かる格好となった少女の顔を見る。

「いい。彼女は人間だ、出来れば殺したくない」

 抱き抱える俺の掌に吸い付く少女の肌からは、温もりが伝わってくる。

「そうか」

 彼女はここの元社長の娘。彼女は何らかの実験で魔の存在となった。こんなことを思い出した、いや思い出さされたおかげで引き金に躊躇いが生まれた。

 ここで殺してしまうのが情けとも判断するが、それは胸が少し痛む。この痛み俺の痛みか俺に吸収された元社長の後悔の心なのか。

 俺の心が誰かの干渉を受ける。それは許せないことだか、なぜか今はこの干渉される感傷に浸るのも悪くないような気がする。

 俺は胸の中で眠る少女の頭を俺のでは無い思い出に溺れて優しく撫でるのであった。

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