第100話 チャンスは突然に

 ロビーを抜け、玄関を出ると、田口を先頭に警察官が整列して待っていた。

 この光景は意外だった。

「果無警部、精鋭40名揃っています」

 田口が俺を見て敬礼をしつつ報告してくる。

 この人か、何を言って説得したか知らないが、俺への反発と警官としての矜恃で揺れる天秤を傾けたのは。

 情に生きる人は敵に回すと厄介だが、味方にすればこういう計算外も起きる。

「ありがとう」

 一言言うと俺は並ぶ警官達の前に立ち、腹に力を込める。この一声、この一声に力を込められなければ田口のお膳立てが台無しになる。

「悪党をぶちのめす」

 青空に吹き抜ける風の如く清々しい宣言、単純で正義の味方の如き宣言に警官達の毒気が抜ける。

「貴方達を真の警察官真の仲間と思い、今目的を告げる。

 目的地は首部食肉センター、人身売買組織の拠点だ」

 居並ぶ警官達の空気が変わったのを感じた。

「発砲許可は下りている。悪党共に正義の鉄槌を喰らわせてやれっ。

時間を空ければ逃げられる、各員工藤警部の班分けに従い乗車し次第出撃する」

「「「はっ」」」

 俺への反発心など無い使命に引き締まった顔をした警官達が一斉に俺に敬礼する。そしてきびきびと動き出す。

「今から呼ぶ奴は前に出てきてくれ」

 工藤にはある程度事前に伝えてあり、車の手配から班分けなども頼んでおいた。そして官僚気質だけあって実に手際よく仕事を捌いていく。10分も掛からないだろう。

 工藤によって班分けされていく中、田口が近寄ってくる。

「警部、大丈夫なのですか?」

「何がです?」

「いや昨夜杭を胸に打ち込まれてたろ。

 お下げのお嬢ちゃんが踊ったかと思えば杭を消滅させたり、そのまま救急車で運ばれていったり」

 そうか俺に打ち込まれたクイの内半分くらいは時雨さんが払ってくれていたのか。自分一人の力で這い上がってきたと思っていたとは、飛んだ思い上がりだ。

 益々時雨さんへの思いが深くなる。

「警部?」

 突然黙り込んだ俺を訝しんで田口が声を掛けてくる。

「ああ、現場の撤収任せてしまってすいませんでした」

「いやそいうことじゃないだろ。杭を打ち込まれたんだぞ、昨夜入院して今日退院していいわけないだろ」

「寝てたら逃げられます」

 鈴鳴にも呆れられ止められたが、振り切って俺はここに来た。

「へっ」

「勘のいい男です。通常の手順を踏んで万全の体勢を取っていたら逃げられます。

 今、このタイミングしか無いんですよ」

 これは俺にとってもチャンス。人生にチャンスが廻ってくるのはいつも突然で、その時に万全であることなど無いに等しい。伸るか反るか、どこかで無理をしなければ凡人にチャンスは掴めない。

 俺はこのチャンス、怪我程度で見逃せないと賭に出た。

「そうか。俺の警官人生最大のヤマかもな。ベテランの味を見せてやるよ」

 俺の何かを感じ取ったのか、田口も覚悟を決めた顔になる。

「期待してますよ」

 俺も指揮車両に乗り込もうと歩き出すとその前に大男がふいに立ち塞がった。

 二メートル近くある身長に全身に筋肉の鎧を纏ったような大男が声を掛けられるまで接近に気付けなかった。巨体でありながら気配を殺して忍び寄る大型猫科の猛獣のよう男、ある意味ユガミよりも恐ろしい。

40代厳めしい髭面のオッサンが精一杯の愛想笑いをして俺に話し掛けてくる。

「果無警部か?」

 Gパンに派手なシャツの上から革ジャンを纏った姿が様になる。ごつい機械式時計にシルバーがアクセント、マフィアのボスかロックミュージシャン、間違っても警察署を訪ねた善良が市民が道を尋ねたようには見えない。

「そうだが」

「俺は獅子神 劾、前埜に言われてあんたの護衛に来た」

 獅子神はその大きな手では摘まんでいるようにしか見えない名刺を俺に差し出してくる。名刺には陶芸家 獅子神 劾と電話番号 アトリエのHPアドレスが記されている。

「陶芸家?」

 目の前の大男がチマチマ轆轤を回している姿が想像出来ない。仮の身分なのだろうが、もう少し似合った職業にしろと言いたくなる。

「そこそこ名は知れてるんだぜ。興味が有るなら俺のアトリエに招待するぜ」

「興味を持てるかは腕次第だな」

「はっは、口のへらねえ若造だ。だがさっきの演説は良かったぜ。気にいった。

 ユガミや魔人退治だけなんてケチくせえことは言わねえ、俺が全部ぶっ飛ばしてやるよ」

 俺の肩をばんばん叩くのは辞めてくれ、何か地面に打ち込まれている気分になる。

「あんた本当に旋律士か?」

「ああ、どういう意味だ」

「そのまんまだよ。旋律士より格闘家と言われた方が納得する」

「見る目がねえなあ~どう見たって俺は芸術家肌だろ」

「俺の目が節穴であることを祈っているよ。時間が無い一緒の車に乗ってくれ」

「あいよ」

 鬼が出るか蛇が出るか、ただでは済まない強制捜査に俺達は出撃した。

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