第83話 本当に大事なもの

 循環。天に舞い上がり雲になるのが循環なら、雨と成り地に落ちるも循環。

仕事が終わったら速やかに撤収するのが一流、余計な欲を出すのが三流。セクデスを吸収した後、調子に乗って力を使い続けるから俺に戻ってこれる隙を与えることになる。

 あの人雲漂う世界がメタなのか真実なのかは知らないが、今肉体を持つ実態の俺が正拳突きを放つ。こんなもの京が放った蹴りに比べれば蠅が止まるようなもの。廻は軽くステップで躱して横に回り込み手を振う。

「回れ」

 足を払われたように、ぐるっと俺の視界は天地が逆転する。

「理解した。

 回れ」

 俺を起点として廻ごとぐるっと回し返す。

「なにっ」

 俺は地に足を付け、驚く顔で廻は天地逆転する。だが流石は廻、地面に叩きつけられることなく更にくるっと回って着地する。

「僕の力を使うか」

「世界は廻り回る。俺とお前は循環の輪で繫がれし者同士、お前の力は俺のものだ」

「僕には何も与えないのにか?」

「俺は嫌な奴だからな」

 思考感情思い、俺が心が壊れながらも積み上げてきたもの何一つ渡さない。

 京にジャンヌ、そして時雨。俺が壊れた人生で得た友に仲間、そして想い人。何を差し出しても守り切ってみせる。

「ふっふは、面白い奴だ。だが調子に乗っていていいのかな?

君と僕、繫がってはいるが対等じゃ無い。例えるならホストと端末の関係だよ。一部を供給されている端末がホストに勝てると思うな」

「逆だ。余計な機能満載のホストより、必要な機能だけに特化した端末の方が軽いぜ」

 廻が世界を変えるべく培ってきた数々のスキル。投資術、話術、魔術、詐術、美術、武術、帝王学、経営学、経済学、心理学、論理学、哲学、工学、化学、語学、プログラミング理論、そんな膨大なスキルは俺には入らないし入らない、必要なのはただ一つ、魔の力。

「試してみよう」

 廻と俺、同時に前に踏み込む。

 弱者が後手に回ったら飲まれる。俺は左半身のままに右足で大地を蹴って左の追い突きを先制で放つ。

「回れ」

「逆回れ」

「!」

 廻の力を俺の力で相殺、結果何も起きない。力をこう使うとは予想してなかった廻に虚が生まれ俺の伸びる左拳が廻に迫る。それでも才の溢れる廻は咄嗟に内に躱して踏み込むと同時に俺の左腕に右腕を被せて拳を放つ、クロスライト。顎を揺らされる衝撃と共に目にスパークが迸る。

「終わりだ」

 止めの左フック。廻がもし才能の無い奴で才能の無さを努力で突き抜けようとする奴だったら終わっていた。だが如何せん廻には溢れる才能は合っても、死にものぐるいで鍛え上げた拳は無かった。形だけの芯の無い素人の域を出ない拳、精神論じゃ無い廻の拳は廻の全力の威力に耐えられない、砕け散る。それを無意識に感じて廻は一歩加減する、才能があるが故にコンマ何秒の反応で加減が出来てしまう。そんなもので俺の意識を刈り取ることなど出来ない。

「握りが甘いんだよ」

 フックの軌道に合わせて、体を捻って左肘を廻の拳に叩き込む。

「ぐああっ」

 いい感触だ拳が砕けたな。左肘と左拳なら、そう悪い取引じゃ無い。

強者故に知らぬこと、痛いときに痛がったら強者には勝てない。平然と痛みを噛み殺す俺と頭が下がって隙を見せた廻。俺はそこに拳が砕けてもいい覚悟、そんなことを考える余裕さえない全力の一撃を放とうとする。

「廻様」

 ちっ鬼の一体が廻が傷付いた事に怒り俺に向かってくる。廻に攻撃してからでは対応が出来ない。仕方なく俺は鬼の方を向くと、直前にまで迫ってきている槍の如く突き出されてくる爪に合わせて手を払う。

「回れ」

 ぶちぶちと筋繊維が砕ける音と共に鬼の腕が肘から一回転した。

「ぐぎゃああああああああああああああっ」

「はっ」

 くるっと飛んで鬼の肩に降り立つ。

「回れ」

 両手で払えば鬼の首が三回転して千切れ飛ぶ。

 俺と廻、同じ力を持つ者同士だからこそ相殺し合ってただの殴り合いに成るが、相手が廻以外ならこのとおり。

 この圧倒的優越感は麻薬以上の常習性があるな、溺れたら正気には戻れないな。

ゆっくり倒れていく鬼から俺は飛び退き、追撃を加えようとしていた残りの鬼二体を睨めば、鬼が竦んでたじろぐ。

「京ッ」

 俺の叫びにへたり込んでいた京の体がぴくっと震える。

「そこの鬼二体はお前に任せたぜ。

 楽勝だろ」

 俺はニヤッと笑って見せた。

「あっあったり前じゃ無い」

 金縛りが解けたように勢いよく京が立ち上がる。

「ならもうそっちは気にしないぜ」

 俺は京に背を向け廻と再度向き合う。

 こっちだってギリギリなんだ。折角掴んだチャンスも逃してしまい、目の前には既に立ち直った廻がいる。

「君のことを甘く見ていたよ」

 廻はどこか嬉しそうに言う。

「たまたま力だけがある奴が調子に乗るから火傷する」

 この鬼しかり、セクデスしかり、そして廻お前もだ。

「それは君のことじゃないのか。その借り物の力、返して貰ったらどうなるか分かっているんだろ?」

 今の俺は廻から循環する力を受けて動いている。もし廻が循環を止めて俺から廻の力が抜けきったら、俺は空になり元の屍いや死んではいなかったから意識不明の重傷者に戻るだろう。

 そんなことは分かっているが、それは廻にとっても諸刃の剣。

 自らの意思で循環を止めるという行為、セクデスでさえ躊躇った己の魔を裏切る行為の代償は大きいと思い知れっ。

 循環の輪が切れる時、それは一方的に吸い込むだけの渦となる。その時こそ隠し持つ最後の切り札、コンバットマグナムが火を噴く。俺の生命力に鈍り玉をトッピングしてプレゼントしてやるぜ。

 俺も死ぬが廻も道連れ心中。

 心中相手が廻というのが残念だが、時雨さんと心中するよりは何倍もいい。どうせセクデスを相手にして死んでいたはずの俺、最期に時雨さんに会えただけでも冥土の土産には十分。

 何て割り切れるわけないだろう。そう思い信じ込ませなければ立っていられないだけだ。

折角拾った命、出来れば助かりたい。あのセクデスと相打ちに成って触れるほどに感じた圧倒的な無。あれは嫌だ。視界が消え、音が消え、感覚が消え、やがて感じようとする我ですら消えていく。人は無を越えた先に行く事なんて何て出来るのか? 我すらなくなる無、天国なんて贅沢は言わない永遠に苦しむ地獄だって無よりはマシだ。この我だけは失いたくないと心が潰れそうになるほど怖い。

 情けないか。女のために笑って死ねない俺は情けないだろう。ヒーローになれない失格者、こんなんだから人の輪にうまく入れず虐められたのかもしれないが、我が無ければ京を友と思い、ジャンヌを仲間と信頼し、時雨さんに焦がれることも無かった。

「無は怖いぞ。最期だ、僕と成って神を目指さないか?」

 俺の心の弱さを付いてくる最期の選択。

 廻の一部と成るが、一部として我は残せる。無にはならないが、自由意思もない、全ての決定は廻を構成する全体意思で行われる。嫌だと言っても強制される、一部になるとはそういうこと。

 それは我が残ると言えるのか?

 言えるわけが無いだろう。

 同調圧力に屈せられる我だったら人生苦しんできていない。

 我を貫く、それこそが俺の我。

 この我を守る方法はあるか?

 ある、ただ一つ。

 それは友も仲間も想い人も捨てて、一目散に逃げること。

 借金取りが来る前に夜逃げをするが如く、廻に生命力を回収される前に廻の認識領域から魔の力を持って逃げ切ること。そんなこと普通は出来ないが、今の俺は廻の魔が使える、廻の魔なら廻の魔から逃げ切ることも可能、不可能じゃ無い。

 選べ。

 女か?自分か?

 さあさあ、どっちを選ぶ?

 抱けもしない女のため死ぬか後悔を抱えて生きるか?


 すう~はあ~

 深呼吸、世界を廻らせ頭を廻らす。

 頭に登った血が体を廻り冷える。

 俺は何を思い上がっていたんだろう。

惚れた女のピンチの颯爽と現れる、こんな古典王道のシチュエーションに舞い上がっていたようだな。

 俺は世界を救うヒーローじゃ無い。

 凡人だ。


「俺は我を捨てない」

 凡人には全てを掴めない。

「そうか」

 少し残念そうに言いつつ廻は目を瞑り、その目が開かれる前に俺の口が開く。

「いいのか、その選択お前にとっても苦渋の決断なんだろ?」

「何を言っている」

「惚けるなよ」

 俺は隠し持っていた銃を抜いて廻に突きつけた。

「循環途切れれば渦となる。

 よく考えたら俺より頭のいいお前がこの考えに至らないはずが無いんだよな」

 俺にしか思い付かない、それこそが傲慢だった。

「良い作戦だが成功する確率は1割くらいかな」

 廻りがさらっと作戦の検討結果を告げる。成功率10%、これは俺の心を折るつもりで言ったのかも知れない。

「驚いた。お前は野望を一割に賭けられるのか?」

 そう廻ほどの才能溢れる男が、作戦を読んだとしても失敗する確率が一割もある。我ながら凄い作戦を立てたものだ。ガッツポーズを取りたくなるぜ。

「僕が賭けるのか?」

「残念ながらボールはそっちにある。

 お前がやるなら俺は確率がどうだろうがやるだけだ。

 やるかやらないかは、俺じゃないお前が決めるんだ」

 いつの間にか覚悟の選択肢を自分でなく他人に擦り付け、俺は気が楽だ。だが廻りはそうじゃない、野望達成の為の大勝負なら兎も角、こんな凡人相手の小競り合いで一割に賭ける。リスクとリターンが釣り合っていないことを廻が一番感じて苦悩している。

 今この場で廻の苦悩を救ってやれるのは、俺しかいないだろうな。

「投資しないか」

「投資? 何に?」

「俺へのだ」

「はあ」

 あの天才廻にして訳が分からないという顔をさせた俺は天才か?

「俺はお前を知った。これが切っ掛けで俺はお前にとっての敵となり得る可能性が芽生えた」

「普通、そういう芽は早い内に摘むよね」

「刺激が欲しいんだろ?」

「!」

「才だけ合っても、お前の目的は達成出来ない」

 そう感じたからこそ此奴はセクデスをわざわざヨーロッパから呼び寄せた。本当は直ぐに吸収するんじゃなくて、仲間として迎え刺激を与えてくれることを望んだはず。でなければわざわざ苦労して招く必要は無い。ヨーロッパに行って吸収すれば良い。吸収したのはあくまで緊急時の非常手段。

「必要なのはインスピレーション、レボリューション。

 天敵がいてこそ生物が進化するように、そういったものは敵にこそ与えられる。命の鬩ぎ合いこそ、最高のスパイス」

「君が僕の宿敵になり得ると?」

 天に唾する思い上がり、呆れを通り越した顔を廻はする。

 今こうして対等にいられるのは、廻のたった一つの失策に付け込んだ結果に過ぎない。本来ならあの鬼のように瞬殺だろう。

 だが俺はそのたった一つの失策を見逃さなかったとも言える。

「可能性はあるだろ。現に今お前は俺に選択を迫られている」

「ふふっいいだろう。面白い。次に会う時が楽しみだよ。

 だからまずは生き残って見せろ」

 廻は振り返りゆっくりとこの場から去り出す。廻がここから離れていくだけで自然と廻緒認識領域から離れ俺は循環から外れる。その時に俺の中に生きる力が残るかどうかは、俺にとって賭だがな。それでも強制的に循環を閉じられ、力を回収されるよりは生き残れる可能性が高い。

 俺達は誰も一歩も動けない。

 王の退場を見送る民衆のように、俺も京も警官達もただ見送っていた。

 そしてその背が完全に視界から消えた時、俺は最期に時雨さんを見る。俺を見て泣いてくれている。それだけで満足してしまいそうだぜ。

 俺にとって大事なもの、友仲間想い人、己の我。それらの犠牲にしてまで廻の命を欲しいとは思わない。そんな単純なことに気付けた結果がこれ。

 友、仲間、想い人は救えた。後は己を救えるかどうかは俺自身の戦いだ。

 必勝を誓い俺の意識はブラックアウトしていく。

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