第69話 青い目の挑発
「くっく、さてどうするジャンヌ?
こうして立っているだけでお前に封じられた力は戻りつつあるぞ」
セクデスは見せ付けるように握る拳をジャンヌに突きつける。
「下手な挑発ね。何を焦っているのかしら?」
魔を封じるという聖なる歌を封じられた上に1対5、更に加えるならジャンヌの肉体は少女に過ぎず相手は屈強の男達、それでなおジャンヌは上からの態度で挑発し返す。
虚勢か実勢か、ジャンヌの真価はもうすぐ問われる。
「焦ったのは其方だろう?
折角アラン君を囮にして私の動向を掴んだのだ、十分な戦力を整えてから挑めばいいだろうに、何を焦った?」
セクデスも単身ジャンヌが飛び込んできたことに警戒し、罠があるなら探ろうとジャンヌの瞬き一つ呼吸一つ、見逃さず聞き逃さない。
そして数秒セクデスは何かを読み取ったのか口を開く。
「まさか名も知らぬ若造を助ける為とは言わないだろうな」
「まさか」
セクデスの推理にジャンヌは呆れたように苦笑する。
「そうだろう、そうだろう。神の名の下に犠牲を問わず魔を滅してきたお前がそんな情に流されるわけが無いな」
「今更そんなことを言うの」
ジャンヌは呆れたように言う。
「ふむ、己にさえ嘘を突き通せる女とは恐ろしい」
「何を言っているのかしら。貴方、女性の経験が足りないんじゃ無いの?」
感心したように言うセクデスに嘲笑で返すジャンヌ。
「ヨーロッパで数々の死闘を演じてきたジャンヌとの戦いがそんなつまらない理由で終わってしまうとは悲しいぞ。悲しみのあまり、終わってしまうのが惜しくて思わず見逃したくなる。
だが悲しいことに私は臆病でな、勝てる時に勝っておくのが信条。それに確かに私は焦っているのか知れないな。聖女と称えられたお前なら、どんな答えを聞かせてくれるのか待ちきれないぞ」
老紳士然としていたセクデスから鼻が曲がりそうな邪悪な吐息が漏れる。その香りを嗅げば、彼がヨーロッパで何をやったとしても信じられる。
「死とは神の元に帰ること、安らぎこそあれ何も恐れることはない。なのに貴方は何をそんなに怖がっているの?」
ジャンヌは母のようにむずかる子供をあやすように問う。
「そんな建前の言葉など心に届かない、聞きたくない。私はお前の本音が聞きたいのだよ」
「あら本音よ。人は死して神の元に帰る」
ジャンヌは僅かな疑念も混じらない高純度の言葉を返す。
その言葉はもや言霊に等しく、聞く者を等しく己も含め信じさせてしまう。
「恐ろしいかな。だがそれももうすぐ終わり、もうすぐ聞ける。
答えて貰うぞ、死とは何か」
鼠を追い詰めた猫のようにセクデスはジャンヌを見る。
「勝った気になるのは早くなくて。神はその使徒を決して見捨てないわ」
さらりと自然に言い切るジャンヌに疑心は無い。
「はっは、なら神の奇跡とやらを見せてみるがいい。
っん!? 何の音だ」
セクデスはジャンヌの先、坂の上から響く爆音に目を向けた。
「くっく」
舐めていた。真っ直ぐくらいと思っていたが、微妙に狭く真っ直ぐなようで曲がっている山道は少しでも気を抜くと吹っ飛んで左右の木に突撃してしまいそうだ。早速アクセルからは足が離れている、辛うじてブレーキだけは踏んでないというざま。
必死にハンドル操作をする先ではジャンヌとセクデスが何やら話しているようだ。このまま突っ込めば黒服、ジャンヌ、大熊、セクデスアレンとストライクが取れるな。
脅しには丁度いいと愉悦に浸っていると、黒服の一人が屈んだと思ったら、いつの間にやら石を俺目掛けて投げていた。
アドレナリン全開なのか眼前に迫る石の陰影まで見える。
「くっ」
咄嗟に首を振り、砕けたフロントガラスの飛沫を浴びた。
くそっ狙いが正確で助かったぞ。シートの頭の部分には石がめり込んでいる。だが次もこうはいくまい。
「こなくぞっ」
脇置いておいた銃で牽制射撃。黒服二人は次弾を拾うのを諦めて左右の森に退避していく。
なのにセクデス、ジャンヌは逃げない。
このままじゃ本当に轢いてしまうぞ。
ギリッと歯を噛みしめれば、少女を踏み潰した光景がリアルに浮かぶ。
背中に嫌な汗が流れ、右足がブレーキの上に行きそうになる。
そんな覚悟が鈍りそうになる俺とジャンヌの目が合った。
逃げずに立ち止まるジャンヌの青い目が命令してくる。
その青い瞳がブレーキを踏むなと命じてくる。
俺の極限状態による幻覚かと思った。
だが確かにジャンヌの碧眼は俺の視線を逃すまいと捕らえて放さない。
その目は確かにブレーキを踏むなチキン野郎と挑発してくる。
なぜ、ジャンヌが脇に逃げるか俺がブレーキを踏むかのチキンレースをしなくてはならない?
俺は気力を振り絞り魔眼の如きジャンヌの視線を切った。
「はっ」
息を吐きクールに冷やした頭で全体を俯瞰する。
そして悟った。
「いいだろう、その賭けに乗ってやるぜ」
ジャンヌに命令されたからじゃ無い、俺がその方が嫌がらせになると己で判断したからだ。
俺はブレーキで無くアクセルを踏み込んだ。
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