第68話 ベタ踏み

 ぶんっと唸りを上げて振り上げられたジャンヌ、並みの少女なら目を回してしまいそうな遠心力に逆らい叫ぶ。

「舐めるなっ」

 太股に括り付けておいたナイフホルダーからナイフを引き抜く動作で躊躇うこと無く大熊の目目掛けてナイフを放つ。

「くっ」

 バイクを受け止める大熊も目を庇うべく僅かに取った防御行動、その僅かな隙に全身の筋肉を躍動させドリルの如く捻って大熊の握力を振り切った。

「見かけに騙されたわ。ただの人間だったのね貴方」

 飆の如くぴたっと地面に難なく着地するジャンヌとそれを素早く包囲するセクデス達。上から見るとその包囲に隙が無いのがよく分かる。

 おおっ凄い凄い昔見たスーパーヒロイン番組みたいだ。っと成るとやはりジャンヌは悪の幹部セクデスを倒すべく活躍する正義の味方なのか? まあ、美少女が正義と思うのは偏見、それとも本能? 案外、悪の組織対悪の組織が正解なのかも知れない。

 まっ今はどうでもいい。

 姿を消し気配を消し、意識がジャンヌに注がれる中俺は山の頂上を目指して登っていた。普通に下に向かったり森の中に逃げ込むことを考えたが、俺が予想が正しければこの先にいい物があるはず。

 下に注意を向けつつ坂を登り切ると、木々に囲まれた家一件分くらいの空き地が開け、「予想通り」と思わず声に出してニヤリとしてしまった。

 セクデス達は頂上の方から来た。っということは本来頂上で俺が連れてこられるのを待っていたはず。そして奴らが幾ら人外とはいえ小山をえっちら仲良く登って頂上まで歩いては来ないだろうと思っていたが、予想通りワンボックスカーが駐められていた。

 窓から車内を覗くと、悪人は自分が盗まれるなど露も思わないのか、直ぐに逃走出来るようにかは知らないが鍵が挿しっぱなし。直結する手間が省けた。

 後部座席には特にこれといった物は置いてない。銃とか置いてあったらと期待したが、其処までは上手くいかないか。車があるだけで上等、ありがたく使わせて貰おう。

 奴らの足を奪って逃走する。俺に逃げられた後、奴らがとぼとぼ山を下りていく姿を想像すると、何だか気分が愉快になってくる。

 敵を倒すなんて派手さは無いが、じわじわとくるいい嫌がらせ、それでこそ嫌な奴よ。

 ドアを開け運転席に乗り込む。

 ぱふっと体を包み込むような座席、オプションの最高級シートは伊達じゃ無い、なかなかにいい。彼奴等悪党のくせに金もってんだな、いや悪党だから金を持っているのか。

 金は悪党の回り物。善人じゃ大金は掴めないってね。

 上手く逃げ切れたら売り払って学費の足しにしたいが、きっと足が付くんだろうな。乗り捨てるが吉か。

「ふうっ」

 シートに体重を沈め息を吐いてリラックス。

 ここまでは順調として残る問題はただ二つ。

 一つは、俺って免許持ってないんだよな。今時と言われそうだが、苦学生を舐めるなよ。それでももう少しで資金は貯まる予定だったんだ。免許さえ有れば、時雨さんをドライブに誘って、山とか海とか夜景とか普通の恋人がするようなことをしてみたいぜ。

 まあ、それは未来の楽しみとして。

 こっちがアクセル。こっちがブレーキ。これがシフトレバー。

 ゲーセンで遊んだこともあるし、マニュアル車でもなければ走らすくらい出来るだろ。

 となるともう一つが問題か。

 頂上の反対側に抜ける道は無く、この車を奪って逃走したければ、あの化け物共が暴れる戦場を真っ直ぐ突っ切って行かなければならない。

 あの化け物共なら俺が車という力を得て互角かも知れない。

 安全を取るなら車を降りて反対側の森を突っ切って山を下りるのがいいかもしれない。




「はっ」

 弱気弱気、逃げるな。嫌な奴を目指したんだろ、時雨さんの傍にいたいんだろ。

 だったら、この程度の嫌がらせできなくてどうする?

「それじゃ、果無 迫、行くぜ」

 アクセルを踏んだがいきなり後輪が唸りを上げ車体が揺れた。

「そうか、サイドブレーキ、サイドブレーキ」

 俺は少々熱が上がった顔が醒めるのを待って、サイドブレーキを解除した。

「今度こそ行くぜ。立ち塞がる奴はセクデスだろうが鬼だろうが巨人だろうが、例えジャンヌだろうが、跳ね飛ばして押し通る」

 その覚悟無くして凡人の俺が化け物共と戦えるわけが無い。

 覚悟を込めてアクセルをベタ踏みした。

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