case3. 根無し草の花泥棒
「泥棒?」
素っ頓狂な声を上げた僕に、先輩は頷いて煙草をふかした。
「泥棒ってことは、盗むんですよね? ……オブジェクトを?」
「あぁ、そうだよ」
先輩は煙草を咥えたまま、ついさっき届けられたオブジェクトのサンプルを手にして観察記録をつけ始めた。
その手に握られている綿毛のたんぽぽは、まだ番号のつけられていない収容されたばかりのオブジェクトだ。
簡単に輸送されたということは、危険性の低いものなのだろうか。
「まぁ盗むったって、収容されたオブジェクトではないけどね。初期収容の段階で盗みを働く奴がいるんだよ」
「いるんだ……って、何か常習みたいに聞こえるんですけど……」
「あぁ常習だとも、あのくそったれ」
先輩は舌打ちをしながらそう答える。
オブジェクト泥棒なんて、物好きというか命知らずというか……。
正直、新人職員の僕には想像出来ないことだ。
「でもそんな……常習なら、盗難記録? とかってあるんじゃないですか?」
「いや、今のところは〝財団が泳がせている〟という体でなあなあになってる」
「放っといてるってことですか!?」
「ニッソや東弊とは違うってことさ。敵対心を持ってる奴じゃないから」
煙草の灰を落として、また深く吸って、細く煙を吐き出す。
先輩は煙草が似合う人なので僕はその動作をよく眺めているが、実はこのラボは禁煙だ。
ラボの責任者は先輩なので普段からガミガミ言う人はいないものの、たまにやってくる他部署の博士達の大半は顔をしかめる。
世知辛い世の中になったもんだ、なんて先輩はよく言っているけど、僕としても体は大切にして欲しいし、禁煙しないんですかと何度も言ってはいる。
まぁ、その結果がコレだけど。
「財団への嫌がらせでないと……盗んで得するようなものでもあるんですか? オブジェクトですよね?」
「あのくそ野郎の趣味なんて知らないね」
(……ということは、趣味で盗んでるってことか)
収集癖が原因のオブジェクト泥棒? と考えてみても、現実味は全然わかない。
そもそも、それなら財団に入って収容プロフェッショナルになればいいじゃないかと思うけど、そうはいかないんだろうか?
と、僕は手に持っていたファイルを棚に戻しながら首を傾げた。
「ん? でも先輩、初期収容時に盗む……ってことは、その泥棒って財団の動き把握してるってことになりません? 居合わせてるってことですよね?」
「元蒐集院のくそ野郎だからどうとでもなるんじゃない?」
随分投げやりに先輩はそう答えて煙草を灰皿に押し付けた。
しかし、そう愚痴をこぼされても僕としては情報量が多過ぎて頭がパンク寸前だ。
財団の初期収容に合わせて現れて、オブジェクト泥棒で、それが元蒐集院だって?
「な……なんでそんな人泳がせてるんですか……」
「だから財団に不利益は生じないからだよ。たかが一人のために躍起になるのはもう何年も前にやめたらしいよ」
(何年も前って……何年間も泥棒してるってことじゃ……)
その泥棒も泥棒だけど、財団も財団だなぁと思わずため息をこぼした。
元蒐集院の人間がオブジェクトを盗んでいて、財団はそれを認知してはいるものの保留で済ませている……なんて。
僕の中の財団とはイメージが少しズレていて、漠然と不安になる。
でも、初期収容の時にオブジェクトを盗んでいるとすると、それはまだ財団の管理下にあるオブジェクトではないわけで、そうなるとそのオブジェクトの所有権とか盗難届とか、そういう問題が曖昧なタイミングなわけで。
そう考えるとその泥棒は頭がいいなぁと感心してしまった。
と、そこで僕はあることを思い出した。
「そういえば、何で泥棒の話になったんですっけ? 確か先輩が不機嫌で、どうしたんですか? って僕聞いたんですよね?」
「そうだね」
「そしたら、『泥棒のせいだ』って先輩が……」
「そう言ったね」
「……もしかして、僕等の専門分野のオブジェクトを盗む……というか、また盗まれたってことですか?」
「そうだよ」
実に不満げに先輩は答えた。
椅子を反転させてこちらに振り返るも、じろりと睨まれて対処に困る。
僕は何もしていないのに……。
「よりにもよって植物型のオブジェクトばっか盗みやがって……しかも盗みが発覚するのはラボにサンプルや報告書が届いてからだ。そうなると、我々がちょこまかしてるんじゃないかなんて上は言い出す。あのくそ野郎はさっさと誰かに刺されればいいのに」
「刺されるって……」
いつも黙々と、淡々と仕事をこなす先輩がこういうのだから余程迷惑しているのだろう。
こちらが疑われるということは、まぁもちろんこのラボのボスである先輩が疑われるのだから。
濡れ衣を着せられてはたまったものじゃない。
「その元蒐集院の泥棒って、どこにいるかわからないんですか?」
「さあね」
「さあねって……怨んでる割にはあっさりしてますね」
「ヤツを探すのは何年か前にやめた」
新たな煙草に火をつける先輩の背中を見ながら、また〝何年か前にやめた出来事か……〟と僕は苦笑した。
しかし、財団に何年も前からマークされているのに盗みをやめないだなんて、とんでもない心臓の持ち主だ。
いくら元、財団に吸収された蒐集院の人間だからとはいえ、とんでもないメンタルだ。
僕のような一般就職組の職員からはとても怖くて考えられない……。
「例えばですけど、何を盗んだんですか? その泥棒」
「んー? ……SCP-1564-JPの回収騒ぎに乗じて薔薇を切り取って行ったり、SCP-768-JPやSCP-1887-JP発見時に一部ごっそり持っていかれたり」
「えっ……!? あとの二つって他所の施設じゃないですか!? そんなとこまで侵入するんですか!?」
「ま、怖いもの知らずと言えば聞こえはいい」
「鋼の心臓ですよそんなの……」
「あとはSCP-180-JPも、収容プロトコル確立直後、初代担当者が配属されて敷地内を見て回ったら何本か切られてたって話も聞いたな」
「うわ……」
正直ドン引きする案件だ。
植物型のオブジェクトは、先天性にしろ後天性にしろ、生き物である植物に異常性が発生したものである。
つまりそのオブジェクトは生きていると判断されることが多く、僕等植物の専門研究家も基本的には生き物として扱っている。
もし仮に異常性を保持させたまま回収したいのなら、そのオブジェクトに変化を与えることは好ましくない。
出来れば生きたまま回収したいと、僕でも考え着くだろう。
となると、花弁だけを盗むわけにはいかない。
茎や葉ごと可能なら根っこや球根があるならそれごと欲しいところだ。
「その泥棒、とんでもないですね……」
「お前さ、今手間暇のこと考えた?」
「えっ? そうですけど……」
何か間違いました? と尋ねると、先輩はうーんと唸りながら椅子を回転させてこちらへ向いた。
「どれだけ苦労して盗もうが、まぁそんなことはどうでもいいわけよ。だってこっちとしては盗まれたくないわけだし」
「あ、……それはそうですね」
「しかしな? それよりも面倒なのが、あの野郎はただの趣味……自分の好奇心を最優先してるのが問題なんだよ」
そういえば収集癖が高じているというような話をしたなと思い出した。
ただ集めたいからで集めて、一体どうするのだろう?
「アイツは……私は『作家』と呼んでいるけど、他の博士は『標本作家』とも呼んでいたな」
「標本作家?」
「そう。盗んだオブジェクトを瓶に詰めて、棚に入れて、しまっておく。それだけ」
「……それって、棚すぐ埋まっちゃわないですか?」
「そうだよ。棚は埋まっても、まだ床があるだろ?」
「でも……床だって……」
真っ先に想像したのは本だった。
読み終わった本、これから読む本、どのような状態であっても、本は本棚にしまうのが普通だ。
そして本棚に入らなくなり、しまえなくなったら……まずは机の横に僕は積んでしまう。
そうすると段々積み場所は床へと広がって行って……。
やがて本に埋め尽くされた家は、文字通り足の踏み場がなくなってしまう。
読書家な友人の家がまさにそんな感じだった。
そして床が抜けるのが先か、もっと広い家に引っ越すか、書庫用の倉庫を借りるか。その友人も収集癖のある人間なので、売る・捨てるという選択肢はないと昔に聞いた。
「床も埋まって、もうどこにも置けなくなったら……どこに置くんですかね。標本ってほとんど瓶詰めなんですか?」
「標本箱だっていいだろうけど、それよりももっと簡単な方法があるだろう」
「というと?」
「売るんだよ」
「……」
オブジェクト入りの瓶を? と問うと、先輩は苦々しい顔をした。
そうか……その泥棒はせっかく集めたものを売るんだ……。
「とはいっても本人曰く、ほとんど不可抗力というか、生活費に困った時とかよそ者が勝手に金だけ置いて持ってったとか……。そんなんばかりだというからこちらも呆れてモノが言えないよ」
「えっ、あのっ、ちょ……」
「?」
いやいや待って下さいと混乱する僕を、先輩は「何か?」という顔で見てくる。
「本人曰くって! そういえばよくアイツとかあの野郎とか言ってましたけど! もしかして面識あるんですか!?」
「だから、元蒐集院だって」
「〝だから〟になってませんよ!! というか財団が泳がせてるってリードつきでってことなんですか!?」
「ほほう、上手いこと言うねぇ」
「感心してる場合じゃないでしょう!?」
先輩はプカプカと煙をふかしてふざけるばかりで、僕の混乱は一向に収まらない。
有益な人間は利用するところだと思っていたけど、まさか盗人まで利用するなんて……!
「おや、じゃあDクラス職員のことはどうする?」
「あっ……そうだった……」
膝から崩れ落ちる僕を先輩はハハハと呑気に笑った。
これが財団の洗礼? いやこんな洗礼あっていいはずない……と頭を痛めるも、相変わらず先輩はいつもの調子だ。
知らなくていいところまで知ってしまった気分になって、何だか罪悪感にも似た気分を抱いて、僕は立ち上がって自分の鞄に手を伸ばした。
話題を変えて、少しでも別のことを考えようと考えたのだ。
「そっ、そういえばですね! これも持って来たんですよ、コレ!」
「うん?」
「実は近所の人にもらいまして、『観賞用にどうぞ』って……」
今朝出勤する前にあった出来事を話しながら、持って来たものを出そうとした。
だけど、すっかり混乱していた僕はコレがソレだとはまだ気付かなかった。
鞄から取り出して、先輩の前に置いて、そこでやっと気付いた時にはもう言葉が出てこなかった。
僕が持って来たそれは、瓶詰めされた青い薔薇だった。
× × ×
「もぬけの殻……ですかね」
「もので溢れ返ってるけどな。ま、大したものは相変わらず見つからない、と」
二人組のエージェントが確認作業を終えると、端末に向かって報告をして、外へと出て行った。
僕は足元に積み上がっている書籍を倒さないようにと足下に気を配りながら移動するものの、先輩は慣れたようにあっちへこっちへと歩き回っている。
……やっぱり面識あるんだろうな、と胸の内で僕は呟いた。
「まあまあ、面白い話もあったもんだねぇ。まさかこんな目の前に『作家』がいたなんて」
「……ということは、あの人がオブジェクト泥棒で、元蒐集院で……その標本作家さんだということなんですね」
「まぁそうなるね」
僕と先輩はアパートの一室にいた。
陽当たりのいいここの部屋は、実は向かいのアパートに住む僕の部屋からよく見える家なのだ。
夜中になっても明かりが点いていて、たくさんのものに溢れた部屋で誰かが何かをしているのはシルエットで毎晩見えていた。
でもまさか、それがその泥棒……標本作家だったなんて……。
「突然家に来るからなんだと思ったんですよ……考えてみれば一度も挨拶したことなかったし、それに明るい人だったし……」
「まぁアイツはひょうきんものだからなあ」
「あの、因みに先輩」
「?」
「あの人って、性別どっちなんですか……?」
「知らん」
明るく元気でお調子者で、少し変わっていた不思議な人は、今朝僕の家を突然訪ねてきた。
そして「どうぞ」と僕に花を渡して来たのだ。
職場にでも持って行って下さいな、と。
SCP-1990-JPの標本を……。
「初めて顔を合わせたのに『いつもお世話になってますー』って、変だとは思ったんですよ……」
「うん、まぁ……さ。とりあえずそこから立ち上がって、外出ようよ。どうせこれもいつものことだから」
自分の不甲斐なさに打ちのめされる僕の腕を引いて、先輩は立ち上がらせてくれた。
ラボで先輩が心底嫌そうな顔をしていたのを思い出して、今なら僕も同感出来るとしみじみ思うばかりだ。
〝いつものこと〟ということは、きっと先輩も同じ目に遭ったのだろう……。
「アイツに対して真面目になったり、まともにとり合おうとしてもね、こっちが疲れるから。くそむかつくけど上手く受け流すしかないんだよね」
「……それで、僕等の気も知らずに、あの作家さんは自由気ままにまた盗むんですか?」
「財団が見つけるよりも先にオブジェクトを発見することが多いからさ。その発見情報共有を条件に、見逃してやってるんだよね」
とはいっても、きちんと連絡が来るのなんて数えられる程度しかないんだけど。
標本作家の住まいだった一室から出ると、移動用の車がアパート前で待機していた。
今朝まで作家の住まいだったここにはもう、何も残っていなかった。
異常性のある物品も、保管しているであろう標本作品も。
-CREDIT-
SCP-180-JP「月光草」
http://ja.scp-wiki.net/scp-180-jp
©k-cal
SCP-768-JP「忘憂花」
http://ja.scp-wiki.net/scp-768-jp
©hyoroika09
SCP-1564-JP「その血で薔薇は咲く」
http://ja.scp-wiki.net/scp-1564-jp
©k-cal
SCP-1887-JP「惡の華」
http://ja.scp-wiki.net/scp-1887-jp
©kyougoku08
SCP-1990-JP「幸せのバラ」
http://ja.scp-wiki.net/scp-1990-jp
©AMADAI
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