収容実践調査ファイル

case1.平和を守るお仕事/SCP-793-JP



 じめじめとした季節。

 朝は晴れていたのに、夕方には豪雨が通過して夜はまた晴れる。

 そんな天気がころころと変わるこの時期は、とにかく湿度が高くて仕方がない。

 屋内で仕事をする人間には通り雨などさほど関係のない話だが、自分のように外回りの仕事をする人間にとってはとんだ迷惑だ。

 昨日も台風が通過したが、ニュースを見て見ればまた新たな台風が接近中だとか。

 そんな日本特有の初夏の憂鬱さに、彼女はため息を吐いた。

 そして駅前の木陰のベンチで項垂れていると、携帯が鳴る。

 一体誰からだろうと画面を見るがそちらには通知がなく、プライベート用の携帯がまだ鳴り続いていた。

 平日のこんな時間にこちらが鳴るとは珍しい。

 画面の表示を見ると、それは大学から付き合いのある京崎きょうさきという友人からの電話だった。


「はい、もしもし」

『お、五月女さおとめ出たか。よかった』

「珍しいね、まだ昼の二時だけど? あたしもあんたも仕事中のはずでしょ」

『だから出てくれてよかったって言ってんだろ。お前今外にいるか?』

「外? まあ……ね」


 日差しから隠れた彼女、五月女は目の前を行き交う人々を眺めた。

 暑い暑いと言いながらもせっせと働いている人々を見ると、太陽から逃げていることへ後ろめたさが募る。

 きっと電話の向こうの京崎も、太陽の下で仕事をしているに違いない。


「で、何の用?」

『外にいんなら話が早い、今すぐこっちに来い』

「は? っていうか何で『来い』って命令形? 上司でもないくせに」

『いいから来いって言ってんだよ。お前の……いや、おたくの出番ってとこだ』


 含みのある物言いだったが、電話越しに聞こえる京崎の声にはため息が混じっていた。

 その声音で、五月女も何となく用件の内容に察しがつく。


『お前らは得意だろ……、こういう


 それはまるで刑事ドラマで聞くような台詞だった。

 だがドラマのようだと思うのもおかしな話かと鼻で笑うと、受話口からは何だと文句が続く。

 まるでも何も、通話相手は正真正銘、本物の刑事だった。



 × × ×



「だからさー言ってんじゃん、運命なんだよ。巡り合わせどころの話じゃないって。いい加減諦めてウチに来ればいいのに」

「ふざけんな! 俺がどんだけ苦労してここまで来たと思ってんだ!?」

「人を救う仕事……だっけ? そんなのあたしの仕事だって変わりないのに」


 到着早々そんな言い合いを繰り広げている五月女と京崎だったが、周りの人間はいつものやつかと別段取り合わなかった。

 電話の後、五月女は上司に連絡を入れるとすぐさま京崎の元へとやって来た。

 場所は観光地としても有名なある砂丘付近の建物だ。

 京崎の所属するチームは、ある事件についての調査で建物の一部屋を借りて調査をしていると簡単な説明を受けながら、五月女は彼の後をついて行く。

 警察からすれば五月女は完全な部外者だ。

 しかし、誰も彼女を止めないのは京崎から「気にするな」と言われているのと、これが初めてではないからでもあった。


「苦労して今の地位に這い上がった、なんてさ。常套句でしょ、テンプレすぎ」

「うっせえな、どうとでも言え」

「あたしは自分の才能をもっと生かせって言ってんだけど?」

「お前はただ俺に宝探しのダウジングになってくれって言ってるだけだろ。何度勧誘されようが俺は刑事を絶対にやめねーんだよ」

「はいはい、全く不幸な人間だね……あんたは」


 やれやれと肩を竦めると、京崎はここだとある部屋へ入った。

 小会議室だと思われる部屋には数名の刑事と鑑識がおり、部屋のカーテンは完全に閉じられ部屋は薄暗い。

 テーブルの上にはパソコンや鑑識の道具、いくつかの書類。

 それと、スーツケースが置いてある。


「これが問題の奴だ」

「……普通のスーツケース、でしょ? 観光客の遺失物か何か?」

「……五月女、お前ニュース見てないだろ?」

「残念ながらテレビを見る暇がなくてね、で?」


 これは何? と彼女が問うと、京崎は頷いて鑑識にスーツケースを開けさせた。

 大きなスーツケースには、少年の死体が入っていた。


「……殺人事件にあたしを呼んだの?」

「ただの殺人事件ならお前の出る幕はねぇよ……おい」


 京崎が声をかけると、鑑識は隣のテーブルに載せられているブルーシートを剥いだ。

 シートの下から現れたのは、大きな旅行鞄。


「……なるほど、連続殺人事件ね。それで、あたしを呼んだ理由は?」

「お前なぁ……」


 五月女が京崎に呼ばれて刑事事件に首を突っ込むのは異例中の異例だ。

 彼女にとってもこれは自分の仕事の一部とは言えない、むしろ仕事の邪魔な時間。

 それでも呼ばれるからにはそれ相応の理由が必要で、さっさと自分の上司に報告しなければならなかった。

 だから幼い少年の死体を見ても、もう一つ死体があると言われても顔色一つと変えずに「それで?」と聞く。

 経緯などどうでもいい、結論から先に述べろ、と。


「昨日の台風の影響でか、砂丘から掘り出されたのがそっちのスーツケース。観光客が遺失物だろうと開いたところ、子供が入ってた。それで俺達がやってきてケースを引き上げて調査をしてるとだ」

「お、やっと本命」

「黙って聞いてろ……。そのスーツケースが発見された場所、現場保存して誰も入れないっていうのにだ」


 全く同じ場所に、次は旅行鞄が現れた。

 それを聞くと五月女は旅行鞄に手をかけて、誰が止める間もなく鞄を開けた。

 中には体を折り畳んだ二十代女性と見られる、死体が一人。


「ほっほう、なるほどね。やっぱりあんたはそういう運命なんだよ、オブジェクトと縁のある人生なんて心底同情するわ」

「同情すんなら何とかしてくれ」

「それは無理、財団の専門外でーす」


 五月女は携帯を取り出すとすぐさま上司へと電話をかけた。

 彼女の所属する仕事先、〝財団〟と呼ばれる組織にこの奇妙な事件について説明する為に。


「あ、もしもしー。例の警察と合流したんですが、えぇ……異常性ありそうです」


 彼女は電話を掛けながらスーツケースと旅行鞄を一瞥し、部屋の奥へと歩いて行くとカーテンの隙間に指をかけた。


「恐らく……発掘した方、砂丘の方ですかね」


 彼女の仕事は京崎と同じく、人を救う仕事だ。人々の平和な生活を守っている。

 警察は善良な市民を犯罪者の手から。

 そして〝財団〟は、人間を人智の及ばない異常な存在から。

 五月女はその〝財団〟に所属するエージェントであり、こうして我々一般市民の生活の中に潜んでいる異常存在の調査、外回りが仕事だ。


「……えぇ、それじゃあ私はここで待機してます。では」

「どうなる?」


 彼女が電話を切ると京崎はすぐさま声をかけた。

 すると、心底うんざりした顔で五月女は顔を上げる。


「せっかちな男だなぁ……そんなんだからモテないんだよ。いい加減直せば?」

「俺がモテるかどうかは関係ねーだろーが! さっさと報告しやがれ!」

「はいはーい、今からこの件については我々財団も関与することとなりましたので、警察の皆様には十分なご協力を求めたく思っておりましてぇ~それでぇ~オッ」


 茶化し続ける五月女の口を京崎は鷲掴みにし、真面目に話を進めろと睨んだ。

 いつまでも遊んでる場合ではない、という至極まっとうな意見だ。

 了―解、と五月女が敬礼すると京崎は言いたいことを飲み込んで手を離してやった。

 解放された彼女はふうと頬を両手でさすってから、真面目な顔で話を続ける。


「冗談はさておき、これから現場調査のために何名かの職員がやって来ます。とりあえず我々は最悪のケースを想定しなければならないわけですが……」

「最悪のケース? 死体が出て最悪も何もないだろ」

「それは警察側の言い分でしょう。あたしらの最悪のケースは個人には大して当てはまらない」

「なら何だ」

「最悪の場合、……本当に最悪」


 五月女は顔をしかめてカーテンを少し開いた。

 窓からは観光地の砂丘が眺められる。


「死体入りの鞄が次々と出てくる現象の原因があの砂丘にある場合、我々はあの砂丘全てを何とかして収容しなければならないってこと。……広さわかってる?」


 その言葉を聞いて、その場にいた五月女以外の全員が、口をポカンと開けたまま窓越しに砂丘を見て立ち尽くした。





「ところで、出て来たのは本当に鞄と死体だけ?」

「いや、鞄の中からはこんなのも出てきた」


 応援が駆けつけるまでに現場周辺や状況、情報の整理をしておこうと五月女達は動いていた。

 そん中、京崎は「死体と一緒にこれが出てきた」とあるものを見せる。

 野球のユニフォームを着ている少年に添えられていたのはしわくちゃな便箋だった。


「どういう状態で出て来た?」

「雑に丸めてあった。だけど見ろよ、折り目があるだろ」

「うん……封筒か何かに入れられていた手紙ってところか」


 手紙には丸みを帯びた可愛らしい文字が並んでおり、その内容は野球少年に想いを伝えるものだった。

 手紙には宛名も送り主の名前もしっかりと書かれている。


「今この名前とDNAを身元確認に回してる。名前はすぐ出るだろうが、本人確認も含めるとまだもう少し時間が必要だな」

「そっか、遺族に確認とるわけか」

「だからさっさと持ってくんじゃねぇぞ、遺体」

「わかってるって」


 信頼が薄いんだから……と言いたかったが、それも無理はないかと五月女は言い淀んだ。

 前歴があるくせに信頼しろというなんて、調子がいいにも程がある。


「次に出てきたあっちの女性の方は?」

「向こうにも入ってた。全く違う文面、違う紙だが……内容は同じようなもんだ」

「というと?」

「ラブレターの類……だな」

「あぁ、あんたが生きてて一度ももらったことのない代物か」

「……」

「ちょっとー図星だからって黙んないで下さいよ~。これだから仕事一辺倒な男はモテないんだって~~~~~~」


 ぷぷぷーと笑う五月女だったが、京崎は黙って震えることしか出来ず、何も言い返さなかった。


「あたし言ったよねぇ、大学時代から言ってるよねえ? 命短し~?」

「……いいから仕事しろ」


 彼女の言葉の続きは、誰も繋いでくれなかった。




 -CREDIT-

 SCP-793-JP「埋葬された初恋の記憶」

 http://scp-jp.wikidot.com/scp-793-jp

 ©count number

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る