log3. 我々は全てを知り、全ての『悪』を管理する/SCP-499-JP,SCP-937-JP
「提出された実験申請の審査結果ですが、こちら承認の判を押すことは出来ませんでした」
「……は? いやいやいや、……何言ってんの?」
「この実験から得られる結果は既に昨年実施されています」
「いや、だからさあ……。アプローチの仕方が違うっての、わかんない?」
女性職員と男性職員の会話を聞き、通りがかる何人もの職員が目と耳を集中させる。
男の方は明らかに怒りを表しているが、女の方は揺らがない冷たい言葉を吐き続けていた。
「このオブジェクトの未知の影響を調べる為に俺達は実験をしてるんだよ。なのに、何でお前なんかに申請を却下されなきゃならないんだ?」
「実験は、人体実験ではありません」
「……だからあ」
「██研究員、資源は有限なんです。特にこの日本ではDクラス職員は少なく、彼等は大変貴重な資源です。あなたの知的好奇心を満たす為だけに資源を無駄遣いさせるわけにはいきません」
ガン、と大きな音がフロアに鳴り響き、男性職員は踵を返して無言で立ち去ってしまう。
しかしそのフロアで仕事を進める職員達は何の反応も見せず、驚き、慌てているのは他部署の職員だけだ。
「不破さん、終わった?」
タブレットで資料を眺めている職員が顔も上げずに呼びかけると、男性職員を怒らせた女性職員が「はい」と即答する。
「諦めてもらえたようで助かりました」
「いや~、あれは諦めてないでしょう」
不破と呼ばれた女性職員は「否認」の判を押した書類をシュレッダーにかけたが、彼女の先輩である職員はハハハと笑った。
それに対し、不破は眉間にシワを寄せて疑問を口にする。
「……帰られましたが」
「アレはただ怒って帰っただけ。ああいうタイプはあの手この手と屁理屈こねて何度でも申請して来るだろうねぇ」
「しかしあの実験には意味がありません。昨年の実験と同様の結果しか得られないと思います」
「ボクもそれは思うよ」
「ならどうして……」
「それは簡単。皆、人体実験がやりたいのさ」
不破の所属している部署は「倫理委員会」という特殊な部署だ。
財団内でも一番人員が少なく、万年人手不足に悩み、他職員らからは「墓場」とも呼ばれている。
この部署に配属された職員を待ち受けているのは、永久にやってこない出世道と自主解雇という名の自殺行為。よくて精神病院入りだ。
彼等はオブジェクトに関わることをやめ、研究をやめ、ただ財団の資源管理をすることだけを仕事としている。
「先輩はやりたいですか? 人体実験」
「やりたかったらこんなところにはいないでしょ。不破さんは?」
「私は人間を殺したくはありません」
彼女、不破は昨年入団したばかりの新米職員だ。
更に今年はこの倫理委員会に新人が入ることもなかったため、彼女には後輩もいない。
まあ、財団内のほとんどの人間から嫌われる部署に来たい人間なんているはずもないのだが。
(彼女は例外だけど……)
「どうかしました?」
「いや?」
入団当初より自ら配属を志願し、倫理委員会に配属。
自分の判一つで一人の人間の生き死にが変わるという職務を淡々とこなし、真摯に取り組んで資源利用の(Dクラス職員の無駄遣い)削減という成果を上げた変わり者が彼女だ。
どんな動機があってここへ来たかは一度だけ彼女の口から語られたが、それを聞いたのは彼女の先輩である彼と元上司の二人だけ。
「ところで不破さん、また新規の実験申請来てるよ」
「何件ですか?」
「三件」
「確認します」
不破の不在中に研究員・博士達が置いて行った書類を手渡すと、彼女は隅々まで目を通し、判を手に次々と決断を下していく。
が、彼女が下す大半は「否認」だ。
「三件の内二件を否認、一件を承認します」
「え、承認って珍しいね! 何の実験?」
「SCP-499-JPです」
しかし、オブジェクトの番号を聞いて先輩は首を傾げた。
「……それこそやらなくていい実験じゃない? 異常性も脅威的なものではないし……」
「Dクラス職員は必要ないので」
なるほど、と一瞬納得してしまったが先輩はすぐにいやいやと首を横に振る。
「死体は増えるよね? そんなに空きスペースあるわけじゃないんだから……」
「さっさと百回やって欲しいんですよ」
「……ん?」
どういう意味? と尋ねると、不破はいつも通りの不機嫌そうな顔で答えた。
「『貴方を殺す百の方法』。なら、百人死体を出せば異常性が失われるのでは、と私は考えています」
それはSCP-499-JPに関わるとされる小説のタイトルだ。
百話のミステリー小説通りに現れる死体、それがSCP-499-JPの持つ異常性である。
そのことと不破の言葉の意味が繋がった時、思わずやれやれとため息を吐いてしまった。
「本当に……オブジェクトのこと嫌いなんだねえ、不破さん」
「えぇ。この世界がどうなろうと、全てのオブジェクトを壊したいと思いますよ」
静かな口調で彼女は語るが、それは冗談などではない。
「キミの望む通り、全世界のオブジェクトを壊そうとすれば……まあ確実に世界は滅んでしまうだろうね。キミも死んでしまうかもしれないよ」
「どうでもいいです、そんな些細なことは」
これが彼女の入団した動機だというのだから恐ろしいものだ。
財団にとって脅威としかなり得ない人物をよく採用したものだと常々思うが……。
(たかが小娘に何が、とでも思ってんだろうなあ……上は)
しかし財団の判断は甘いと彼は感じている。
彼女の配属希望を聞き入れた時点でそれに気付くべきだったのだ。
この「墓場」と呼ばれる倫理委員会は、オブジェクトに関わることはなく、出世も出来ず、ただ書類仕事を延々としているだけ。
財団内で編集・削除された文書、個人情報、財団が犯したことこまかなこと……。
それらを全て知り、吟味し、財団が含んでいる〝悪〟を調整する。
それこそが彼等倫理委員会の本来の仕事なのだ。
彼等はセキュリティクリアランスレベルを所持こそしているが、それらは意味をなしていない。
「……キミのやろうとしていることは、大変だよ」
「生きていくうえで、大変でないことなんてありませんよ」
わ、後輩の方がかっこいいんだけど、どうしよう。
と先輩が同僚に話していると、また新たに研究員が実験申請の書類を持ってやって来た。
担当である不破が応対したが、すぐさまガンと机を叩く音がまた響いた。
だが音の正体は机を叩いたのではなく、強い力で「否認」の判を押しただけだったらしい。
そして常に冷静な不破の、珍しい大声がフロアに轟いた。
「だから、SCP-937-JPの実験はDクラス職員の無駄遣いですと何度言えばわかるんですか!?」
[CREDIT]
SCP-499-JP「貴女を殺す百の方法」©tonootto
http://ja.scp-wiki.net/scp-499-jp
SCP-937-JP「叫感覚」©izhaya
http://ja.scp-wiki.net/scp-937-jp
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