log2. 一方の皿に心臓を、他方の皿には愛情を/SCP-125-JP,SCP-393-JP


 SCP-125-JPの実験は至って単純なものだ。

 SCP-125-JPは真鍮で作られた上皿天秤の形をしており、一人の人間が双方の皿に異なる物品を置く。

 天秤の傾きは載せられた実際の物品の質量を無視し、ものを載せた本人の認識を反映しているように傾く。

 詳しいことがまだ解明されていないオブジェクトなので、こうして今日も新たな実験が行われる。


「それではD-393165、実験を開始します」


 職員の立ち合いの元、SCP-125-JPの実験は行われる。

 D-393165に対して用意したのは六枚の写真だ。

 今までの実験で生物・人物を載せ、事故記録を残すことがあった為、この頃はもっぱら質量の軽い紙類が使用されている。


「……これを載せればいいの?」

「はい。まずはAとaの写真を」


 D-393165は三十代半ばの女性Dクラス職員だ。

 彼女は職員に指示されるがまま、一方の皿に大人が写っているAを。

 もう一方には子供が写っているaを載せる。

 するとAの写真は途端に宙に舞い、aの皿が大きく傾いた。


「では、続いてBとbを」


 Bにはある夫婦が写っており、bにはaとは別の子供が写っていた。

 それらを載せると、宙に跳ね上がったのはBの写真。大人の写っている写真だった。


「……それでは、BとCを」


 Cの写真には大人が写っていたが、この二枚を載せたところ天秤はピクリとも動かずに均衡する。

 それを職員が確認すると、「ではbとcを」と促す。

 cの写真にはまた別の子供が写っており、この二枚もまた釣り合った。

 どうやらD-393165にとっては子供の写真の方が重要らしく、大人の写真は全て弾いてしまうようだ。


「次にaとbを載せて下さい」


 職員の指示を受けてD-393165は再び写真を載せる。

 aには笑顔の男の子、bの写真には笑顔の女の子が写っていた。

 そして変わらず、その二枚はまた釣り合ってしまう。

 職員の期待を裏切って。


「……では最後に、aとcを置いて下さい」


 しかし結果は変わらず、子供の写真は全て釣り合い、傾くことはなかった。


「……これで終わりかしら?」

「……えぇ」

「何だか残念そう、……何がいけなかったのかしらね」


 D-393165は微笑んで職員に優しく声をかけたが、職員は彼女の言葉に対して前向きな返答をすることは出来なかった。

 そしてこの実験を提案した際、同僚に言われたことを思い出す。


『こんな実験しても無駄だろ』


 自分の抱いていた淡い期待は幻想に過ぎなかったのだと、職員は思うしかなかった。

 そう落ち込む職員を、D-393165は静かに眺めている。

 その眼差しは温かく、慈悲を感じられる、母の眼差しと呼べるものだ。


「……今日の実験はこれだけです。ですが、一つ質問に答えてもらえますか」

「私に拒否権はないでしょう? 何でもどうぞ」


 D-393165は、どこにでもいる優しい母親というような印象を与える。

 優しい女性、という言葉ではなく、〝母〟という言葉がぴったりな雰囲気を持っているのだ。

 だがオレンジ色の服に身を包み、ここでDクラスという称号を与えられているということは、彼女もまた犯罪者であるということを示している。


「この三枚の写真、a、b、cですが……あなたのお子さんはどれですか?」


 職員は釣り合った写真を並べ、D-393165に問う。

 すると彼女は目を細め、嬉しそうに答えた。


「何を言っているの? どれも私の可愛い子供よ」


 その言葉と同時に実験は終了し、実験室の外側から退室するようにと促されてしまった。

 D-393165は警備に連れられ元の場所へ、そして職員は並べた写真を回収して処分用のファイルへとそれらを詰め込んだ。



× × ×



「で、どうだった? 無駄だったろ?」


 自分のデスクに戻るや否や、同僚が間髪入れずに話を振って来る。

 同僚のにやけ面にため息が漏れ、半ば八つ当たりのように職員は答えた。


「はいはい、無駄でしたよ。どうせ俺の期待は破られました」

「犯罪者に期待するお人好しが悪いんだろ? もっと現実見ろよ」


 所詮はDクラスなんだから。

 そんなわかりきった言葉を同僚に叩きつけられ、すぐに同意出来ない自分を省みて、情けないなという感想以外湧かなかった。


「……精神鑑定に嘘はなかったんだな」

「おいおい、そんなことをオブジェクトで実験すんなよ。くだらねぇ」




 ある三十代女性が誘拐・殺人罪で逮捕された。

 彼女は██県在住のごく普通の主婦だったのだが、ある時不幸な事件により一人娘を失う。

 その事件は未解決のままで、彼女はただの被害者であった。

 だがその事件以降の加害者は、紛れもなく彼女だったのだ。

 失った自分の娘と同じ年頃の子供を見かけると、その子供の家庭を訪れて両親を惨殺。

 後に子供を誘拐し、我が子のように育てていたのだ。

 逃走を試みたその子供は赤信号の道路へ飛び出しトラックと衝突し轢死。

 再び我が子を失った彼女は次の我が子を求め、二件目の犯行へ及ぶ。

 両親を殺してからまた子供を誘拐し、自宅へ帰ろうとしたところを警察に在籍していた財団エージェントが確保した。

 保護された子供は現在保護施設で過ごしているが、財団が動いたのには最初の一件目に問題があったのだ。

 彼女の本当の娘は不慮の事故で亡くなった。

 四肢をもがれ、首と胴は離され、内臓が跡形もない状態で体外へと露出。

 その事故の直前、彼女は「くまのぬいぐるみを見たわ。切り刻んで捨てたけど」と答えたそうだ。



[CREDIT]

SCP-125-JP「愛の天秤」©R-mass

http://ja.scp-wiki.net/scp-125-jp

SCP-393-JP「被虐的なぬいぐるみ」©kotarou611

http://ja.scp-wiki.net/scp-393-jp

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