実験観察記録ファイル
log1. とろけるように甘くて狂った世界/SCP-452-JP
死刑宣告の時がやって来た。
いや、実際に俺へ死刑が下されたのはとっくの昔だが、死刑囚という身分を与えられてからようやくその日がやって来た。
十数件の暴行と何件かの殺人を犯した俺は警察に捕まり、死刑を宣告された後、延命と引き換えにこの財団とやらに移籍させられた。
死刑囚や重度の犯罪者ばかりが集められ、皆同じオレンジ色のつなぎを着せられて、番号を与えられる。
死刑囚の俺等に仕事が与えられた時は可笑しな話だと思った。
Dクラス職員という地位が与えられ、施設内の簡単な仕事や雑用をさせられ、全員に食事と寝床が支給される。
刑務所にいるよりも暇な時間を送ることはなかったが、やはり順番は順番。
俺達は生きている限り、いつか死ぬ番が回ってくるのだ。
実験室に足を踏み入れる間際、そう思った。
「ではD-452159、これを食べて下さい」
そう言って差し出されたトレイには一粒の飴玉が載っている。
それは何の変哲もない、赤色の飴玉。
事前に説明は受けているが、これを食べると体に何か異変が起こるそうだ。
それが実験内容であり、その実験に死刑囚が採用されるというのもそういうことだ。
ただの治験者とはわけが違う。
(……甘いもん、嫌いなんだけどな)
もちろん俺の好みなんて聞いてもらえるはずもなく、拒否権も存在しない。
ただ「食べろ」と言われれば、俺は「食べる」だけだ。
「味はどうですか?」
「……甘いな」
「飴を食べ終わったら言って下さい」
「……噛んでもいいか?」
俺の問いに職員は少し考え、他の職員と相談した末「噛んでも大丈夫です」と了承した。
脳は何故か甘く美味しいと感じているが、俺としてはさっさとこの糖分の塊を飲み込んでしまいたかった。まだ大きい飴玉をガリガリと噛み砕き、飲み込む。
「よし、食い終わ……」
「どうしました?」
食い終わったと言おうとした時、突然視界に異変が起きた。
俺の目がおかしくなったのか、それとも世界がおかしくなったのかはわからない。
ただ目の前に広がる景色が、無機質なあの実験室が。
いつの間にか、全てお菓子に変わっていた。
「あぁ、眼球が変化しましたね。あなたの異変は把握してますから、このまま実験を進めましょう」
職員は俺の顔を覗き込んでそう言うと、実験を続行しようとどこかに向かって何かを言っている。
これが実験だということを身をもって知った俺は、ゾッとした。
死刑だ人体実験のモルモットだと言われても、結局俺にはピンと来ていなかったのだ。
死ぬということ、命を失うということは俺には起こり得ないこと。
むしろ俺は誰かの命を奪う側だといつまでも思っていた。
(これが実験……何の実験だ? いや、実験なんてどうでもいい。今は……)
今はただ、食べたい。
目の前に広がっているケーキやクッキー、マフィンやチョコレート、生クリーム、スポンジ、ジャム、糖分の塊を、食べたい。
口に含んで噛み砕き、喉へと押し込みたい衝動が押し寄せる。
だが俺の本心はそんなことを望んではいない。
俺は甘いものが嫌いだ。胃もたれするし、胸焼けも起こる。気分が悪くなり体調が悪くなる。
元々俺の身体自身が糖分を求めていない、合っていないのだ。
だがそれでも、何故か体は甘いものにかぶりつこうとする。
「D-452159、まずはこれを飲んでどんな味がするか感想を聞かせて下さい」
出されたものは飴細工で出来たビーカーに入れられた、透明な液体。
言われるがまま俺はそれを飲み干す。
液体はレモンの風味がするサイダーだった。
「次はこれを」
次に出されたのは半透明のカプセルと錠剤のようなもの。
食べてみるとカプセルはただのグミで錠剤はラムネだった。
「これは」
次はどう見てもナイフと呼ばれるものだった。
ためらいつつも口に含むとそれは簡単に折れて、ただのチョコだったと判明する。
それから次、次、次と様々なものが出されて、俺は言われるがままにそれらを食っていく。
俺の意に反して、手が進み顎が動き、次々に平らげて行く。
しかし十品を越える頃になると、ようやく俺の意志の方が勝つようになってきた。
食べている最中の甘ったるい菓子を吐き出せたのだ。
「ふっ……ふざけんな! いつまで食わす気だ!」
俺が拒み、吐き出した行為が意外だったような顔をして職員は聞いて来る。
「どうかしましたか?」
「どうもこうもあるかよ! 俺は甘いもんが大っ嫌いなんだ! なのに……」
本音が勝ってくると体も正常な判断をし始めたのか、俺はたまらず胃の中に詰め込んだものを吐き出していった。
胃液と一緒に洋菓子・和菓子だったもの、糖の塊を吐き出していく。
汚いだとかそんなことは言ってられない。
我慢していたものを全て吐き出そうと、俺は喉へ手を突っ込む。
吐瀉物にまみれていく俺のことなんてどうでもいいように職員は数歩下がり、やれやれという顔で他の職員と話しているのが見えた。
あいつらにとって俺はただの実験材料で、人間として扱われていないことはとっくにわかっている。
それなら……と、自分の体力が回復するまで俺はしばし待つことにした。
「もう十分吐き出せましたか? D-452159」
「……」
「……全く、だから他の職員にしてくれって頼んだのに」
「でもこのオブジェクト、本人の味覚は関係ないんだろ?」
「そう記録されてますけど、行動の部分だけなんでしょうかね」
二人の職員は俺に呆れきっているようで、早くこの実験も終わらせるかと話し始めた時。
俺は思い付いたことを実行しようと手を伸ばした。
この体に起きている異変は、飴玉を食って俺の見えている世界が変わってから始まった。
だが胃の中をほぼ空っぽのした今でも見えている世界は変わらない。
だったらもう一つの手段を実行するしかない。
「ぐっ……」
息を止めて歯を食いしばり、指を右目へと突っ込む。
「うおおおああああああああ!!」
痛さを紛らわす為、自分を鼓舞する為、大声を上げながら。
右の目玉を無理矢理潰した。
引きちぎるには力が足りなかったから、握りつぶすことにした。
「おい! 何してる!」
職員に止められようが力では俺の方が上だ。
止めに来る職員をなぎ倒して、出口に向かって走り出した。
激痛のせいで視界が白く点滅しているが、どうやら俺の考えは正しかったらしい。
半分になった視界に入るものの半分はお菓子のままだが、半分は元の正しい世界に見えてきた。
「どけ!」
こんな拷問のような、地獄のような実験に付き合ってられるかと俺は出口の扉に体当たりする。
運よく鍵がかかっていなかったらしく、俺は無我夢中で走り出した。
あの実験だけは嫌だ。
こんな目に遭うなら、大人しく最初の死刑を受け入れてさっさと首を吊っておけばよかった。
あの実験には俺より適任者がいるだろう。
あんなくそ甘ったるい、気持ち悪い思いをしたい人間なら他にもいるはずだ。
どうしてよりにもよって俺が、俺じゃなくてもいいはずだ。
俺と同じオレンジ色の奴なら他に何人も……!
「あ」
ふらつく足取りでやり場のない怒りだけを原動力に走っていたのに、気が付くと俺は床に這いつくばっていた。
何が起こったんだと考え、足の熱さに違和感を覚え、太腿を見てみると穴が一つ空いていた。
低くなった視点からゆっくりと視線を上げて行けば、そういえばここには銃を持った警備がいるんだったということを思い出す。
(……そうか、逃げ出したら……そうなるか)
無線で何かを話している警備はしばらく立ち止まっていたが、一度頷くと銃口をこちらへと向けて来た。
「……殺してくれるのか」
恐怖を上回ったのは、安心感だった。
あの部屋に戻って、またあの地獄に戻されるのかと思っていたが、その心配は必要ないようだ。
どうせ俺は死んでも何ら問題ない、どころか本来なら数年前にとっくに死んでいる人間だ。
警備は俺の声が聞こえなかったのか、「何を言ってるんだ?」と少し首を傾げたがためらうことなく銃口を俺へ向ける。
「立て」とも「戻れ」とも警備は言わない。
引き金にかかる指を見て、俺は安堵のため息を漏らした。
まさかこんなことを思う日が来るなんてと笑えたが、警備は俺に笑う暇を与えてはくれない。
まぁそんなことはどうでもいい。とにかく俺が思うことはたった一つ。
ようやく死ねる、それだけだ。
[CREDIT]
SCP-452-JP「お菓子な世界」©sumiley7
http://ja.scp-wiki.net/scp-452-jp
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