case14. 収集癖の執念/SCP-338-JP


 こだわりの強い人を悪く言うのなら、「意固地」や「頑固」と言うのだろう。

 そしてそれを拗らせると、人はそれを「悪癖」と呼ぶ。


「ちょっと待った! それ、それそれそれそれそれそれ!」

「なななっ、何ですか……」

「それ集めてるの! 捨てるんなら私に頂戴!」


 分厚い眼鏡の奥の目をらんらんと輝かせて、彼女はそう新人職員に詰め寄った。


「それって……あぁ、これですね。はいどうぞ」

「ひゃあー! ありがとう~!」

「何か交換したいものでもあるんですか? 先輩」

「ううん! これといって何も交換する気ないけど?」

「……え?」


 新人職員を呼び止めてわざわざ彼女が手に入れたものは菓子パン等についてくるシールだった。

 1~3ポイントのシールをコツコツ溜め、専用の葉書に貼って送ると食器等と交換出来るアレだ。

 昼食に食べた菓子パンの袋に貼ってあったシールを無事確保した彼女は、それを大事そうにしたまま自分のデスクへと戻り専用の葉書に貼った。

 最後の1枚だったようで、葉書の空欄は全て埋まったのだが……。


「交換、しないんですか?」

「しないってばあ! せっかくここまで集めて完璧に揃えたっていうのに、送るなんてとんでもない!」


 そう彼女が見せびらかしてくる葉書にはシールがこれでもかと整列させられている。

 神経質にも程があると感じられるその異様さに、新人職員は椅子ごと後退りした。


「こ、コンプリートすることが目的なんです?」

「そうそう、そゆこと」


 新人の理解を得たことに満足したようで、彼女は斜めになった眼鏡をくいと指先で直してから葉書を再び引き出しにしまった。

 交換する気がないなら集めなくてもいいんじゃないか? と新人が首を傾げていると、その様子を見ていたまた別の先輩職員が彼の元へと歩み寄る。


「何、パンのポイントシールあげたのか? あいつに?」

「えぇ……」

「それはいいことをしたな。いつかあいつから恩返しが来るぞ、ここぞというタイミングで」

「え、そうなんですか?」

「あぁ。俺も昔、ペットボトルについてるオマケキーホルダーあげたら最高のタイミングで仕事のフォロー入ってくれたしな」


 ペットボトルのオマケって何年前の話だ……? と新人は露骨に顔に出したが、男性職員は「昔って言ったろ?」と肩を竦めた。

 そして当の彼女はというと自分のことを話題に出されていることは全く気にならないようで、最近集め始めた新作の文具を並べて眺めていた。


「あいつのあれは悪癖だからさ。早々に諦めて上手く付き合った方が得だぞ」

「悪癖っていうと……」

「収集癖あるだろ、あいつ」


 あぁ、言われてみれば……と新人は彼女の方へ顔を向けた。

 さっきのシールもそうだが、普段から彼女は動物型クリップを全種集めていたりある喫茶店で日替わりで出される特製コースターを集めたり。

 以前見かけた時はあるメーカーの全てのボールペン、全色を集めようとしているとかでデスクのペン立てがぎゅうぎゅうになっていた。

 ミニマリストがブームの今、それを逆走している珍しい人だと素直に引いたのを思い出す。


「もしかして最初からああなんですか?」

「最初からそうなのです!」

「うわっ!」


 本人に聞こえないように声を潜めたのに、いつの間にか彼女はこちらの会話に割り込むようにデスクの脇に移動していた。

 だが悪口にも近い話をされていたことなんて気にも留めていないように、彼女は得意げに語り出す。


「何かを集めるのは楽しいよ~? こつこつ集めたものが全て揃った時のあの達成感! そして私だけが全てを揃えて独占したという優越感!」

「は、はあ……」

「こいつの話は理解しなくていいぞ。変人だからな」

「理解されなくてもご協力頂ければ結構!」


 なるほど、そういう人なのか。

 本人がそう言うのならこちらも気に留めず、気楽に接せられるなと新人は安堵した。

 それなら何か集めていそうな時にこっそり協力してあげるのもいいか、と呑気な考えが頭をよぎる。

 しかしそんな呑気な新人の横に立つ男性職員はため息交じりに口を開いた。


「でもなぁお前、収集癖も結構だがここの倉庫まで借りて物集めすんのはどうかと思うぞ」

「え!? 倉庫使って……え!?」

「だって捨てる為に集めたんじゃないもの、集めて、揃えて、そして保管する。そして保管された私だけの完璧なものを眺めるのが何よりの至福……」

「そんな至福に浸ってる暇があるなら、その努力と才能を収容にちゃんと向かせてくれよ」

「言われなくても目下調査中です~。まあまあ、そんなに焦らなくたってSCP-338-JPは逃げないんだから」

「逃げてるから見つかってないんだろーが」


 全く、と言い残すと男性職員は自分の持ち場へと戻って行ってしまった。

 だがピンと来ていない新人は「何の話ですか?」と首を傾げる。


「SCP-338-JP? って……何でしたっけ?」

「うん? シャーペンだよ」

「シャーペン……」

「そう! 〝博士のディス・イズ・シャープペンシル〟™!」

「……商標登録?」


 彼女は大袈裟なジェスチャーでそう言うが、シャーペンのオブジェクトか……と新人は報告書のコピー束をめくった。


「えっと……このオブジェクトが、何ですか? 99本あるんですか?」

「そう! そして最後の1本がどこかにまだあるはずなの! つまり現在収容されている99本ではまだコンプリートされていない……それでは不完全、欠けている、完璧じゃあない!」


 絶対、必ず、見つけ出してやるんだから……! 打倒〝博士〟!

 そう熱く語る彼女を見て、新人は「確かにこれは悪癖だな」と納得しつつも、彼女にこそ適任の任務だろうなとも思った。



[CREDIT]

SCP-338-JP「これはシャーペンです」©tonootto

http://ja.scp-wiki.net/scp-338-jp

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