case12. 母の愛を喰らうコウノトリ/SCP-130-JP


優香ゆうかの様子がね、変なの」


 そう姉の友人から相談を受けたのは2年前のことだった。

 優香というのは姉の友人の娘さんのことで、彼女は当時15歳、中学3年生だった。

 青少年課所属の女性警官ということもあって私に直接連絡を取って来たんだろう。


「とりあえずまずはお話を聞きましょう、是非優香さんもご一緒に」


 と、私は伝えたはずなのに約束の日には母親しか現れなかった。

 その段階でいじめからの引きこもりだろうか……と私は安易に予想をつけたのだが、聞いてみるともう少し込み入った事情のようだった。


「それで、優香さんの今の状態は……」

「おかしいの! あの子、まだ彼氏だって出来てないのに……!」


 喫茶店に彼女の声が響き、私はまず彼女に落ち着くようさとしたのだがそれも大分時間が経った。

 優香さんに問題が起きてから時間が経っていることはそれで十分わかったが、彼女の慌てぶりは普通ではなかった。

 まるで幽霊でも見たかのような取り乱しっぷりに、少なからずとも距離を置こうとしてしまう。


「彼氏というと、家出か何かですか? それとも……」

「……赤ちゃんがいるって言うの」

「……妊娠ですか? 出産した、とか」

「違うの、そうじゃなくて……! ある日突然、『赤ちゃんを育てなきゃ』って言い出して、部屋に引きこもって……」


 彼氏が出来た話もそんな素振りも見受けられなかった娘がある日突然、赤ん坊を育てるからと言って部屋から出なくなった。

 どんなに説得して、顔だけでも見せてくれと言っても頑なに部屋から出てこない。

 無理矢理部屋へ入ろうとすればこの家から出ていくと激怒し、赤ちゃんに危害を加えることだけは許さないと主張しだした。

 親の知らないところで性行為や妊娠があったのではないかと私は確認したが、そもそも優香さんは異性が苦手で同性としか関わろうとしない女の子だという。


「お腹が大きかったこともないのよ……でも、とにかく体が心配だからご飯だけは置いておいて。……それはきちんと食べてくれるの」

「言い出したのはいつですか?」

「……そろそろ2週間になるわ」


 初めの1週間で正気に戻ってくれると期待していたらしいが、それは叶わなかったそうだ。

 奇妙な話だ。

 未成年の妊娠については保護者や当人から相談を受けることはままあるのだが、何の兆候もなく突然赤ん坊だけが現れるなんて……。


「可能性としては、捨て子を拾った……とか」

「それだったら私達も一緒に面倒を見るからって説得したんだけど、そうじゃない! ってまた怒り出して。それに」

「?」

「昨晩、優香とばったり会ってね」


 娘が心配で寝付けず、深夜に台所へ向かうと優香が自室から出て水を飲みに降りて来てたそうだ。

 毎晩夜中にシャワーの音が聞こえたのは優香がきちんと風呂に入っているからだと安心していたが、その間に顔を合わせようものなら自室の赤ん坊に危害を加えるんだろうと警戒されてしまう。

 だから知っていても知らぬふりをしていた。

 しかし、その時は1週間ぶりに娘の顔を見られた安堵から迷わず声をかけたそうだ。


『何か、困ってることがあったら何でも言ってちょうだい。お母さんはあなたの味方だから』

『……? 大丈夫よ、私は赤ちゃんを育ててるだけだから』


 反対に優香はというときょとんとしたままどうしたの? という顔をしたらしい。

 特にこれと言って問題は起きてない、と言うように。

 だが娘の違和感に母はすぐ気付いた。


「あの子……あの子の肌が」


 彼女は涙を流しながら苦しそうに声を絞り出した。


「あの子の肌が、赤黒く変色していて……」

「肌、ですか?」

「そう、しかも胸の辺りが……内出血してるみたいな色で」


 胸、主に乳房だけが赤黒い変色を起こしていることから想像は簡単だった。

 娘は今「赤ちゃんを育てている」と主張している。

 生まれたての赤ん坊は母乳しか飲まない。つまり……。

 その未知の赤ん坊のせいで、娘の身体に異常が起きている。


「でも医者に連れて行こうにもあの子は部屋から出てこないし、もうどうしたらいいかわからなくて……」


 だから私に頼んだ。

 知り合いだからという理由で安易に頼るのは避けたいと言っていたのは彼女の方だった。

 病院にも警察にも連れて行けない、相談に行っても取り合ってもらえない。

 もうどうすればいいか、誰に相談すればいいかもわからない……。

 どこにも向けられない彼女の助けを求める叫びは、最終手段として私に行き着いた。


「……一度、優香さんに会いましょうか」

「! ほ、本当に……いいの?」

「きちんと有給とってありますから、今からお伺いしてもよろしいですか?」

「えぇ……えぇ! お願いします……!」


 こぼれる涙を拭かせて、私達は喫茶店を出て彼女の家へと向かった。




 だが、私が目にしたものは到底「赤ん坊」と呼べるようなものではなかった。


「……ゆ、優香? それは……」

「あ、お母さん! 見てみてこの子、こんなに大きくなってね」


 家に着くや否や、自室にこもっているはずの優香さんが玄関へ駆け下りて来てそう言って母の手を引っ張って行った。

 そして今まで頑なに入れなかった自室へ自ら迎え入れると、我が子を自慢するようにその「赤ん坊」を私達に紹介した。

 それは幼児程の大きさをした、皮膚が肌色の、鋭い歯を持つ、人間と同じ口・唇を持つ、鳥の雛。

 一瞬、それは作りものか何かかと思った。

 下手くそな特撮撮影班が作るような、ホラーとSFっぽさを感じさせるいわゆる「未知の生物」。

 しかしその「その赤ん坊」とやらは金属という金属をバリバリとむさぼりながら喉を動かし、呼吸に合わせて背中を上下させている。


「自分で食べ物を食べれるようになったの。でも食欲旺盛でどんどん食べちゃから……うちの廃品置き場ってどのあたりだっけ? そこからならもう少し金属を集められると……」

「優香」

「? なあに?」


 母の声に返事をする娘は、どこにも異常の見られない普通の女の子だ。

 顔色も具合も悪そうになく、明るい笑顔の、元気な中学生。


「……それが、あなたの言ってた……子?」

「もう、だからそうだって言ってるじゃん! どうしたの?」


 これは私一人の手に負えるものではない。

 そう考えられる私の頭はまだ冷静だと思えた。




 後日、私はすぐに誰かに相談しようと決意したものの、その相談相手を決めるのに悪戦苦闘した。

 一体こんな話を誰に信じてもらえるのだろう、と。

 あんなの映画の中でしか見たことがないようなものを。

現実にいるなんて……今でも信じることを拒否したくなる。

 それでもあれは現実にいて、この目で見て、今こうして私に冷や汗をかかせているのだ。

 夢でも妄想でもない。それが一番厄介だった。


「あれ? 今日非番じゃなかったっけ?」


 とりあえず署内に戻り、休憩スペースで頭を抱えていた私に声をかけたのは数か月前にこの部署に異動してきた先輩だった。

 いつもにこにこヘラヘラ、フラフラとしている能天気そうな先輩だが実績は凄いと噂に聞いている。

 また、オカルトやホラーの話が大好物だとも。


(……作り話としてなら話してみても)


 とにかく誰かに話を聞いて欲しかった私はその先輩に「実は……」とあの「赤ん坊」についてざっくりと、ある映画の感想として話した。

 少女がある日持ち帰って来た赤ん坊は見たこともない鳥の雛のような生物で、それは成長すると金属を貪り食う。少女の母は心配するも、その赤ん坊の姿を見てしまってからはどうしていいかわからず、少女もまたその赤ん坊を自分の赤ちゃんだと信じてやまない。そんな少女を救う方法とは……。


「っていう映画があって、途中で気分が悪くなって最後まで見てないんですけど……どうすれば少女は助かるのかなぁ……なんて」


 なるべく自分の憶測で、映画の予想をしたいだけだという雑談の体で話した。

 先輩は興味深いというようにうんうんと頷き私の話を最後まで聞くと、「なるほど!」と興奮したまま席から勢いよく立ち上がった。


「面白い映画だね、それ! すっごく気になるよ!」

「そ、そうですか……」


 本当にオタクなんだなぁ……とやや呆れていると、先輩はまたうんと大きく頷き僕はきっとこう考えるよと人差し指を立てて言い放った。


「それで、その女の子の家はどこ?」



× × ×



 それが、私がこの財団に入団するきっかけとなった事件。

 今財団内で実施されている研修期間を終えたら、エージェントとして元の職場に戻ることも決まっている。

 映画の中の話として相談したその先輩は元々この財団の職員だったようで、彼もまた今の私と同じようにエージェントとして警察に潜入していたそうだ。

 潜入目的は『何者かによって収容違反されたSCP-130-JPの幼体の回収』。

 その幼体を見つけた私はそれから2年間、先輩の怪しげな正体については追求しなかった。

 その代わりに私が関わる事件には決まって決して信じられないような物体や現象がつきまとう羽目になった。

 赤ん坊事件以来、私は先輩に相談することが癖になっていたのだが、先日ついに私も財団職員としてスカウトされ今こうして与えられたデスクへと向かっている。


「うわぁ……真面目な報告書。いや、いいことなんだけどねぇ……」


 タイピングを終えたタイミングで背後からそんなのんきな声が掛けられた。

 声の主は件の先輩だと顔を見なくてもわかる。


「私の真面目さは前職場の時から知っているじゃないですか」


 軽く笑うと先輩は「でも肩ひじ張るのは疲れない? 僕は疲れる」と疲れた顔をしていた。

 先輩に差し入れと渡された缶コーヒーを受け取り、私はもう一度自分の報告書に目を通した。




 SCP-130-JPの幼体を拾ってしまった庇護者、優香さんはその後財団に保護されることとなった。

 しかし蛹から脱皮しSCP-130-JPが亜成体になってしまう前にと財団に幼体を取り上げられた彼女はまるで、我が子を取り上げられた母親のように泣きわめき、叫び、狂い、心を壊した。

 財団は無事SCP-130-JPの再収用を終えることが出来たがその後の経過を彼女の母親に尋ねた時には、既に優香という娘など存在していなかったことになっていた。

 SCP-130-JPが破壊された数日後、優香さんは首を吊ったとだけ私は聞いている。



[CREDIT]

SCP-130-JP「コインロッカーベイビー」©azuki0912

http://ja.scp-wiki.net/scp-130-jp

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