case10. 接近接触禁止及び一時停止/SCP-910-JP
目の前には青い空が一面に広がっている。
そのまま外へ出られてしまうのではないかと思い手を伸ばすと、分厚いアクリル板があちらとこちらを隔てていた。
地上は遥か遠くに感じられる、高い高い灰色の足場。
目下には灰色の地面がどこまでも続いていて、何かを囲うように高い壁がその一帯を取り囲んでいる。
しかし壁の内側には何もない。
一本の「一時停止」の標識以外、何も。
「車は通らないんですか?」
「入り口がないだろう?」
「……確かに」
青年の問いに職員は淡々と答える。
「……自動車教習所にでもするんですか? ここ」
「免許取ってないのか、学生の内に通ったりは?」
「しましたけど……あ、そろそろ免許の更新か。……そういえば僕等ってどうやって免許の更新するんですか?」
「何回目の更新?」
「2回目です」
「じゃあ最寄りの警察署に行くことだな」
「……そこは普通なんですね」
静かな塔内にのんびりとした会話が続くが、常駐している職員達も別段緊張しているような素振りは見られない。
これがいつもの光景で、どうにもならない光景なのだろう。
「先輩って試験一発合格しました? 自動車免許」
「普通車も二輪も一発だよ」
「凄いですねぇ……僕、筆記1回落ちちゃって」
遠くに見える赤い逆三角形の標識がぐるりと回ると、黄色に変わって四角くなった。
すると、ごごごと鈍い音を立てながら灰色の地面がゆっくりと盛り上がる。
「……あれ何の標識ですっけ?」
「『上がり急こう配あり』」
「……さっきの何でしたっけ?」
「『一時停止』……って、大丈夫か? 一般常識レベルだろう?」
「だって」
先輩さっきから書類しか見てないのに、何でわかるんですか?
そう青年が口を尖らせると、職員はあぁと言葉を漏らす。
「それはもう、何回も音聞いてれば」
「あ、人がいますよ。あれ? でも接近は禁止のはずじゃ……」
「あれは人間じゃない」
「えぇ?」
外の景色を見てから職員の方へ首を回し、更に外へと視線を戻すと先程までいたはずの人影はなくなっていた。
距離が離れているせいではっきりとは見えなかったが、確かにあれは人だったはず……と青年は首を傾げる。
「……あの標識って誰が立てたんですか?」
「さあ?」
「ずっとあそこにあるんですか?」
「もちろん。回収出来なかったからな」
「……標識ですよね? 今はまた『一時停止』ですけど」
「あれが道路標識だと思えるなら、お前は大した玉だよ」
だからお前をエージェントとして引き抜いたんだが……、と職員は付け足すと青年を手招きした。
次に行くぞという合図だ。
青年はもう一度、遠くに見える標識を見つめた。
赤い逆三角形の標識はくるりと回ると、青色の三角形になる。
そして灰色の地面には白色の縞模様が浮かび上がった。
「信号は生えないんですか?」
「……あれが植物か何かに見えるのか?」
やれやれと職員はため息を吐き、青年は外の景色を一瞥して監視塔を下る。
周りには誰もいないのに、何のために横断歩道はあるんだろう?
と、青年はぼんやりと考えていた。
[CREDIT]
SCP-910-JP「シンボル」©tsucchii0301
http://ja.scp-wiki.net/scp-910-jp
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