case9. 砂嵐のビデオテープ/SCP-619-JP


「うちレンタルビデオ屋だったよ」


 俺がそう答えると、同僚達はポカンと口を開けて固まった。


「レンタル、ビデオ屋……」

「叔父さんがやってたんだけどさ、そりゃもうお前らが想像してる通りの店だったぞ」

「……今時その単語通じないんじゃない?」


 そういえばそんなのあったなあ、子供の頃はうちの近所にもあったわ。

 と再び話は盛り上がった。

 新人職員の中でも職員寮組である俺達は一つの部屋に集まって、酒やつまみも持ち寄り自己紹介を兼ねた親睦会……もとい飲み会を開いていた。

 寮組は男が多く、女子のいない飲み会はむさ苦しいものだが酒が回ればそんなことは関係なかった。

 一般家庭出身の奴、代々学者の家に生まれた奴、家族丸ごとオブジェクト絡みの事件に巻き込まれて天涯孤独になった末、財団に拾われた奴……。

 聞いてみれば色んな奴がいるんだなぁと、学芸員出身の俺はうなった。

 因みに今の話題は〝実家は何か〟というものだ。


「でもレンタルビデオ屋なんてもう何年も前に廃れたろ? 今は何、またレンタル屋?」

「いや、畳んでコンビニになった」

「あぁ~、現代に適応したわけか」


 俺の叔父は十数年前までレンタルビデオ屋を営んでいた。

 東北の田舎にあるビデオ屋のくせに、新作映画がすぐに入荷していたのは叔父が映画好きだったからということもある。

 こじんまりとした錆びれた店だった割には子供が入り浸っていたなあと思い出した。

 映画好きに特撮好きだったっけ、と叔父のことをぼんやりと思い浮かべる。


「あ」


 するとあることを唐突に思い出し、俺の声は皆の注目を集めてしまった。


「どした?」

「いや、その叔父さんのビデオ屋なんだけど……。そこ叔父さんの家だったから奥で寝泊まり出来たんだよ」

「……つまり無料で見放題だった、てか?」

「それもあったけど、なんか変なビデオ見たなぁって思い出して……」

「変なビデオ?」

「なるほど、呪いのビデオね」

「俺死んでねーだろ」


 実は変なビデオという分類のビデオは山程あった。

 映画好きで特撮好きで、大学では映画サークルだった叔父故に、自作の映画やら何やらが多かったのだ。

 もちろんそれは店頭には並べられないからそのビデオを見ていたのはもっぱら俺だった。

 下手くそなカメラによくわからない脚本。

 面白くなかったビデオの内容はもうほとんど覚えていない。

 けどひとつだけ、妙に覚えているものが一本あった。


「初めは叔父さんもそれは見ない方がいいって言ってたんだけど、子供に見るなって言ったって……なあ?」

「あ~そら見ますわ」

「何で見るなって?」

「何だっけな……確か、『心霊ビデオ』だからとかなんとか」


 俺のその言葉を聞いて他の連中は失笑した。

 それは大人になってしまった自分達の冷めた価値観からではなく、財団に入って知ったこの世界に存在する現象について理解が深まってしまっているからだ。

 この世界には幽霊や宇宙人やUMAなんてものは存在しない。

 全てはSCPオブジェクト、異常存在なんだと俺達は知ってしまってる。


「まぁ、子供の頃は『心霊ビデオ』って信じたんだろ? それとも信じない子供だった?」

「半々ってとこかな。でも見るなと言われたら絶対見てやる、っていう子供だった」


 そのビデオは叔父が撮ったものだった。

 短いホラー映画を撮る為の取材テープだったらしく、ビデオには叔父のナレーションつきでカメラが回されていた。


「朽ちてる倒木があるからここは主人公が逃げる道として使おうとか、ここから遠くまで映すと一番綺麗に画面に収まるとか……後々の自分への指示として撮られてたんだけど」


 森を進んでいくと、ある地点から叔父が何度も「うん? え?」と声を上げ始めたのだ。

 映像からは何やら小さな村のような風景が見え始め、年寄が数名カメラに映り始める。

 小さいながらに「近所にこんな場所あったっけ?」と首を傾げたのを覚えていた。


「でも叔父さんはずっと『え?』とか『何で?』とかそんなことばっか言っててさ、村の人達も何か叔父さんのカメラに気付かなかったみたいでとくに声をかけられることもなくて……」


 叔父が持っているカメラは10分もしない内にその村から逃げるように去って行った。

 そしてそこまで見たところで、ビデオを見ていた俺は見つかり叔父からこってり叱られたのだ。


「叔父さんは何でビデオに落としてたんだ? その映像」

「カメラの不調かと思ったんだってさ。あとは幽霊を信じたくなかったーとも言ってたような」

「どう考えても何かのオブジェクトだよな~……何だろ。調べてみた?」

「まだ調べてない、てか今思い出したし」


 飲んでいた缶チューハイが空になり、俺は一度トイレに立った。

 そして戻ってくると、同僚の内の一人が誰かに電話をかけていて他は次の酒瓶を開けていた。


「なあなあ、そのビデオってまだあんの?」


 つまみをかじりながら聞かれ、まだその話続けるんだ……と俺は再び記憶を掘り起こす。

 ビデオ屋が閉店の際にはビデオの処分や返却があったけど、あれは叔父自作のビデオだし……。


「どうだろう……物置きにまとめて入れられてるか、捨てられたかなぁ……」

「自作ビデオ捨てんの? 叔父さんストイックだなぁ……駄作はダメって?」

「いや、片付けが出来ないから母さんが定期的に全部強制処分する」

「ひっでぇ!」


 そう皆で笑っていると、電話をしていた1人が俺を呼んだ。


「なあ、お前の叔父さんのビデオ屋って████って店?」

「え? ……そうだけど」


 何で知ってるんだ?

 出身地反対だろ……と尋ねると、そいつは眉間にシワを寄せながら言い辛そうに口を開いた。


「その店畳ませたの……財団だってさ」

「……は?」

「多分、その自作ビデオももう叔父さんの手元にはないと思う……」


 何で……という俺の言葉は遮られ、電話を手渡された。

 恐る恐るそれを受け取ると、受話口からは昼間に会った先輩職員の声が聞こえた。


「……もしもし?」

『よお、そのビデオのことだけどさ』


 突然の本題に俺は息をのんだ。


『ラベルも何も貼ってなくて、表面に赤いペンでバツが書いてあるテープか?』

「……そ、そうですけど」

『見たかったら明日俺のとこ来いよ』


 そのテープ、保管室にしまってあるから。

 半分以上もう砂嵐で見れないけど。

 言葉の真意を汲んだ俺は、ビデオ屋を閉めた後の叔父さんが幽霊を全く信じなくなっていたことを思い出した。

 電話を同僚に返した時にはもう、酔いはすっかり覚めてしまっていた。



[CREDIT]

SCP-619-JP「ミレニアム・タウン」©rkondo_001

http://ja.scp-wiki.net/scp-619-jp

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